スポーツ庁長官・室伏広治が語る「疲労とどう向き合い、回復させるのか」
長く現役を続けられたのは、疲労を起こさないよう工夫してきたから。鉄人と呼ばれた男に、これまで培ってきた回復の方法を教えてもらおう。
取材・文/鈴木一朗 撮影/高橋マナミ イラストレーション/うえむらのぶこ
初出『Tarzan』No.831・2022年4月7日発売
目次
どう回復させるかを考えて、現役を続けていた
スポーツ庁長官の室伏広治さんは、世界有数のハンマー投選手だった。2003年、チェコのプラハで行われた国際グランプリで84m86という記録を樹立し、これが室伏さんの生涯最高の記録となる。
そして、翌年に開催されたギリシャのアテネ・オリンピックでは見事、優勝を飾った。このとき29歳と10か月、20代の最後に大きな勲章を手中に収めたのだ。
「誰でも加齢で衰えますが、僕はアテネの後、30歳ぐらいのときにカラダに不調のようなものを感じました。
そのとき、このまま同じやり方をしていては、競技を継続するのは難しいと思ったんです。それで、“どう取り組むか”から始め、いろんなトレーニングやカラダに対するマネジメントの方法、どのように疲労を回復させるかということを考えつつ、現役を続けていたんです」
14年、日本陸上選手権に出場した室伏さんは、20連覇(最初の優勝は1995年)という偉業を達成する。そして、41歳まで現役を貫いたのだ。
「たとえば、過負荷の法則ってありますよね。確かに、より負荷に耐えられるカラダのほうが強くなるという原理は間違いではない。
しかし一方で、それは20代では通用するけど、30代、40代になって、負荷を上げ続けられなければ、記録が伸びないという話になる。それをどう打開するかがテーマだったんです。
幅広い運動体験をしてみたり、さまざまな感覚を養っていけるようにする。このとき、大事なのは疲労を起こさないようにトレーニングをすることで、これは肉体的にだけでなく、メンタル的にも効果がある方法なんです」
カラダと対話しながら運動する時間が一番贅沢
針金の同じ部分ばかりを曲げ伸ばししていると、金属疲労で折れてしまう。人間も同じところ(カラダだけでなく頭も)を同じパターンで使い続けると疲れが溜まるし、精神的なストレスも生まれる。何かに偏るのが、一番いけないことなのだ。
「だから、瞬発的な力を発揮するようなエネルギー機構でなくて、酸素を供給するような運動機構もやってみる。バランスを取るということが、大切なんです。
そうしないとケガをするし、メンタル的にもよくない。現役を終えるまで、そんなことを考えながらいろいろ実践したんです」
と言うと、室伏さんは1枚の新聞紙を取り、それを床に置いた。そして、「片手で持って、指で丸めてください」と笑う。新聞紙の中央をつまんで持ち上げ、指や手首をこねくり回して丸めようとするが、なかなかできない。かなりの時間をかけて、ようやく丸く(?)なった。
「これは、みなさんにやってもらいたい。今、日常で指を使うといえばスマホぐらい。だけど、この新聞紙のトレーニングは、単純な動きではなく、手を開いたり閉じたり、手首も動かして、いろんな筋肉を使う。
そして、それは筋肉だけでなく、脳にも変化をもたらすと思うんです。たとえば認知症の予防とかね。運動は肉体を鍛えるだけではない。さまざまな感覚器、センサーを鍛えることもできる。
それに、ただ100回指を動かしてくださいと言われるのと違って、強制感がない。また、一度たりとも同じカタチにならないから、毎回、夢中になれるしフレッシュに感じられるのもいいんです」
強制的に運動させられるのは、それだけでストレスになる。「重さに依存したり、回数を繰り返すような運動はメンタル面でいえばよくない」と室伏さん。
ただし、もちろん運動自体は素晴らしい効能を与えてくれる。それには、精一杯楽しむというキーワードが重要になってくるのだ。
「スポーツやトレーニングは自分と向き合える時間なんです。自分のカラダと対話するようにやることが大切。
“カラダをこっちに向けたほうが、より筋肉に力が入るな”とか、“走ったときに踵を浮かせたほうがふくらはぎに力が入る”とか。
カラダと対話しながら運動すると、夢中になって他のことをすべて忘れてしまう。そういう時間が本当に一番贅沢な時間だと思うし、運動以外では得られない。そして、これが疲労を取り去り、次への活力となる。
スポーツ庁では、運動習慣がない人には始めるための、習慣がある人には続けてもらうための環境作りや、プロモートをしています。誰でもいずれ高齢になるのですから、少しでも心身の健康を増進するために、運動してもらうことが大切。これが健康寿命の延伸に繫がる。
生きている限り、疲労を引きずらず、心身ともに楽しみたい。そういった意味でも、運動の役割は極めて重要なんです」
室伏さんが考案した疲労回復エクササイズを紹介する。楽しんで取り組んでもらいたい。
室伏さんオススメ! 疲労回復エクササイズ
それでは、スポーツバイオメカニクスの分野でも、ずっと研究を続けてきた室伏さんが考案したエクササイズを、4つ紹介していきたい。
「たとえば首の可動性を高めるエクササイズ。普通は顔を横に向けて筋肉を伸ばすことが多い。
でも、ここではカラダを動かします。なぜなら首の筋肉を伸ばすのに、そこに力が入ると伸びにくくなるから。カラダだけを動かすことで、首の筋肉には力が入らないようにできるのです」
実に論理的だ。行うときのポイントは、呼吸を止めずに痛みの出ない範囲で動くこと。2日に1回のペースでやろう。“どう動くのがよいか”、カラダと対話しながら実践すれば、疲れは取れて活力も生まれるはず。
「力を抜いて、気楽にリラックスして取り組んでください」
エクササイズのやり方
各種目、それぞれ左右各3〜5回を2〜3セット
① 首の可動性を高める、弓引きの動き
軽く腰を落とした状態で立つ。片側の腕を伸ばし、手を目の前に出して手の甲を見る。
出した手と頭の位置を固定したままで、手とは反対方向に足踏みをしながら、無理のない範囲で全身をできるだけ回転させる。
手と顔の位置を固定したままで、ゆっくりと元へと戻る。左右行う。
足の動き
足は円を描くように、少しずつ足踏みをしながら、後方へと回転させていく。
② 胸椎を大きく動かす、フラメンコ胸郭回旋
両腕を前に出して、胸の前に円を作り、軽く腰を落とした状態で立つ。手はもう一方の手に重ねるように構える。
腕で作った円を崩さないように足踏みをしながら、無理のない範囲でカラダだけをできるだけ回転させる。
円を崩さないまま、ゆっくりと元の位置まで戻る。左右行う。
足の動き
足は円を描くように、少しずつ足踏みをしながら、後方へと回転させていく。
③ 柔軟な足首に! コージ・ウォールプッシュ
壁に手をつき、片側の脚を後ろに伸ばし、前側の足裏(とくに踵)を床から離さずに膝を深く曲げる。
手でしっかりと壁を押して曲げた膝を伸ばし、同時に後方の脚を上げ、膝を壁にできるだけ近づける。
踵で床を踏み込みながら、腰を前に突き出すイメージでやろう。左右行う。
④ 全身の安定を高める太腿のストレッチ
膝を後方に折り、同じ側の手で足首を持ち、できるだけ深く腰を落とす(バランスが取れないなら壁に手をつく)。カラダを支える側の足裏全体を接地させる。
手で持っている足の踵を尻に引き寄せ、同時に尻を引き締め、支持側の足裏全体で床を踏み込み立ち上がる。左右行う。