性欲って、いったい何だろう?

セックスレスが問題視される反面、いくつになっても絶倫という人もいる。単なる本能とは割り切れない、性欲にまつわるあれこれ。本記事では、ヒトの性欲の成り立ちを、「ホルモン」「外的刺激」「大脳皮質」「記憶」「自律神経」「視床下部」という6つのファクターに沿ってお教えします。

取材・文/石飛カノ イラストレーション/高橋 潤(DRAWS) 取材協力/上符正志(銀座上符メディカルクリニック院長)、北村邦夫(日本家族計画協会理事長)、小堀善友(医学博士、獨協医科大学越谷病院泌尿器科)、白井雅人(順天堂大学医学部附属浦安病院泌尿器科准教授)、関口由紀(医学博士、女性医療クリニック・LUNAグループ理事長)、瀬戸郁保(源保堂鍼灸院院長)

性欲は3大本能のひとつとされている。自然に与えられた欲望で決して抗えないもの、と。でも果たして本当にそうなのか? 日本家族計画協会理事長・北村邦夫さんは、この考えに待ったをかける。

「自分の性的欲求が満たされることを期待する精神状態が性欲。欧米では性衝動と言います。動物のセックスは性ホルモンに支配されていて“発情期”が存在します。人間にはそれがない。単純に本能とは言えない部分があるのです」

1. ホルモン

性欲の基本条件は男性ホルモンの一種、テストステロン

まずはホルモン。男性ホルモンのひとつ、テストステロンが性欲や精子の生成に関わっている。といっても、アンチエイジングの専門医、銀座上符メディカルクリニック院長・上符正志さんによれば、

「厳密に言うと、テストステロンの変化体、ジヒドロテストステロン(DHT)が性欲亢進の本体です。筋肉を強くしたり男らしい決断力を高めるというプラスの面がある一方、髪の毛を薄くしたり前立腺を肥大させるという側面もあります」

DHTはテストステロンが酵素によって変化したもの。その大元のテストステロンの分泌量は年齢によって減っていく。

遊離男性ホルモンの量は減っていく
テストステロンはSHBGというタンパク質にくっついてしまうと機能できない。年齢を追うごとにSHBGの量が増え、遊離男性ホルモンの量は減っていく。
資料提供/上符正志

「テストステロンの総量は20代をピークに40代くらいから急激に低下します。ただしこれはあくまで総合男性ホルモン量。実際に性ホルモンとして機能するのは、総量のうちのわずか約4%に当たる遊離男性ホルモン量と呼ばれるもの。こちらはもっと早い20代から右肩下がりになっていきます」

生物としての性欲のベースは男性ホルモンにある。それが30代から減っていくとしたら、これは一大事?

2. 外的刺激

視る、触る、嗅ぐ、五感を介した情報が性欲の引き金に

男性ホルモンが性欲を亢進させるのは事実。でもそれだけで性行動が支配されているとしたら、40代、50代の男性は、もう枯れ果てたおじいちゃんってことになる。ところが実際にそうならないのにはいくつか理由があって、そのひとつが「外的刺激」だと北村さんは言う。

「外的刺激はパートナーと接触する、アダルトサイトを見る、電車の中で女性のいい匂いを嗅ぐといった五感を介した刺激のこと。なかでも視覚による外的刺激に敏感なのは男性だけといわれていました。しかしある研究では、女性にポルノを見せた際、“セックスをしたくなった”と答えた比率は約半分もあったという報告が。男も女もどの外的刺激に反応するかは、竹を割ったように分けられない部分があるのです」

3. 大脳皮質

外的刺激の受け皿、大脳皮質が欲望を膨らませる

では、さまざまな外的刺激はどこで情報処理されるかというと、ご想像の通り、脳。しかも、思考や創造、生きていくための意欲を司る脳の最高中枢である大脳皮質の前頭前野だ。

