アイコンタクトすら禁じられた2人の意思疎通。ボッチャBC3の超絶テク
ランプと呼ばれる器具を駆使して行われるのが、「ボッチャ」のBC3カテゴリー。このカテゴリーでは、選手とアシスタントの二人三脚で試合が行われる。コミュニケーションが禁じられた状況下で、選手たちはいかにして目標球にボールを寄せるのか。
取材・文/宮崎恵理 撮影/吉村もと
「ボッチャ」は、重度の脳性麻痺や四肢機能障害のある人のために考案された、パラリンピック特有のスポーツ。ジャックボールと呼ばれる白い目標球を投げた後、赤または青のボール6個を投球し、より目標球に近いボールの数によって得点が決まる。個人戦とペア戦は4エンド、チーム戦は6エンドが行われる。
カーリングに似ていると言われるが、エンドごとに目標の位置が変わり、ゲーム途中の1投でジャックボールの位置を動かすこともできる。そこが、カーリングとは大きく異なるのだ。
日本は、2016年リオパラリンピックで行われたチーム戦で銀メダルを獲得。パラスポーツの中でも、認知度を急速にアップさせている。
滑り台のような「ランプ」を使用。
障害の内容や程度によって、4つのクラス分け(BC1〜4)がある。そのうちBC3カテゴリーは、もっとも障害の程度が重い選手のクラスだ。選手は、「ランプ」と呼ばれる滑り台のような器具を使用して、投球を行う。
このランプを調整するのは、選手の専属アシスタントの役目。アシスタントは、選手の指示通りにランプの長さや向きなどを調整し、ボールを設置する。
試合中、アシスタントは選手の方を向き、後ろを振り返って試合の様子を確認することはできない。選手と会話することも禁じられている。
ランプは3分割できる仕組みになっており、投球距離やスピードをランプの長さで調節する。アシスタントは、1投ごとにランプを組み立て、選手の指示通りの高さにボールを設定する。
一方、選手は、それぞれ規定の範囲内で中のビーズの量、質などで硬さの異なるボールをあつらえている。
硬いボールを使えば床を転がる速度は上がり、柔らかいボールなら狙ったところにピンポイントで寄せることができる。戦術に合わせてボールを使い分けることも、勝負のポイントだ。
思わず「おおっ!」と歓声が沸く
制限時間内に選手が指示を出し、アシスタントがテキパキとランプを調整。選手は上肢にも障害があるため、ポインターと呼ばれる細い棒を腕や頭などに固定させたり、口にくわえたりして、ボールをリリースする。
ジャックボールの手前にあらかじめ布石となるボールを置き、相手の攻撃を防御した上で、布石ボールに自分のボールを当てて、ジャックボールに密着させる。
アシスタントの身長を超えるほどの長さのランプから転がしたスピードあるボールを、複数密集するボールに乗り上げさせる。あるいは、ジャックボールもろとも弾き飛ばして、ゲームの展開を一発逆転するシーンも!
審判は、ペンライトや専用の計測器を使って、どのボールが一番ジャックに近いかを見極める。目視が難しいほど密着しているような場合には、紙のように薄い計測板をそっと球と球の間に差し込んで通るかを確認。まさに、ミリ単位ならぬ、0.1ミリ単位の戦いが繰り広げられるのだ!
スーッと、ランプを滑り落ちたボールの行方に観客は固唾をのみ、ジャックボールに吸い寄せられると「おおっ!」と歓声がアリーナにこだまする。
この投球テクニックと戦術こそ、ボッチャBC3カテゴリーの最大の魅力だ。
アシスタントと2人で戦術を構築。
日本代表選手として東京パラリンピックに出場するBC3の高橋和樹は、リオ大会に続いて2度目の出場。1980年生まれの41歳。5歳で柔道を始め、高校2年時、柔道の練習中の事故で頚椎を損傷した。東京オリンピック・パラリンピック開催決定がきっかけで、ボッチャを始めた。
高橋のアシスタントを務めるのは、峠田祐志郎(たおだ・ゆうしろう)、34歳。特別支援学校教員在職中にボッチャに出会い、アシスタントやコーチとして活動していた。ボッチャ歴で言えば、高橋より長い。
東京パラリンピックでのメダル獲得という目標のために、2019年に教員を辞め介助ヘルパーとしての資格を取得。現在、高橋の生活の介助も行いながら、競技生活に専念している。
朝9時に峠田が高橋の自宅に到着する。身支度、朝食を終え練習に向かう。練習後、峠田は高橋の自宅で洗濯や掃除などをこなし、高橋のシャワーや夕食、ベッドに寝かせるところまでをヘルプする。合宿や国際大会などの遠征先では、24時間対応だ。
まさに、寝るとき以外は、ほぼ一緒!
「いや、僕ら、恋人同士ではありませんから」
真顔で首を振る2人である。
競技中に一切のコミュニケーションを取ることができないため、日常の練習こそが命。日々、戦術通りに投球するテクニックを磨き上げる。とはいえ、相手の出方によって、展開はガラリと変わる。そのとき、どんな手を打つのか、どう対応するのか。高橋と峠田の2人は、練習で喧々諤諤、ツバを飛ばし合うようにして、試合中に展開すべき戦術を練り上げていく。
試合中、峠田は、高橋の指示や、相手選手の反応などから背後で展開されている試合の様子をありありと思い浮かべることができるという。そして、次に高橋が打つべき投球コースもイメージする。
「アイコンタクトさえ禁じられていますが、私が指示を出した時に、一瞬峠田さんの手が止まったりすると、やっぱり、これは2人で決めておいた一手ではないよな、と、もう一度指示を出し直したりします」
高橋・峠田ペアは、ジャックボールの投球から始まる自分たちのエンドでは、いつも、手前の同じ位置に投球する。囲碁の最初の一手のように、揺るぎない。そこから、いかに自分たちが想定する戦術で、ボールの配置を展開させていくかが、勝利へのカギとなる。
コロナ禍、東京パラリンピックの競技会場に足を運ぶことが難しい状況だ。現場で選手の息遣いを感じられないのは残念ではある。が、実はボッチャはテレビ観戦向き。真上からボールの配置を映したり、選手の表情、アシスタントに出す指示もクローズアップされる。より展開の面白さに集中できるのだ。
戦術と投球のパラスポーツ。ボッチャBC3カテゴリーのスーパーテクニックに心酔せよ!
東京パラ・ボッチャBC3のココに注目!
- ランプを転がり落ちるボールの行方を見守れ!
- 東京パラリンピックのボッチャBC3個人戦は8月23日(土)〜、決勝は9月1日(水)
- ランプやポインターの形状、工夫も見どころ!