分とく山・野﨑洋光の“食べて痩せる”健康哲学
理論派で知られる料理人・野﨑洋光さんは健康的な減量に成功。その秘訣を聞きました。思いのほか、答えはシンプルです。出汁を取らずに手軽にできて、野菜をたっぷり食べられる自炊のコツも教えていただきました。
取材・文/井上健二 撮影/大森忠明
(初出『Tarzan』No.758・2019年2月7日発売)
痩せたいなら食べなさい
——野﨑さんは6年前、12kgの減量に成功されたそうですね。
私は身長165cmですが、その頃体重が69kgまで増えた。BMI25オーバーですから、立派な肥満。何とかしなければと思い立ちました。
——どんな食生活を送っていらっしゃったのですか?
私たち和食の料理人は、朝も夜も食べる習性がない。朝は仕込みで忙しいし、夜は遅すぎて食べる時間がない。お店にいる間、試食でちょくちょく食べる程度です。
——太る要素がどこにもないのに。
やはり歳とともに運動量が減ったせいでしょうね。料理人は立ち仕事ですが、所作に無駄がないのでエネルギー消費は思ったほどでもない。
「今日はお店に野﨑さんがいた。会えてラッキーです」とおっしゃるお客様もいますが、ラッキーでも何でもない。私は毎日店にいる(笑)。だから運動の時間も取れないのです。
——では運動で痩せたのですか?
いえ、運動でエネルギー消費を増やして痩せるのは大変ですから、まず食事を変えました。1日1回、きちんとした食事を心がけたのです。
——食べないのではなく、食べて痩せたということ?
そうです。食べないと続かないし、健康にもなれない。ダイエット=食事を減らすことだと思っている人があまりに多いのですが、それだと続かないし栄養不足で不健康になる。たとえ痩せても何にもなりません。
私はこの世界に入って40年以上経ちますが、体調不良で板場に立てなかったことは一度もない。健康第一だから、食べないダイエットは考えられない。健康になるために痩せるなら、絶対食べるべきなのです。
——そこで食べたのが、キュウリだったそうですね?
食べて痩せるなら、主役になるのはやはり野菜です。低カロリーでお腹が膨らむし、しかもビタミンやミネラルなどの栄養素がしっかり摂れるからです。野菜なら何でもよかったのですが、キュウリは生まれ故郷・福島の名産品。しかも洗うだけで生でも食べられるので、キュウリに目をつけたのです。キュウリは1本だいたい100g。これをまず3本食べるようにしました。
——3本で300g。確かにそれだけでお腹が膨れそうです。
そこが狙い。キュウリに、具だくさんのお味噌汁が250g、ご飯お茶碗1杯で150g、主菜が100g、副菜が200g。これで合計1kgです。胃の容量は約1・5ℓだから、1kg食べると満腹です。フランス料理のフルコースも1kg前後。ただ脂っこいからカロリー過多で太りますが、和食ならその心配はない。
この1kgダイエットを毎日1回行い、あとは普段通りに試食をしているだけで、2か月で12kg痩せて57kgになりました。少しリバウンドしましたが、それでも現在61kgでBMI22の標準体重をキープしています。
簡単なら続けられる
——食べるダイエットには共感できるのですが、料理人ならぬ読者には自炊がネックになりそうです。
みんな難しく考えすぎ。和食を鰹節と昆布で出汁を取ることから始めようとすると挫折します。そもそも一般家庭で出汁を取る習慣が広がったのは、戦後だとご存じですか?
——えーっ。昔の人は毎日きちんと出汁を取っていたのでは?
それは料理店だけ。テレビに和食の料理人が出て出汁の取り方を教えるようになり、家庭でも出汁を取るべきだという風潮が広がったのです。出汁を取るのは良いことですが、それをしないときちんとした和食ではないと誤解すると和食離れ、自炊離れにつながる。味噌汁なら、煮る前に煮干しを2、3尾入れるだけで、いい出汁が出る。面倒なら、頭も内臓も取らなくてもいいのです。調理法次第では何なら出汁を使わなくても、和食はちゃんと作れます。
——出汁のない和食は想像できません。どうすればいいのですか?
茹でるだけで野菜もお肉も美味しくなる。そのときのポイントは温度を80度に保つこと。旨味はあらゆる食材に含まれています。それを上手に引き出せる温度が80度。それに100度で茹でると野菜の酵素が死んでしまいます。この蕪、80度で7分間茹でただけです。ちょっと食べてみてください。
——頂戴します! うん、歯ごたえもいいし、実に滋味深いですね。特別なブランド野菜ですか?
