タイプ別・疲労の仕組みと対処法
正体不明の相手と闘うのは分が悪い。疲労はどんなふうにやってきて、疲労を感じる時、僕達のカラダはどうなっているのか。上手く付き合っていくにはどうしたらいいのか。あらゆる“疲労人”とともに仕組みと対策をお勉強。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/上田よう 監修/片野秀樹(日本リカバリー協会代表理事)
初出『Tarzan』No.831・2022年4月7日発売
目次
疲労は3大生体アラームのひとつ
「だり~」と呟きつつ企画書を逆さまに眺めている横で未決書類がデスクにうずたかく積み上げられていく。上司もサジを投げる彼の名は、ナマケモノオ。
でもそんな彼を「ざんねんないきもの」扱いしてはいけない。スローな動きも上の空な態度も、ひょっとすると疲労のサインかもしれないからだ。「休養学」の第一人者、片野秀樹さんによれば、
「日本疲労学会では疲労の定義を“過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態”としています。そしてこの疲労状態は“痛み”や“発熱”と合わせて3大生体アラームと位置づけられています」
高い熱が出れば人はベッドでおとなしく横になるし、頭痛や腹痛が生じたら人は病院に行ったり薬を服用する。上司や同僚からは「お大事に」という労りの言葉さえもらえる。それなのに、
「疲労には未だに“怠けている”というイメージがあります。疲労は休養を必要とする病気のサインですと言うと、多くの人は“えっ、そうなんですか?”という認識です。でも疲労を自覚したらしっかり対処する必要があるのです」
3大生体アラーム
このまま活動を続けると病気になる。休息の必要性を知らしめ、それを防ぐのが痛み、発熱、そして疲労の3大生体アラームだ。
疲労は健康と病気の間の未病である
病気ではない。でも健康でもない。中国では古来、この状態を“未病”と位置づけてきた。現代医療でもこの考え方が取り入れられ、発病には至らないけれど病気に近づいている未病に対処する予防医学が重視されつつある。
「その未病にも、健康に近い“未病1”と病気に近い“未病2”の2種類があります。前者は自覚症状はあるけれど検査で異常が見つからないもの、後者は自覚症状がなくても検査で異常値が見つかるものです」
全然自覚はなかったけれど、血液検査やエコー検査で高血圧が判明、血圧抑制剤を処方されるというのが“未病2”のひとつの例。これに対して、だるさを感じて内科、動悸がするといって循環器クリニック、耳鳴りを覚えて耳鼻咽喉科を訪れ、ことごとく「異常ナシ」と診断されるイジョウナシコさんの例は“未病1”。
「疲労はまさに、自覚症状はあっても異常値が見られない“未病1”に当てはまります」
投薬治療の対象になる“未病2”に対し、“未病1”は自助努力によって改善を目指すしかない。残念ながら今のところ頼れるのは己のみ。イジョウナシコさん、心が折れる前に自ら未病の改善策を模索すべし。
未病期の分類と対策
同じ未病でも治療対象になるのは“未病2”。疲労状態に相当する“未病1”は運動や栄養、サプリメントやアロマテラピーなどでセルフケア。
6か月以上続く疲労には要注意
前日どれだけぐったり疲れていても、一晩寝るとスッキリ爽やか。目覚めよく一日をリスタートできたのが昨年までの自分。今では前日の疲れを持ち越すのが当たり前、1週間程度疲れが続くこともザラ。
「1日寝れば回復するのが急性疲労、疲れの回復が遅延してしまうのが亜急性疲労です。回復が見られない状態が6か月以上続くと慢性疲労症候群の可能性があり、ここからは病気の範疇。そうなる前にいかに引き返すかが重要になってきます」
ヒロウツヅクくん、「朝が苦手」と言っている場合ではない。半年以上すっきり目覚められていないということは、もしかすると慢性疲労に片足突っ込んでいる可能性大かも。
未病期の分類と対策
前日に疲労度が高まっても一晩寝て回復するのが急性疲労。これが通常の状態だ。疲れが1週間程度長引けば亜急性疲労、6か月以上続くと慢性疲労と分類される。
「活力」なくして疲労改善はなし
企画書を提出すれば誤字脱字を指摘され、うっかりの連絡ミスを頻発し、事後処理に奔走してはぐったり疲れて「休みた~い」と口にする。
このようなヤスミタイコさん状態は出勤しているのにパフォーマンスが上がらない「プレゼンティズム」と呼ばれ、社会的に問題視されている。その原因のひとつは、やっぱり疲労。
