筋膜、鼓膜、横隔膜…ヒトは「膜」で生かされている
知れば知るほど奥深き、筋膜の世界。そもそも、なぜ筋“膜”なのだろうか。生物学の視点で紐解いていくと“膜”という構造の重要性が見えてくる。
取材・文/本田賢一朗 撮影/小川朋央 イラストレーション/渡邉唯
初出『Tarzan』No.830・2022年3月24日発売
そもそも“膜”とは何か?
筋膜以外にも鼓膜、横隔膜など体内には膜と名のつくものが多い。生物学を専門とする更科功先生は、膜とは生物の本質だと話す。
更科 功さん
教えてくれた人
さらしな・いさお/理学博士。専門は分子古生物学。東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師。『化石の分子生物学』で第29回講談社科学出版賞。他に『美しい生物学講義』など著書多数。
「人間はもちろん、すべての生物は細胞からできています。家における屋根や壁のように、細胞も膜という仕切りがあることで内部の環境が安定し、生きていくことができます」
生物の定義は、①外界と膜で仕切られている、②代謝を行う、③自分の複製を作る、の3つの条件を満たすもの。ただ、代謝を行うにも、自らの複製を作る(子孫を残す)にも細胞内の環境の安定が不可欠となってくる。すなわち、膜の存在は他の2つより根本的で重要な条件とも言えるのだ。
そんな生物の膜について、更科先生から4つのトピックでお話を伺った。筋膜をより深く知る前に、まずは膜について学ぼう。
① 大きく2つの種類の膜があります
膜は、“細胞を包む膜”と“細胞が作る膜”に分かれる。前者が細胞膜で、生物を定義づける細胞の内部環境を安定させる仕切りとはこれを指す。
一方、後者で重要となるのが、線維芽細胞と呼ばれる細胞。皮膚の真皮にある細胞で、コラーゲンやエラスチンを産生。臓器や筋肉、関節などがバラバラにならないようパッキングの役割を果たす膜を作り、人体を形作っている。その代表格が筋膜だ。
② 水中で生きるために膜は生まれた!?
生物の起源は海にあるとされている。水中だと必要な化学反応を起こしやすいからだ。膜により、細胞内で反応物質の濃度が高まり効率的に化学反応が起きる。一方、水中に居続けるためには、膜は水を弾く脂質で作られる必要があるが、それだけでは押し出されてしまう。
そこで、我々の祖先は表面を水に馴染む物質でコーティング。水と脂の両方に馴染む両親媒性分子という成分を細胞膜は持っている。
③ 40億年前からほとんど膜の構造は変わっていません
前述の両親媒性分子はリン脂質といい、現在地球に存在するすべての生物の細胞膜を構成。驚くことに、これは地球に生命が誕生した約40億年前から変わっていないとされている。
さまざまな条件や環境に適応して生物は進化してきたのになぜ? その理由を更科先生は「生命にとって本質的でないものはコロコロと変わる。膜はもともと改良の余地がないほど完成されたものなのでしょう」と話す。
④ バクテリアと人間の違いもこれまた膜
生物は、動物を含む“真核生物”とバクテリアなどの“原核生物”に大きく二分できる。どちらも細胞膜の内側にはDNAが存在しているが、その最大の違いはDNAがもう一つの膜(核膜)によって仕切られているか否か。
真核生物は核膜があるが、原核生物はなく、細胞膜の内側でDNAが分散している。見た目も大きさも異なる人間とバクテリアだが、その根本的な違いは膜一枚の有無なのだ。