牧秀悟(野球)「昨年よりも少しでも良い成績を、チームのために残したい」
大学卒のルーキーは1年目にして、新人らしからぬ成績を残した。彼は今シーズンのチームの優勝を願いながら、さらなる飛躍を誓った。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.831〈2022年4月7日発売号〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/中西祐介
初出『Tarzan』No.831・2022年4月7日発売
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牧 秀悟(まき・しゅうご)/1998年生まれ。178cm、93kg。中央大学では1年からレギュラー、3年の春季リーグ戦で首位打者、秋季リーグではMVP。同夏には日米大学野球選手権の日本代表に。2020年、ドラフト2位で横浜DeNAベイスターズ入団。翌年、デビューを果たし、打率3割1分4厘、22本塁打、71打点の成績を残す。
任されたからには、できることをしっかりと
プロ野球界にスゴイ選手がまた一人現れた。横浜DeNAベイスターズの牧秀悟である。中央大学出身の新人は昨シーズン、とてつもない記録を残した。
ズラリと並べてみよう。打率3割1分4厘、22本塁打、71打点。新人の3割20本超えは1986年の清原和博さん以来となる。
そして、35本の二塁打は長嶋茂雄さんが持つセ・リーグ新人二塁打記録を抜き、かつ5打席連続二塁打というNPB記録も樹立。さらに、新人としては公式戦で初のサイクル安打を達成したのである。
ただ、この成績は新人にしては素晴らしい、ということではない。プロとして生涯をかけた選手のなかでも、ここまでの成績を残した人は、ほんの一握りである。それほどまでに秀でた活躍だったのだ。まず、牧にシーズンを振り返ってもらうことにした。
「個人としては想像ができないぐらいの成績が残せたので、素直にすごいと思いますね。ただ、チームが勝つことが重要なので、そのための一打というのを意識して打席に立っていました。そういう意味から言えば、チームが最下位になってしまって、とても悔しい一年でした」
しかし、これだけの成績を残しながら、新人王を獲得することはできなかった。東京ヤクルトスワローズの奥川恭伸、阪神タイガースの佐藤輝明、広島東洋カープの栗林良吏など、よくもまぁというぐらい特上の選手が揃ってしまったのだ。
ただし、NPB AWARDSでは新人特別賞を受賞した。
2022年の開幕前のキャンプも好調のうちに過ごした牧は、3月6日のオープン戦時点では打率を4割7分1厘とし、首位打者にも立った。そして、三浦大輔監督から、開幕4番に指名されたのである。昨シーズンの後半にも4番は経験したが、開幕となると、その責任は重い。
「指名されたときはびっくりしたというのが一番でした。ただ、任されたからには自分のできることをしっかりやろうと思っています。監督には“どっしり構えていればいい”と言われました。前(3番)にも後ろ(5番)にもいいバッターがいるので、いつも通り変わらずに打ちたい。
といっても、4番は軸なので、チームが勢いづくようなバッティングはしたいです。自分はホームランを狙って打てる選手ではないんですが、ここぞというときは決めたい。2年目のジンクスですか? 実はメチャクチャ気になりますね(笑)」
監督も監督である。新人に“どっしり構えていればいい”とは。ただ、牧はベテランの雰囲気を持った新人、と評されているのも確かなのである。
どんな感触だったのか。メモして次に生かす
小学校1年から野球を始めた。幼い頃から、夢はプロ野球選手。しかし、それは遠い存在だった。高校は地元・長野県の松本第一高校。
進学の理由は、「甲子園に行ったことがない高校」だったから。しかし、甲子園出場は果たせなかった。このときは、まだ地方の無名選手。花開くのは中央大学に進学してからだ。