「活動能力が減退するのが、すなわち疲労です。疲労状態になると休養の願望が伴うので、睡眠や休憩を取って再び活動に入ります。でも、多くの人は睡眠や休憩でしっかり充電できず、休養を取りたい願望を持ったまま活動しているのです」
朝起きてもすっきりせず、「休みたい」と呟きながらタイムカードを打っているヤスミタイコは、まさしく充電不足。
「休養を取ることで活動能力を増進させ、活力を得ることが重要です。“疲労”の対義語は“休養”ではなく“活力”だと私たちは考えています。活動→疲労→休養→活力という4つのサイクルを回していくことがサステナブルな活動のポイントです」
休養によってフル充電すれば再び活動するための活力が得られ、「休みたい」という口癖から解放されるはず。
疲労と活力(活動能力)の関係
活動するには、エネルギー(活力)が必要。多くの人は右のように睡眠などの休養で休んだ気になり、再び活動している。上の模式図が健全なサイクル。
疲労のコアメカニズムは酸化である
カラダサビルでなくとも日々の生活は選択の連続だ。選択肢が多ければ多いほど、脳には精神的ストレスが溜まる。このとき、ミクロレベルで起こっているのが細胞の酸化だ。
脳にしろ筋肉にしろ免疫にしろ、それぞれの細胞が働くときには酸素を介してエネルギーを取り入れる必要がある。その際、酸素の一部は活性酸素に変換され、手近な細胞を傷つける。これがいわゆる酸化の仕組み。
「傷ついた細胞を修復するにはATPというエネルギーが必要です。ところが疲労に至るとATPが十分に作れず細胞障害が残ります。すると、免疫細胞がこれを感知してサイトカインという生理活性物質を作り出し、倦怠感や意欲の低下、炎症による発熱や痛みが生じるのです」
以上がざっくりした疲労のコアメカニズム。精神的な疲労の場合は脳細胞が、肉体的な疲労の場合は筋肉や運動器の細胞が、風邪などの感染症による疲労の場合は免疫細胞が障害される。全身をパトロールしている免疫細胞がそれらを発見し、サイトカインを出して脳に異常のある場所とその障害の程度を伝える。こうして、人は疲れを自覚するというわけ。
人が生きていく以上、酸化からは逃れられない。さらに歳をとればとるほど、カラダに備わった抗酸化能力は衰えていくので疲れは溜まりやすくなる。カラダサビルのような悩み体質の人はなおさらのこと。
最も手っ取り早い対処法は、できるだけ選択肢を減らすこと。服は白のワイシャツ、ランチは蕎麦一択とすれば酸化リスクは多少でも減らせるはず。
疲労のコア分子メカニズム
活発に働く細胞は大量のエネルギーを消費する。このとき、活性酸素によって細胞は酸化される。修復に必要なエネルギーが作れないと免疫細胞がこれを感知し、脳がさまざまな疲労の症状を自覚する。
疲労の原因はストレスによる自律神経の乱れ
食事はエネルギーバーをモニターの前で齧り、立って移動するのはトイレに立つときくらい。リモートワーク中のアルカナイヤは「動いてないのになんでこんなに疲れるの?」と納得いかない様子。
その答えのカギを握っているのがストレスと自律神経だ。ご存じの通り、自律神経には日中の活動モードを支える交感神経と夜間の休養モードを支配する副交感神経がある。ストレスによってそのバランスが乱れることで疲れが生じるのだ。
「肉体的なストレスと精神的なストレスが積み重なり、外部からもっと大きなストレスがかかると自律神経が乱れ、交感神経が優位になって過緊張状態に。この状態が続くと、神経、ホルモン、免疫などの働きに変調が起こって最終的には病気に陥ることもあります」
アルカナイヤの場合、頭を使うデスクワークでは精神的なストレスが、長時間同じ姿勢で座っていることで肉体的なストレスが既にかかっている。そこへもってきて上司からの過剰な監視、ムダな会議の増加といったストレスが加わり、交感神経は興奮しっぱなし。で、夕方には疲労困憊しているという次第。自律神経の変調が起こる前に副交感神経を高める工夫が必要だ。
疲労による疾病発症経路
ストレスがかかっても人はそれに抗う力を持っている。ストレスが溜まり、さらに強い刺激が外から加わると自律神経は乱れ、カラダに変調が。
疲労と疲労感は必ずしも一致しない
疲労の正体は細胞が酸化し、自律神経のバランスが乱れ、活動能力の低下が見られること。自律神経の中枢は脳の視床下部と呼ばれる部位。酸化による障害を受けるのは、その周辺にある神経細胞だ。
