この暑さに、アスリートはどう向き合えばよいのか。「暑熱馴化」をデータでみる
JISSの暑熱対策セミナーでは、熱とパフォーマンスの関係がエビデンスとともに紹介された。競技者にとって貴重な研究で見落とせない。
取材・文/廣松正浩 イラストレーション/Seiji Matsumoto 取材協力/国立スポーツ科学センター(JISS)『暑熱対策セミナー「東京 2020 オリンピック・パラリンピックに向けた暑熱環境対策」』
(初出『Tarzan』No.725・2017年9月14日発売)
目次
1. 熱環境は持久性運動に大きく影響する。因子は気温、湿度、輻射熱だ。
暑さに耐えての有酸素運動は暑熱馴化をもたらすが、暑熱環境が最もダメージを与えるのも持久系運動能力だ。被験者には最大酸素摂取量の70%の強度で、自転車エルゴメーターを漕げるところまで漕いでもらった。
結果はおおよそ予想通りのものだった。気温は低ければ低いほどよいものでもなく、恐らく11℃付近に最適な温度があるのだろう。31℃までしか計測しなかった理由は不明だが、東京オリンピックはさらに高温が予想される。パフォーマンスの低下が心配だ。
湿度は上昇につれ、遂行時間が単調減少しているから、低いほどよさそうに見える。輻射熱はゼロが最も好成績だったということは、温湿度管理に留意した屋内競技こそ夏季に満喫すべきってこと?
2. ただの水もよいが糖とタンパク質を加えた方がいい!
なぜ、スポーツドリンクには甘みが加えてあるのか? 実はワケがある。
「水だけでなく、少し糖もあった方が吸収は速いからです。腸管上の糖のトランスポーターも水を運ぶので、これを利用するんです。最近のスポーツドリンクはブドウ糖だけでなくマルトデキストリンなど、いくつかの糖を混ぜ、さらにエネルギー摂取効率を高めたものもあります」(安松教授)
また、永島教授によると、「運動後にタンパク質も摂る習慣をつけると、血中にアルブミンが増えます。アルブミンは1gにつき水を18ml呼び込みますから、血漿が増えて脱水の予防につながります」という。
3. たった1℃の体温上昇も精神疲労も、体力を低下させる。
暑さだけでなく、精神疲労も持久性運動能力にはダメージを与えている。実験結果はこの通り。精神疲労というのは早い話がパソコン業務。実施時間はきっかり90分間だが、被験者はただそれだけでちょっとダウンだ。
だが、いまどきのオフィスワーカーのパソコン業務が90分間で終わるわけもなく、そのダメージたるや…。
体温上昇は深部体温を1度上げただけだが、それでも安静に過ごした被験者の3分の2まで低下した。精神疲労と体温上昇ではとうとう半分にまで落ち込んだ。
暑熱環境下での通勤による体温上昇は1度なんてものでは済まないだろう。これに長時間のデスクワークを伴えば、ランニングしようにも“足を引っ張られる”だろう。
4. パフォーマンス低下に早い遅いはあっても結局落ちる。
発汗による脱水が体重の2%を超えると持久性パフォーマンスが低下することは知られている。
「実際には1%でもパフォーマンスが低下することが報告されています」(安松教授)
2%までなら体温が著しくは上昇しないが、そこで水分補給や冷却を怠ると、1%脱水が進むごとに直腸温は0.3℃の上昇が、また心拍数は毎分10拍の増加が引き起こされる。飲んでもすぐには吸収できないから、水分補給は早め、こまめに開始すべし!
5. 暑熱環境を作って運動すればスプリント能力は向上する!
人工的に暑熱環境を作ることができるなら、そうした温湿度の地域でのパフォーマンス低下を避けられるどころか、やり方次第では向上できる可能性もある。
「暑くなるようにウェアを着て、練習後スプリントのタイムを測りましたが、5日後には強化できていました。強度の高いトレーニングを行いながら暑熱馴化すると、パフォーマンスは上がります。寒い時期には暑い地域でトレーニングを実施するサッカーチームもありますよ」(安松教授)
6. 危険な体温、40℃に達するのをいかにして遅くするかが重要だ。
一目瞭然である。運動前に深部体温をしっかり下げておくと、運動開始後の体温上昇は明らかに遅くなるのが分かる。
問題はほとんどの人が運動停止に至る40℃に達するタイミングをいかに先送りするか。開始前に深部体温を下げることは重要だし、種目によっては運動中やハーフタイムなどのインターバルでも冷やすことは重要だ。
状況が許すならクライオセラピー(液体窒素の冷気で全身を冷やす)も試みるとパフォーマンスの改善だけでなく、運動後、疲労からの迅速な回復が期待できる。