動物と異なり、ヒトのセックスは単なる生殖活動に留まらない。非常にメンタルな精神活動としての営みと言ってもいい。どうしてそうなるかといえば、五感から受け取った情報が前頭前野で集約されて処理され、このとき大いなるイマジネーションが働くからだ。

「パートナーの肌に触れる」→「その柔らかいカラダに包まれたいと思う」、「女性のいい匂いを嗅ぐ」→「いい香りのする女性の裸を想像する」という具合だ。

外的刺激の受け皿、 大脳皮質が 欲望を膨らませる。

その一方、セックスに関する外的刺激が溢れている現代社会で、人々がのべつまくなしに性欲に駆られずに済むのも前頭前野が理性を働かせているおかげ。場所やタイミングを不適切と捉えればストップがかかる。

男性の中には風俗にまったく興味を示さないというタイプもいる。彼の脳の中の前頭前野が、愛情のないセックスに価値を見いだしていないという可能性は高いのだ。

4. 記憶

過去の性的体験がホルモンと無関係に性欲を生み出す

性欲は外的刺激を前頭葉が受け取って視床下部に情報を与えることで生じ、さらに自律神経の働きで実際の性行為が可能になる。かようにヒトのセックスは、とても高次のシステムによって支えられている。

それもこれも、ベースとなる性欲亢進の本体、テストステロンがあってこその話。

「とはいえ、男性ホルモンだけで解決できない問題もあります。たとえばホルモンを分泌する精巣を摘出した男性がみな性欲を失うわけではないからです。過去に非常に活発な性行動をしていた人は、その記憶によって性行動が維持されることが分かっています」(北村さん)

記憶を司っているのは、むろん脳。やはり、ヒトの性欲というのは複雑かつ極めて高次元の代物だ。

5. 自律神経

勃起、湿潤、射精。すべては自律神経のなせる業

セックスは下半身が勝手に行うものではなく、脳の中枢神経でコントロールされている行動。だが、それだけではない。全身の末梢に至る自律神経もまた、重要な役割を果たしている。

自律神経は交感神経と副交感神経の2種類があり、そのコントロールタワーはやはり、視床下部。前者は主にアクティブな行動を支え、後者はカラダを休息モードにもっていく働きをする。

上のイラストのように、両者は独自の神経ルートで視床下部から各臓器に至っている。交感神経が優位になると、心臓の鼓動はバクバク速まり、血管はキュッと収縮した戦闘状態になる。一方、副交感神経が優位になると、腸の働きが活発になり、血管は弛緩してリラックスモードとなる。

セックスに関していうと、副交感神経が優位な状態では、血液が性器周辺に集まって男性の勃起や女性の湿潤が促される。なので、リラックスモードでないと、男女とも互いにその気にならない。行為が始まって男性が射精するときには、今度は交感神経が優位になって射精が促されるという仕組み。

6. 視床下部

性欲中枢の正体は視床下部にある性的二型核

外的刺激が前頭前野に入力され、「セックスをしたい」という情動が高まると、今度は深部にある脳、間脳の一部である視床下部に情報が伝わる。

視床下部は体温や血圧のコントロール、食欲や睡眠などの本能行動を司る、人の生命活動になくてはならない非常に重要な中枢器官。性欲の中枢もまた、ここに存在している。

性欲中枢の正体は 視床下部にある 性的二型核。

「視床下部の性欲中枢の中心は、性欲を駆り立てる内側視索前野と性欲を抑制する外側視索前野。これらはわずか数ミリの距離で隣接していて“性的二型核”と呼ばれています。ちょうど左右の耳を結んだ中央にあるので、“セックスは耳と耳の間で行う営み”と言われているのです」(北村さん)

また、視床下部には下垂体というホルモン分泌の中枢も存在する。性欲のベースとなるテストステロンの分泌を促す指令を出すのも、この部位。ということはつまり、視床下部がセックスのゴーかストップかを決めるキーステーションであることは間違いなさそう。

ちなみに、女性に比べて男性の性的二型核の大きさは、およそ倍。概して女より男の方が性欲旺盛なのも頷ける。