一方、「疲れた」という感覚を感じるのは、脳の別の部位。思考や感情をコントロールしたりさまざまな情報処理を行う前頭葉だ。免疫細胞が酸化された細胞を感知し、サイトカインを介して前頭葉に情報が伝えられることで、人は初めて疲れを自覚する。
「“疲労”は活動能力の低下、これに対して“疲労感”は疲労が存在することを自覚する感覚です。そして、この疲労と疲労感は必ずしもイコールではなく、乖離することがあります。“嬉しい”“楽しい”“やりがいがある”と前頭葉(前頭前野)が感じると疲労感をマスキングしてしまうのです」
ジカクナシヨのように「やりがい」が大好物、気持ちだけで頑張ってしまうタイプは要注意。自分が気づかないうちに、活動能力がどんどん低下してしまう恐れあり。それもこれもヒトの前頭葉が発達したがゆえの悲劇と言える。
「動物が疲れたら休むように、人間も疲れの感覚が出たときは素直にそれに従うことが重要です」
前頭葉が疲労感を隠す
疲労感を感じるのは、ヒトならではの思考を司る前頭葉。そして疲労感をマスキングするのも「やりがい」を感じる前頭葉。疲労感なき疲労で、いずれ自律神経はバーストする。
運動のオーバートレ=精神のバーンアウト
月間300kmを1日に換算すると10km。毎日10kmを走るにしろ、2日に一度20kmを走るにしろ、市民ランナーレベルでは明らかにオーバートレーニング。
確かに日常生活以上の負荷をかけなければ、トレーニング効果は得られない。でも、それにはきちんと回復期間を設けることが前提条件。疲労が回復しないままトレーニングを重ねていくと、パフォーマンスは上がるどころかどんどん低下し、食欲不振や不眠といったオーバートレーニング症候群に陥ることも。
「活動することでカラダは疲労し、疲労が回復することでパフォーマンスのベースラインが上がります。これが超回復のシステム。疲労状態からの回復状態を経ないと、オーバートレーニングの負のスパイラルに陥ってしまいます。これは肉体的にも精神的にも同様です」
ハシリスギタの場合、1日10km走をベースに、時々長くゆっくり走るLSDを挟み、週2~3日は完全休養日を取ることを勧めたい。
仕事もこれと同様、膨大なノルマを日々こなし続けるといずれバーンアウト=燃え尽き症候群に陥ってしまう。疲れを自覚したら必ず回復期を設けなければ、パフォーマンスは下がる一方。ランも仕事も走り過ぎは禁物だ。
オーバートレーニングのイメージ
疲労を十分に回復させないまま運動や仕事を続けるとパフォーマンスは徐々に低下していく。いずれ体調の変調が表れ健康を害することも。
休養の7モデルを生活に取り入れる
自分なりに休んだと思っていても、次の活動に繫げる活力が得られていない。これが疲労を長引かせる最大の原因。ならば、一体どうすりゃいいの?
「肉体的、精神的ストレスを補正する休養モデルを使って、小さな充電を積み重ねていくことが大事です」
と、片野さんは言う。休養モデルとは下に示した7つの概念。休養を「生理的」「心理的」「社会的」の3種類に分類し、さらに7つの細かいモデルに仕分けたもの。
「たとえば仕事の合間にほっとひと息つくとします。このとき、温かいスープを口にするのは“栄養型”の休養に当たります。でも市販のカップスープではなく、冷蔵庫を開けて自分自身でスープを作ると“造形・想像型”の休養がプラスされます。さらに、家族の誰かと一緒に作ると、そこに“親交型”の休養がプラスされます。こうして休養モデルを複合させることで、より活力を溜めていくことが可能になります」
疲れている現代人にとって休養はもはやひとつの教養。たとえ疲れていても、疲労感をマスクしてここ一発頑張らなきゃならないときもある。そんなときこそ休養モデルを上手に活用して、明日の活力に繫げてほしい。
休養学の休養モデル
- 休息型:活動を中断して心身の沈静化を図る。消極的休養=パッシブレスト。
- 運動型:歩行やストレッチなどの軽運動で老廃物を除去する。積極的休養=アクティブレスト。
- 栄養型:消化・吸収のいい食事を摂ることで消化器を休ませ、カラダの生理生化学反応を促す。
- 親交型:人やペット、自然との触れ合い、社会と交流することで心身の活力を養う。
- 娯楽型:大好きな趣味や嗜好、推し活を追求することで、心身の活力を養う。
- 造形・想像型:料理をする、絵を描く、詩を書く、日曜大工をする、瞑想するなどの創造&想像体験。
- 転換型:買い物、食事、旅行、部屋の模様替えなどをすることで外部環境を変える。