• 心の濁りを鎮め、誰でもない自分に立ち返る。金嶽宗信さんの座禅のススメ
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2019.08.10

心の濁りを鎮め、誰でもない自分に立ち返る。金嶽宗信さんの座禅のススメ

金嶽宗信

朝7時、東京・広尾の香林院にランニングウェアやスーツに身を包んだ老若男女が集まる。行われるのは坐禅。この寺では平日朝に自由参加型の坐禅会が開かれているのだ。

「“正しい”の正の字は“一旦止まる”と読めます。そして一旦止まることで人はさまざまな歪みに気がつきます。生まれたばかりの人間は自分と他人の関係性など何もない世界にいますが、一日一日成長するに従ってまず両親と出会い、そこからどんどん関係性が枝分かれするように広がっていく。その中でいつしか自分を見失ってしまうことが誰にでもあるんですね」

そう話すのは住職の金嶽宗信さん。忙しい世の中で生き抜くためには自分をごまかしたり、時には他人に噓をついたりと、多かれ少なかれそうした「歪み」が生じてくる。そんな時に少しでも無の状態に戻すために坐禅が非常に有効だというのだ。

また日々仕事や雑事に追われていると、目は常に外を向きっぱなしになる。そんな時に一旦止まってみると、見えなくなっていた自分の内なる部分と対話できるような感覚が芽生えてくるという。

心の中の「濁り」を取り除く意味合いも。

「人間を水に喩えると、赤ん坊の時は混じりっ気のない透明な水のようなもの。しかし生きていくうちに土や泥が入ってきて濁り始め、大人になると常に攪拌されている状態です。坐禅でじっと座ることは、その土や泥と水を分離させてきれいな水を取り戻す意味合いもあるのです」

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金嶽宗信(かねたけ・そうしん)/香林院住職。1961年生まれ。12歳で京都・大徳寺にて出家。20年間の修行を経て東京・香林院の住職となる。著書に『[禅的]持たない生き方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。

一日のうちに少しでもそういう時間を持てると心は平静を取り戻し、何事も落ち着いて考えられるようになり脳はスッキリするはず、と金嶽さん。停滞気味の業務が片付いたり、新しいアイデアが浮かぶといった仕事面でのメリットも大きいと言う。

故に香林院には毎朝ビジネスマンが数多く訪れ、坐禅を組んでから出勤する。もちろん、金嶽さんも毎日1時間坐禅の時間を作っている。

「立ち止まると世の中に置いていかれると焦ってしまう気持ちもわかりますが、広い視野で見ると実はそんなことはないんですね。忙しい時ほど立ち止まってみるのは非常に大事で、その時間が結果的に一日を効率的かつ有意義にするのではないでしょうか。毎日の坐禅は生活にメリハリをつけるのに最適なんです」

坐禅でセロトニンを分泌して心身をリラックスさせよう。

ここまで述べた心身への作用を裏付ける事実がある。坐禅を行い、朝日を浴びることで神経伝達物質のセロトニンが分泌され、活発に働く交感神経を落ち着かせて自律神経のバランスをとるのに役立つ、という実験結果が出たのだ。

金嶽さんは、坐禅を始めてものの数分でセロトニンの大量分泌が確認できたという。

「修行を重ねた私の場合、セロトニンの分泌は比較的早い傾向があるとのことですが、初心者でも坐禅の際の深呼吸がセロトニンの発生を促すのは間違いないそうです。軽く息を吸い、ゆっくりと長く吐く。これを意識するだけでも心の落ち着きを感じられるはず。

また坐禅を習慣にすると、頭寒足熱の状態を作りやすくなるのもメリットのひとつ。普段頭をフル回転させていると脳を働かせるために頭に血が上りっぱなしになりますが、坐禅はそれを鎮める役割もあるのです」

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坐禅の初心者は、なかなか集中できずに頭であれこれ考えてしまう。つまり、まだ頭に血が上っている状態である。金嶽さんはそれを瞬時に見分けられるといい、時には警策という棒で肩や背中を叩く。これは罰ではなく、頭に上った血を下ろすために行っているのだ。

「1日1時間の坐禅が難しければ、10分でもいいので習慣にしてみましょう。それだけでもセロトニンが分泌しやすくなるはずです。

また勘違いされがちですが、坐禅は完全に目を瞑る瞑想状態ではなく、薄目を開けた半眼で行うこと。現実世界と接点を持ちつつ、誰でもない自分に戻る時間を大切にしてください」。


取材・文/黒田 創 撮影/石原敦志
(初出『Tarzan』No.769・2019年7月25日発売)

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