集中力を高める仕組みとその実践法! 脳の4部位を活性化するマインドフルネス
脳にも好影響を与えるという「マインドフルネス」。ここ数年でよく耳にするようになった単語だが、詳しくは知らないままの人も多いはず。そのメカニズムと実践法を火付け役の石川善樹さんに聞いた。
取材・文/井上健二 イラストレーション/Mariya Suzuki
(初出『Tarzan』No.708・2016年11月24日発売)
目次
Q そもそもマインドフルネスって何?
行動を変えるには、考え方(認知)を変えないとダメ。これがダイエットなどでもおなじみの行動変容論。しかし最近では、考え方を変えるだけでは不十分で、最上流にある「注意」を変えなくてはならないという主張が出てきた。そのための方法論が、マインドフルネス。
「マインドフルネスとは、どこに注意を向けるかのトレーニング法。注意をいまこの瞬間に向け、感情の乱れをコントロールする手法です」(マインドフルネスを研究する予防医学者の石川善樹さん)。
マインドフルネスのベースは瞑想。先駆者であるマサチューセッツ工科大学のジョン・カバット・ジン博士は禅やヨガを研究し、1979年に瞑想を用いたストレス軽減法を開発。90年代後半にうつ病の治療の一つとしてマインドフルネスの方法論が確立されて、現在の隆盛につながる。
瞑想は古代仏教や禅に起源を持つ。マインドフルネスはそこから宗教性をばっさり切り捨て、テクニックのみを抽出。科学的根拠(エビデンス)のある方法として洗練させたもの。マインドフルネス的な瞑想は調身(姿勢)、調息(呼吸)、調心(集中・観察)という3要素に収斂されており、ことに深くゆっくりした呼吸を重視している。
Q マインドフルネス呼吸は現代人になぜ必要?
ノートパソコンやスマホを持ち歩くのが当たり前となり、メールや電話がひっきりなしに入る現代人は、外界からの絶え間ない刺激に振り回されて落ち着く暇がない。思考はばらばらに拡散して考えがまとまらず、イライラやストレスが募って心は乱れっぱなし。マインドフルネスは、そうした状況に悩むビジネスパーソンの救いだ。
筋肉が伸び縮みするように、心も大雑把に分けるとストレス(緊張)とリラックス(弛緩)という振り幅があり、両者の度合いで下図のようなマトリックスが描ける。五輪に何度も出ていると緊張感が乏しくなって本番で失敗しやすくなるそうだが、適度なストレスは心にもプラス。そのうえで適度にリラックスすると心身のパフォーマンスが最高に高まる「ゾーン」に入る。
ゾーンに入るために重要なのは呼吸。速く浅く息を吸うとストレスが加わり、ゆっくり深く息を吐くとリラックスしやすい。
「リラックスしすぎるベテラン選手は、本番前にあえて速く浅く息を吸って緊張感を高めてゾーンに入ります。ストレス度が高い現代人はリラックス度が低いので、マインドフルネス呼吸でゆっくり深く息を吐いて弛緩し、ゾーンに入るべきなのです」。
Q 呼吸が集中力を高めるメカニズムとは?
ぼんやり散歩中に突如アイデアが閃くことがある。その際、脳内では海馬、内側前頭前皮質、内側側頭葉、後帯状回といった部位が同時活性する状態(デフォルト・モード・ネットワーク)となる。
「それはいわばマインドレスな状態。経験や記憶がランダムに交叉して、アイデアが生まれます。でも、マインドレスでの思いつきを形にするには、マインドフルネスで集中力を高めなくてはならないのです」。
集中力には(1)継続的集中力、(2)選択的集中力、(3)実行集中力、(4)切り替え能力という4つがある。
継続的集中力は、狭い意味での集中力。特定のものに集中を持続させる力をいう。選択的集中力は、さまざまな情報から価値あるものを選び、注意を向ける力。実行集中力は、複数のタスクに集中力をバランス良く分散させる力。切り替え能力とは、マルチタスクをこなす際、あるタスクから別のタスクへと軽やかに集中を切り替える能力である。
この4つは脳の異なる部分が担う。継続的集中力は前頭葉視床、選択的集中力は前頭頂皮質、実行集中力は前帯状皮質、切り替え能力は前頭前野だ。マインドフルネス呼吸をすると脳のこの4部位が一緒に賦活化。集中力がトータルに底上げされる。
Q 呼吸で高められるという「EQ」って何?
