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周りがどんなに生き急いでも。カラテカ矢部太郎の「ぼんやり」のススメ

矢部太郎(やべ・たろう)/1977年生まれ。お笑い芸人、漫画家。97年に〈カラテカ〉を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優として活躍中。昨年『大家さんと僕』(新潮社)で手塚治虫文化賞・短編賞を受賞。

いつも交感神経が優位で緊張していては、カラダは疲れてしまうもの。副交感神経を刺激するような、“ぼんやり”とした時間を過ごしませんか? 上手にマイペースな時間を過ごすための秘訣を、カラテカ・矢部太郎さんに伺いました。

どんなに忙しくても毎晩6~7時間は寝ています。

「僕、基本的に忙しくしたくないんですよねえ…」

のっけから期待にたがわず(?)のんびりした口調で話し始めたのはカラテカの矢部太郎さん。どうやらその感じ、子供の頃からほとんど変わらないのだとか。

「一家全員のんびりしていると思います。父が絵本作家(やべみつのりさん)で、基本的に家にいてじっと考え事をしている時間が長かったというのにも影響を受けていると思います。あくせくしないというか、忙しくできないんですよ」

そうは言っても芸人や俳優としての活動に加え、自身の実体験を描き、ベストセラーになった漫画『大家さんと僕』(新潮社)やその続編の執筆など、いろいろと幅広く活動してらっしゃるじゃないですか。

「実際そんなにスケジュールはパンパンじゃないですもん(笑)。これを言うと編集さんに怒られるかもしれないけど、漫画を描くのも徹夜して根詰めて描くとか絶対無理なので、どんなに忙しくても毎晩6~7時間は寝ています」

矢部太郎さん

「たまに仕事が立て込んで締め切りが迫っても、それは最初の時間設定が間違っていたからだな、と考える方ですし、漫画もなるべく手間のかからない、作業的に疲れない絵柄で描き始めたぐらい。もちろん机に向かう時間もありますが、結構仕事の合間にちょこちょこっと描き進めることも多いんです」

散歩が日課で、海か山かで言ったら山派。仕事で比較的東京・新宿にいる時間が多いが、ちょっと時間が空くと伊勢丹デパート屋上の芝生広場でカラダを伸ばしたり、新宿御苑をブラブラしながら銀杏を拾ったり、花園神社のベンチに座って考え事をしたり。一人のぼんやりタイムを矢部さんはとても大事にしている。

とはいえ、昨今は何かにつけ効率を求めがちなご時世である。芸人という職業柄、矢部さんの周りも仕事に遊びにと、スピード重視で物事をこなす感じの人も少なくない。

僕にはこれがちょうどいい。

「端から見ていると“みんなそんなに欲張りでどうするんだろう”と感じますし、僕は何事もマイペースですが、常に“これぐらいでいいや”と思っている部分はありますね。一日家にいる時はお風呂にお湯を溜めながら本を読む時間が好きなんですけど、以前それをある先輩に話したら“それの何が楽しいの”って。でも自分にとってはそれが落ち着くことだから仕方ないですよ(笑)」

映画館にいても、いつの間にかスクリーンを観ながら別のことを考え始める自分がいるという。

「そういうタイミングで、ずっと考えていたことの答えが見つかったり、アイデアが浮かんだりすることも多いんです。何事も間を置いて見直したいタイプで、あまり早く答えを求めようとしていないのかも。急がば回れじゃないですけど、案外その方がうまくいくと思っています」

矢部太郎さん
1. 神社などでぼーっとする時間を持つ。2. 風呂にお湯を溜めながら本を読む。3. 何事も“間”を置いて見直してみる。これが、矢部太郎さんが実践する“ぼんやり”メソッドだ。

そんな矢部さんにとって、漫画の題材にもなった以前間借りしていた一軒家の大家さんとの交流は大きな影響を受けたという。

「僕ものんびりしている方ですが、大家さんはそれ以上に会話のテンポが2つくらい違うんです(笑)。初めは戸惑いましたが、いつしかそれが心地よくなってきて、毎晩帰ってくると大家さんの部屋に寄ってお話をするのが日課になりました」

その様子は『大家さんと僕』にも詳しく描かれているが、ちょうど帰りにバーに寄って一杯飲む感覚に近かったとか。

「大家さんと話していると、同じ話題でも時間軸のスケールが大きくて毎回現実から切り離される感覚。それは今振り返ると、いい気持ちの切り替えになっていたと思います。お年寄りは人生を達観していますし、物事に執着していない。

残念ながら大家さんは昨年亡くなりましたが、大家さんに出会って僕が今までいかに狭い視野で生きていたか思い知らされましたし、僕もいい意味で執着心が薄れたような気がします」

取材・文/黒田創 撮影/石原敦志

(初出『Tarzan』No.769・2019年7月25日発売)

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