いいえ。普通の野菜です。それでも茹で方を工夫すれば、余計な味付けをしなくて済む。低温調理というと最先端のようですが、かまどに薪をくべて煮炊きしていた大昔から、案外80度くらいで調理していたのかもしれない。鍋底がボコボコと泡立った頃合いが80度前後です。いまは調理用の温度計もあるし、IHなら温度調整が自在だから便利です。ただし、ホウレンソウは80度だとえぐみとシュウ酸が残るので、100度で茹でてアク抜きしてください。
昔の日本人は、とにかく野菜喰いだったから、野菜を美味しく食べる知恵が身についていたのでしょう。
——野菜喰い?
日本は雨量が多いので、植物が育ちやすい。野山で野草を摘み、畑で野菜を育てて食べるのが日常でした。
野菜は単に栄養になるだけではなく、西洋医学も病院もない時代には薬の役目を果たしていました。お正月明けの七草粥に入れる春の七草を思い出してください。ほとんど薬草みたいなものです。医食同源は何も中国に限った話ではないのです。
——風土が和食を作ったんですね。
味噌などの発酵食品もその一つ。日本は雨量が多く湿度も高いので、すぐにカビが生えますよね。微生物が生育しやすい気候風土なので、発酵食品が進化したのです。
それに大豆。野菜とお米では不足するタンパク質と必須アミノ酸を補うために大豆が必要だったのです。
味噌汁に野菜と豆腐や油揚げなどの大豆食品を加えると、最強のスープになる。一汁三菜にこだわらず、具だくさんの一汁を揃えるところから気軽に自炊を始めてください。
ご飯を大切に食べる
——和食というとご飯ですが、ダイエット業界では糖質制限ブームが続いており、お米好きのご飯喰いには逆風が吹いています。
ご飯の弱点は美味しすぎること。和洋中何にでも合って食べ飽きない。
しかも98%が吸収されてエネルギーになるハイオクガソリンです。耕作面積が限られる日本にこれほどありがたい作物はないのですが、ハイオクだから食べ過ぎると太る。それに現代人はご飯の食べ方を知らない。
——食べ方を知らない?
前回の東京五輪が開催された1964年には日本人は1人平均年間120kgの米を食べていました。その後米離れが徐々に進み、米の年間消費量は50年間で半分の約60kgにまで減っています。しかし、逆に肥満や糖尿病は増え続けています。何かが間違っているとしか考えられない。
——どこが間違っているのですか。
昔は漬物などの嚙みごたえのある副菜が多く、主菜も魚が主で小骨を取り除きながら食べるため自然と食事のペースがゆっくりになりました。私たちは食事は黙ってするものと教わりましたが、嚙むのに忙しくて喋りたくても喋れなかったのです。対照的に現代の牛丼やカレーライスといったファストフードは、ご飯にソースがかかっているようなもの。嚙まずに飲み込めるので、早食いと大食いにつながりやすいのです。
早食いには食事の姿勢も影響しています。畳に坐り、お膳で食べていた頃は下を向いて食べるから、飲み込むようには食べられない。椅子でふんぞり返って食べるようになり、食事を喉に流し込み始めたのです。
ご飯を嚙まずに飲み込む人は、ご飯の価値に気づいていない。現在ご飯はお茶碗1杯30円ほどですが、スプーン1杯のキャビアに1万円払うなら、美味しく炊けたご飯1杯に1万円払っても決して高くはない。キャビアを飲み込んで食べる人はいませんよね。なのに、なぜご飯は飲み込んで粗末にするのでしょうか?
——身近すぎるからご飯を大事にできないのかもしれないですね。
和食の特徴は旨味だとされますが、私に言わせると白いご飯の“淡味”こそが和食の本質です。
旨味を活かすのは和食の専売特許ではありません。世界の伝統料理の大半は旨味を重視します。でも、ご飯のような淡い味を尊び、食卓の中心に据えるのは和食くらいです。
ご飯が淡い味だからこそ、一緒に漬物を食べたり、味噌汁を飲んだり、焼き魚を食べたりして、私たちは口の中で味わいのハーモニーを作り出す“口内調味”を当たり前のように行っています。自由に自分だけの食べ方ができる創造性の高さが、和食の利点なのです。
かつての和食にもタンパク質が不足しやすいなどの弱点がありました。何でも昔のままでいいというわけではありません。牛は草、パンダは笹を食べていれば太らないし、栄養バランスも整って健康になれる。人間は雑食だし、ハイカロリーな食べ物の誘惑に弱いから、何も考えないで食べていると太る。ご飯を大事にし、和食の知恵に耳を傾けつつ、現代に合った献立を作り出していないと、肥満や栄養の偏りの罠から永遠に抜け出せない。私はそう思います。
分とく山
野﨑さんが総料理長を務める、今年創業30年を迎えた日本料理の名店。伝統を踏まえながら、季節ごとの食材を活かした独創的な料理が堪能できる。東京都港区南麻布5-1-5、(TEL)03-5789-3838。
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