「1、2年生のときはなかなか打てなかったんです。それで、3年の始まる前の合宿で、思い切ってバッティングを変えてみた。バッティングコーチといろいろ試していくなかで、バチッとハマるものがあったんです。それが、今のカタチとなって継続できている。
具体的に言えば、飛距離が伸びたし、打球も強く打てるようになった。何よりボールを待つときに余裕ができたのが大きかった。それまでは、自分から迎えにいってしまったり、差し込まれたりしていましたから。
下半身の力を上半身により伝えられるよう重心を低くしたり、脇を開けて打つようにしたのがよかった。このとき、プロになることが夢から確信に変わったと思います」
3年春季リーグでは首位打者、秋季リーグでMVP。これで、注目を浴びるようになった。3年の夏に日米大学野球選手権の代表に選ばれたことも大きい。そして、20年にドラフト2位で指名を受ける。
翌年、つまり21年のオープン戦では、9試合に出場し、2割7分3厘の成績を残して、開幕では3番、一塁手で出場を果たす。なんとも順風満帆に聞こえるかもしれない。だが、本人のなかでは大きな葛藤があった。
「対戦したことのないピッチャーなので大変でした。球界を代表する選手が相手で、打ちにくいし、戸惑うことも多かった。それでも、少しずつ(オープン戦の後半にかけて)慣れていけたのが大きかったんです」
人一倍努力もした。対戦した投手について、一人ひとりメモを取った。打ち終わって、攻守が入れ替わるときも、ちょっとの時間でササッと気づいたことを書き記したのだ。
「どんな球だったか、そして自分が打ったときにどんな感触だったか。それをメモして、次に生かせるようにしています。これは、今でも自分にとって非常に大切なことです」
開幕からの牧は絶好調。4月中盤までに3割8分5厘という打率も残した。ただ、プロは基本的にほぼ毎日試合。あまり経験がなかった遠征も当たり前。夏の暑さも堪えた。
さらに、腰に違和感を覚え、それが痛みに変わった。運がよかったのは、東京オリンピックのため、3週間ゲームが中止になったのだ。
「休養も取れましたし、真っ直ぐやインコースにどう対応するかをもう一度練習できたので、それが後半に生かせたんです。宮﨑(敏郎)さんに教えてもらったりしていました」
17年の首位打者・宮﨑はインコース打ちが得意。彼をはじめとする多くの先輩や、コーチのアドバイスによって、牧は本来のバッティングを取り戻す。
そして、10月6日の阪神戦から4番に起用され、その重圧を跳ね返すように、1年目のシーズンを最高のカタチで終えたのだ。
ストレッチと体幹のメニューを毎日コツコツ
初めてのシーズンを終えた牧は、頼み込んで、先輩の大和(前田大和)と自主トレを行うことに決めた。大和は内外野守れる守備の名手だ。
「一番は守備、それに一年間戦い抜くためのカラダ作りを教えてもらいたくお願いしました。(プロで)何年も経験しているので、どういうところで、どういう鍛え方をすればいいとか、カラダへの意識の仕方を学ぶことができたと思います。
試合の前の時間に毎日、ストレッチと体幹のメニューをコツコツやることが大切。大和さんはカラダがきついときにもやっていますから、自分も見習いたいと思います。
ウェイトもトレーナーの方と相談して行っていますが、自分は重さよりも、関節の可動域だったり、瞬発力だったりをメインのテーマにしてやっています」
新たなシーズンが始まっている。これを記しているのは、まだシーズン前だが、これから牧がどのような活躍をするのかは、非常に興味深い。彼自身はどのように考えているのか。
「去年チームがあんなカタチで終わってしまいました。でも、今年はここまでいい調子で来ているし、雪辱を果たしたいと思っています。
個人としても、昨年よりも少しでも良い成績を、チームのために残したい。(昨年の成績を超えることは)難しいとはわかっていますが、プロである以上は常に上を目指したいですからね。
選手の個々の能力もすごく高いですし、今年はチームバッティングなど全員が勝つことを意識してやっていますから、去年とは違った戦いを見せられると思う。とにかく全力で優勝を目指していきたいです」