欧米のエグゼクティブには、マインドフルネスに夢中になる人が増えている。なぜなら、マインドフルネスが組織を機能させるうえで不可欠だとわかったからだ。
キーワードはEI(Emotional Intelligence)。EIは共感性の高さを表し、自己や他者の感情を知覚し、自らの感情の乱れを抑えて意欲を高める能力を指す。EIを数値化したものはIQに対してEQ(心の知能指数)と呼ばれる。
仕事は誰か一人で行うものではないから、上に立つエグゼクティブには人間関係の巧みなマネジメントが求められる。EIを高めると組織が効率化できるので、エグゼクティブとして評価が上がり、年収もアップしてウハウハというワケ。
「EIはダニエル・ゴールマンという人が書いたベストセラーを契機に広まりましたが、どうすればEIが高まるかがずっとわからなかった。それがマインドフルネスだと発見したのが、グーグルのエンジニアのチャディー・メン・タンです」。
呼吸を整えて瞑想をすると、脳の前頭前野や前帯状皮質と呼ばれる部分が元気になり、自己と他者への気づきが増える。さらに情動を司る脳の扁桃体の余計な興奮にブレーキがかかり、自己コントロール力が向上。組織全体の仕事力も上がるのだ。
マインドフルネス呼吸の実践法を知ろう
マインドフルネス呼吸の仕組みと効果がわかったところで、いよいよ実践編。4つのメソッドを用意したので、生活に取り入れられるものから積極的にチャレンジしてみよう。
1. デスクワーク時代の正しい呼吸姿勢をマスターする。
姿勢が悪いと深く正しい呼吸は続けられない。瞑想でも姿勢を重視する所以だが、石川さんは「床で坐禅を組んでいた昔と、椅子に坐ってデスクワークをしている時間が長い現代では、正しい呼吸姿勢は当然異なる」と指摘する。
坐禅では、お尻に坐蒲を敷き、両足の甲を反対の太腿に乗せる結跏趺坐を組み、両膝とお尻の3点で骨盤を床で固定し、頭で天井を突き破るように脊柱をまっすぐ伸ばす。それに対して石川さんが指摘する椅子での正しい呼吸姿勢のポイントは3つ。
まずは椅子の高さを調整。両肩にぐっと力を入れてからストンと落とし、肘を90度曲げて小さく〝前へ倣え〟をしたときに前腕が床と平行でデスクに乗るのがベスト。
次は坐り方。椅子に深く腰掛け、骨盤を立てて坐骨で坐り、脊柱の真上に頭を乗せる。座面が緩やかに前傾し、太腿と体幹の角度が100度以上に開くと血液やリンパの流れが妨げられない。
座面がフラットな椅子なら、お尻にタオルを敷けばOK。最後に視線。デスクワーク中なら、その姿勢で軽く5度ほど視線を下げたとき、PCのディスプレイの上から3分の1のラインが視線の先に来るのが理想。ノートパソコンなら、外付けディスプレイを活用するといい。
2. 雑念から自由になる集中瞑想から始める。
ラン初心者がいきなりインターバル走をやっても続かないし、効果も出ない。同様にマインドフルネスも簡単なものから段階を踏んで行うべき。ステップ1で手始めに取り組みたいのは、もっともシンプルな集中瞑想である。
これは、雑念やイライラなどでカオス化している頭の中を整理するために、呼吸だけに意識を向ける瞑想。思考が拡散してきたと気づいたら、呼吸数をカウントして意識をシフト。とりとめのない思考から自由になり、呼吸だけに集中して落ち着く。
それでも油断すると、やがて頭の中がカオス化しそうになるかもしれない。そのたびに、ピンチに陥った投手がマウンドを外すようにリセットし、改めて呼吸に注意を向けてみる。この繰り返しで集中力は高まる。
瞑想や坐禅ではお腹が膨らむまで息を深く吸い込み、お腹が凹むまで息を吐き出す腹式呼吸が定番。しかしマインドフルネス呼吸では、腹式呼吸でなくてもいい。
「瞑想を創成したチベットの僧院は高所で寒かったから、腹式呼吸でカラダを温める必要があった。でも、空調の効いた快適なオフィスや自宅ならその必要はない。慣れないと腹式呼吸を続けるのは大変ですから、ゆっくり深い呼吸を心がけるだけでいいのです」。
3. 暴君=感情を抑える観察瞑想を試す。
