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“スリップインするだけ™”じゃない!《スケッチャーズ スリップ・インズ》快適学。
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“日本一になれる”。こんな惹句に誘われて厳しい練習で知られるボート部の門をくぐる。大学で始めたこの競技にとことん魅せられ、今では日本一ではなく世界一を目指しているのだ。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.813〈2021年6月24日発売号〉より全文掲載)
荒川龍太は努力の人であろう。中学、高校ではバスケットボールと真剣に取り組み、勉学にも力を入れてきた。その結果、超難関校である一橋大学に見事合格。
さぁ楽しいキャンパスライフが始まる、とはならなかった。なんと、ボート部に入部したのだ。その理由は、「日本一になれる」という言葉を聞いたから。バスケットボールでは地方の予選で負けてしまうようなチームで、この惹句に惹かれてしまった。
しかし、一橋のボート部といえば、とてつもない練習量と、厳しい寮生活で知られる強豪。そのなかで、真摯に競技と向き合っていった荒川は4年ではキャプテンを務め、今、NTT東日本の漕艇部に入り、東京オリンピックの出場を手中に収めたのだ。
ボートの東京五輪アジア・オセアニア大陸予選は、今年5月に東京の海の森水上競技場で開催された。日本勢は4種目に出場していて、その全種目で優勝を果たす。
しかし、同大会での出場枠は2つであったため、4種目のうちの2種目しか、出場資格を得られなかった。その1つにシングルスカルの荒川が選ばれたのだ。まずは大会について話してくれた。
「勝ったらオリンピックだということを意識してしまって、この4、5年で一番ぐらいに緊張してしまった。こういう状態だと上半身が硬くなってしまい、力を船にうまく伝えられなくなる。でも、どうにか通過して準決勝、決勝と進むことができたんです。
決勝で1位になれたのはうれしかったのですが、レース的にはイマイチの出来。自分は中盤が得意だと思っていたのに、そこでスピードに乗れなかった。2種目しか出場権を得られないから、レースが終わったあと、もやもやしていました。
大会が終わって、ホテルへ戻ってから出場できるという発表があったのですが、そのときはホッとしたというのが正直なところです」
ところで、この大会の会場となった海の森水上競技場は東京オリンピックのために作られた漕艇場だが、建設当初の評判はよくなかった。カヌー・ボート競技は、普通は内陸部の湖や川の人工コースで行われる。なぜなら、沿岸部では強い風や、大きな波が立つ可能性が高いからだ。
海の森競技場の近くには、風力発電の風車が立っているぐらいだから、風、波を心配する声が多かったのだ。実際に会場でボートを漕いだ荒川は、「評判、悪いんですよね」と、笑いながら、でも、と言葉を続けた。
「風は戸田(埼玉県にある戸田漕艇場。荒川のホームグラウンド)よりちょっと強く吹く感じでした。でもそんなに波が立つこともないし、国際的に見ればもっと厳しいコースはいくらでもある。みなさんネガティブなイメージを持っていますが、僕的にはいいコースだと思いますよ。
コンディションのよいときは、本当に漕ぎやすいし、これまでの日本にはないぐらいの広さがある。海外のコーチもいいコースだって言っていましたし、全然悪くはないんです」
もうすぐ、この会場で世界一を決めるレースが行われるのである。
荒川が対峙している競技・シングルスカルは1人の選手が左右に1本ずつ、計2本のオールを漕いで(2本持つ種目をスカル、1本持つ種目をスウィープと呼ぶ)、ゴールを目指す。
シングルスカルの難しさの一つはテクニカルな面にある。この種目のボートは長さが7・82m(基準)で、幅は30cm(基準)。恐ろしく細長いボートで、少しでもバランスを崩すと簡単に沈(ちん)してしまう。荒川にも思い出がある。
「最初は4人乗りから始めたんですが、このボートは転覆することはまずないんです。それで練習していって、シングルスカルに乗ることになったんですが、最初は本当に3漕ぎぐらいで沈んでしまう。
先輩たちはよくこんなのに乗っているなと思いました。僕は乗るたびに転覆していた。オールが左右同時に水中に入らなかっただけで沈する。乗れるまでに半年はかかりました」
そして、もう一つが肉体的な過酷さである。多くの人が勘違いしているのが、ボートはオールを腕で漕ぐと思っていること。そこで、基本動作を知っておこう。
まずボートのシートは前後に動く。キャッチという動作ではオールのブレードを水に入れて、つかむ。このとき膝は曲がり、シートは一番手前にある。次のストロークではブレードで水を押し出す。このとき膝を伸ばしてシートを後方へ移動させる。
そして、フィニッシュで水を押し終わり、ブレードを水中から抜く。シートは最後方に来る。さらに、フォワードで、次のキャッチのために膝を曲げてシートを最前方へ移し、同時に腕を前に伸ばして、オールを後方へと引くのだ。
「簡単に言えば、ボートを漕ぐことは、ずっとスクワットを続けるということなんです。腕をがんばって引いているのではなく、脚でシートを押し下げたら、腕がついてくるというイメージ。腕は、脚の力をオールに伝えるだけの役目なんですよね」
シングルスカルは2000mの距離を7分前後で走る。1分間のストローク数が40回前後になるといわれているから、合計280回ほどスクワットを繰り返すことになる。想像しただけで倒れそうだ。
この過酷な競技で戦うためには、当然それに見合うだけのカラダが必要だ。どんな練習をしているのか。
「一番キツいのは、オフシーズンに行う、体力のベースを作るためのトレーニングです。ストローク数は1分で20回に抑えて、その代わり一漕ぎ一漕ぎをマックスのパワーで漕ぐ。これを30分間2セット行う。
辛いんですよね。瞬発力と持久力の両方を求められますから。心拍数も僕はあまり高くなるほうではないのですが、170(拍/分)後半ぐらいまで上がります。いつもボートから降りたときは、ふらふらしていますね」
もちろん、課せられるのは水上のトレーニングだけではない。ウェイトトレーニングもしっかりと行う。それも驚くべき方法なのである。
「2015年の冬からフランス人のコーチについてもらって、フランス式のトレーニングをしています。ウェイトは軽め、最大筋力の40~50%ぐらいの重量を使い、高回数行います。種目によりますが、30回、50回、70回とかですね。
全15種類のメニューがあって、サーキットのように3~4周繰り返します。1周にかかる時間は30分ぐらいなので、すべて終えるのに2時間ほどかかり、その間はずっと動き続けています。筋持久力とスピードを高める目的なので、筋肉が見違えるほど大きくなることはないですが、6年間で体重も増えましたし、扱える重量も重くなっている。
その結果、レースの中で同じ姿勢を保ちつつ、変わることなく動き続けることができるようになってきていると思います。ボートは一回姿勢を崩してしまうと、一気にスピードが落ちてしまう。正しい姿勢で漕ぎ続けることが重要なんです。
でも、このトレーニングは本当に厳しくて、辛いんですよ。週2~3回やるのですが、明日はトレーニングだと考えるだけで、もう憂鬱な気分になりますからね」
シングルスカルのオリンピックの予選は7月23日午前。この日の午後8時から開会式が行われるので、これを待たずにスタートするわけだ。
「アジア・オセアニアの大会では中盤でスピードに乗れませんでした。レースになると、どうしても頑張りたいという気持ちが先に出て、上半身が硬くなる。
だから、それを変える何かが見つかって、パズルのピースのように嵌まれば、それだけで短い期間でレベルアップできると思っています。まだ世界とは差があるので、東京では決勝進出が目標。3年後のパリが勝負だと思っています」
取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.813・2021年6月24日発売