男女ともに20代前半に多い「顎関節症」
ある日を境に、話そう、食べようとするたびに顎が言うことを聞かない。痛い、口を開けにくい、開けようとするといままで聞いたことのない音が顎関節から聞こえる…。これがいま増加中の顎関節症(がくかんせつしょう)だ。
「平成28年歯科疾患実態調査」(厚生労働省)によると、歯科を受診した20代前半の女性のうち、顎関節に雑音がすると答えた人が40%以上、痛みを感じると答えた人は15%近くいた。このことは外来でも早くから確認されていて、20代前半の女性が最大多数で、その後は男女とも一貫して少なくなっている。
だが、先の「歯科疾患実態調査」では、単調減少ではなく、中高年になると女性は再度増加するというデータもある。このため女性ホルモン・エストロゲンとの関係を指摘した研究もあるが、確かなことはよくわかっていない。
とはいえ、華奢な顎関節の持ち主が嚙み締め行為を過度に繰り返せば、顎とその周囲にダメージをもたらす可能性は考えられる。
「顎関節症」の顎で起きていること
顎関節症のリスクをセルフチェックしよう
顎の使い方に影響するかもしれない生活環境は、既にいくつも知られている。下のセルフチェックで顧みてほしい。
該当項目があれば顎関節症の疑いあり!
- 食べ物を嚙んだり、長い間しゃべったりすると、顎がだるく疲れる。
- 顎を動かすと痛みがあり、口を開閉すると、特に痛みを感じる。
- 耳の前やこめかみ、頰に痛みを感じる。
- 大きなあくびや、リンゴの丸かじりができない。
- ときどき顎が引っかかったようになり、動かなくなることがある。
- 人差し指、中指、薬指の3本を縦に揃えて、口に入れることができない。
- 口を開閉したとき、耳の前のあたりで音がする。
- 最近、顎や頸部、頭などを打ったことがある。
- 最近、嚙み合わせが変わったと感じる。
- 頭痛や肩こりがよくする。
予防のために注意すべき生活環境
小学生 | スポーツ外傷(クラブ活動含む)、いじめ、家庭環境、受験 |
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中・高校生 | 受験、クラブ活動(ブラスバンド、コンタクトスポーツ等)、家庭環境、恋愛問題 |
大学生 | 定期試験、クラブ活動、就職問題、学習環境 |
成年期(~40代) | 仕事環境(モニターを見続けるなどの労働環境、人間関係のストレスなど)、家庭環境 |
成年期(50代) | 仕事環境、家庭環境、スポーツ障害 |
壮年期(60代) | 燃え尽き症候群、過剰活動、家庭環境 |
どれか一つが原因と言い切れるほど強い影響力はないので、これらは寄与因子と呼ばれている。出典/『顎関節症治療の指針 2020』(一般社団法人日本顎関節学会編) |
発症時の症状は衝撃的だが、顎関節症は多くの場合、時間の経過とともに和らいでいく。特に治療を受けなくても経過のいい疾患とされている。ということは、実際の患者数は報告されている受診者よりずっと多いと考えられる。
噛み締め癖は歯周病の進行も引き起こす
家庭でも社会でも責任の重くなる中高年では、多忙から受診できていない患者も相当数いるだろう。なかには症状の長引く人もいるし、嚙み締めの癖を自覚する人は急いで受診すべきだ。
なぜか? 日本では成人の8割が歯周病を罹患している。歯周病患者が嚙み締めを始めると、歯の揺れが急激に大きくなる。歯の揺れが大きいほど歯周病が進行していることを意味する。嚙み締めは歯周病を悪化させ、辿り着く先は歯の喪失だ。歯の喪失は認知症の一因にもなる。
だからといって慌てて受診した歯科医院で、歯並びや歯の嚙み合わせの治療を提案されたら要一考だ。嚙み合わせの異常が顎関節症の主たる原因だという考え方は、専門医の間ではもはや完全に否定されている。
別の医師にセカンドオピニオンを求めるのもいいだろう。
もちろん嚙み合わせの異常が最後のひと押しになって発症するケースもありうるが、他の寄与因子がいくつも積み重なってのことが多い。それら寄与因子を探り当て、ちょっとした生活習慣やストレスとの関係を変えるだけで、短期間で回復する人も多いのだ。
「行動変容法」で嚙み締め習慣をなくそう
さて、顎関節症の出発点は往々にして歯並びや嚙み合わせの異常ではなく顎の使い方による。つまり、既に指摘した嚙み締めの癖だ。これを専門的にはTCH(Tooth Contacting Habit)という。
本来、人は安静時に上下の歯を嚙み締めることなく、2~3mmの隙間を空けているものだ。不意に上下の歯が接触すると反射的に歯を離し、隙間を取り戻す。嚙み締めている時間は1日で合計20分未満だとされる。これが本来の正常な反応だ。
ところが、長時間の仕事や細かい手作業、自動車の運転や受験勉強などに没頭すると、無意識に嚙み締め続ける人が現れる。
それが続くと顎を動かす筋肉は疲労するし、顎関節には負荷がかかり続ける。といっても、その疲労は重労働からくるような顕著なものではないため、脳はやがて慣れてしまい、疲労していることに気づかなくなっていく。かくて臨界点に達した顎に症状が表れる。
顎関節症の患者のおよそ8割にTCHが見られるという。このTCHから脱却するには、臨床の現場で編み出された行動変容法を試すのがいい。
その方法は単純で、家庭や職場の自分が一定時間以上を過ごす場所の目につきやすい位置に、「歯を離せ」などの短い言葉を書いた貼り紙をするのだ。同じ文言、同じような貼り紙に統一し、10か所以上に貼る。
これが目に入るたびに、いったん全身に力を入れてから、息を吐きながら脱力する。先に力まないと十分な脱力には至らない。そして、嚙み締めを解除する。
これを繰り返すうちに、やがて文字による指令を脳で理解して行動するのではなく、貼り紙が見える→脱力するという条件反射が刷り込まれ、いずれは貼り紙の助けがなくても、歯が接触すると気づくようにもなる。
歯が接触している状態の方が本来は不自然だから、この新しい反応は自然なもの。元からあるものだから、定着すれば嚙み締めはおのずと収まるだろう。
幸運にも歯周病を抱えていないなら、この行動変容法の実践だけでも、症状の改善には大きく役立つはずだ。