集中瞑想のハードルは低くて誰でもトライしやすいが、言ってみれば対症療法。イライラやストレスの源から気をそらして棚上げしているだけであり、根本的な解決にはなっていない。ならばステップ2として試したいのが、観察瞑想。
頭が雑念やイライラに支配されていると気づいたら、安易に呼吸に逃げないで、あえて「あ、いまイライラしている自分がいるな」と言語化して、まるで第三者のような視点で客観視する。
「感情は脳の王様。イライラや怒りなどの感情を司る大脳辺縁系は進化的に古い脳であり、理性を司る大脳新皮質はその家来のような存在です。でも、王様は神様ではないから、暴君になることもある。それを家来である理性による言語化を通して抑え、感情に振り回されないように整えるのが観察瞑想です」。
呼吸と関係ない気もするけど、怒りなどの感情が爆発すると呼吸が乱れることからわかるように、呼吸が安定しないと理性は感情に勝てない。
ちなみにマインドフルネスには、観察瞑想の他に慈悲瞑想と呼ばれるメソッドもある。これはあえてネガティブ感情を作り出してから、ポジティブに変えるというもの。それなりの修業が要るので、入門編である今回は触れなかった。また次回!
4. イチローも実践! マイクロバーストでゾーンに入る。
最後に取り上げたいのは、最新のマインドフルネスであるマイクロバーストエクササイズ。
脳は短時間で緊張をぐっと高めてから、一気に弛緩させると集中力が高まるゾーンに入りやすい。緊張と弛緩の落差(スパイク)が大きいほど効果的であり、それを意図的に作り出すのがマイクロバーストである。
イチローも実践者の一人。打席でバットを向けたスタンドを凝視してから、手前に視線を移してバットを見る。
「天敵を発見したら即逃げる本能が残っているので、ヒトは遠くを見ると交感神経が優位になって緊張し、近くを見ると副交感神経が優位になって弛緩する。イチローは毎回この落差を作り、しかも近くを見るときに左手首につけたグレープフルーツの香りを嗅いでさらにリラックスしてゾーンに入るそうです」。
このエクササイズはデスクワーク中にも最適。30分以上坐り続けると血流が悪くなり、脳が酸欠に陥って疲労。創造性が落ちる。30分に一度は立ち上がって階段でも駆け上がり、血行を良くして脳に血液と酸素を送り込む。それから自席で正しく坐ってゆったり呼吸すると、緊張と弛緩のスパイクが作り出せるから、ゾーンに入って仕事の効率もアップする。
COLUMN
石川善樹さんのマインドフルネス・ヒストリー
呼吸との出合いが僕の人生を変えた。
呼吸と出合ったのは中学時代。曹洞宗の学校で、毎週金曜の授業前に坐禅と瞑想の時間がありました。只管打坐がモットーで何も指導されなかったので、暇な1時間をどう過ごすかを追究するため、自分なりにいろいろな呼吸を試した。徒歩通学中も、吸う時間と吐く時間のリズムを変えながら瞑想を試したりして。当時から研究者気質だったんでしょうね(笑)。呼吸を意識し始めて、「石川君、全然怒らないよね」と友人から指摘されるようになりました。
衝撃的だったのは高校受験。ある難関校の最初の科目が国語で、緊張で制限時間が半分過ぎても答案はほぼ真っ白でした。そのとき突然雷雨が来て、雷に打たれたように「呼吸だ」と目が覚めた。ゆったり呼吸したら落ち着き、以降の受験は全制覇。ここで失敗していたら東大にもハーバードにも行けてない。いま思うとマイクロバーストを作ったんですね。
予防医学者となり、減量法としてマインドフルネスイーティング(旨味などを味わいながら食べる方法)を知り、マインドフルネスの研究を始めました。グーグルで研修を受け、その素晴らしさを日本で広める活動に取り組んでいます(談)。
教えてくれた人
石川善樹さん
いしかわよしき/1981年生まれ。東京大学医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程修了。エビデンスを見極め、最新最善の情報を提供する。専門は予防医学、行動科学、統計解析、マインドフルネスなど。