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“スリップインするだけ™”じゃない!《スケッチャーズ スリップ・インズ》快適学。
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小学校5年生、最初の練習場は川の土手。「トリッキング」の日本における第一人者・Daisukeは、誰の指導も仰がずに一人で練習を繰り返し、彼は見事に世界の頂点に立ったのである。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.814〈2021年7月8日発売号〉より全文掲載)
「えっ、マジで!!」
その瞬間、Daisukeは思ったに違いない。2017年、オランダで開催されたトリッキングの大会で、日本人として初めて優勝を果たしたのが彼である。
と、まずはトリッキングについて話しておく必要があろう。この競技は東洋系の武術であるマーシャルアーツを基本に、さまざまな格闘技からエッセンスを吸収し、蹴り技、宙返り、ひねり技などを組み合わせ、独自のパフォーマンスを行うスポーツ。勝敗は審判の採点で決まる。
まぁ、難しいことは抜きにして、写真を見てほしい。Daisukeの動き、アナタはできるだろうか。撮影現場にラフな洋服で現れた彼は、何の気なしに、ヒョヒョイって感じで、超人的な動きを披露してくれるのである。
トリッキングはハリウッドのアクション俳優には必須のようだ。何の仕掛けもなく、超人的な動きができることが彼らの生命線であることは、ジャッキー・チェンを見れば一目瞭然である。ただ、ハリウッドでは知らないヤツはモグリであるが、日本では知られていない。
で、Daisukeの出場したのがオランダの最高峰の世界大会『Hooked2017』。これが半端ではないのだ。
「集まってきた選手は、本当のトップを含めて3000人ぐらい。まぁ、ほとんどは有名選手を見たいからって参加しているのですが、でもこれだけの人数で予選が始まる。僕はゲスト枠ということで招かれたんです。
日本で成績を残していたし、ユーチューブに自分で作ったトリックを上げると多くの人に見てもらえる。それで“おーっ、コイツすげぇ!”ってことになると呼ばれたりする。それで、僕が出場できたんですね」
日本人というのも有利に働いたかもしれない、とDaisukeは分析する。「(孫)悟空が来るぞ、NARUTOが来るぞってね」と、彼は笑う。前からこの大会の映像は見ていた。優勝したいとも思っていた。ただ、実現できないと理解していた。
「とりあえず、予選を通過して本戦に残れば、痕跡を残せるかなぁぐらいに考えていました。1日目に予選があって、2日目が本戦だったのですが、予選をやった感触がとてもよかった。“仕上がってるな”って感じです。
観客までの距離が近いし、いいトリックをするとボルテージが上がる。自分のポテンシャルもどんどん引き出されて、いつもならなかなかできない動きも思い通りにできた。だから、優勝できたときは何か不思議な気持ちだったですね」
Daisukeは不思議という言葉を口にしたが、本当は彼こそが不思議なのだ。なぜならトリッキングをまったく知らずに、この世界へと潜行していったのだから…。
小学校が終わると、仲間と集まって日が暮れるまでゲーム。「また明日」なんて帰る生活。運動とはほとんど縁がなかった。そんな少年が出会ってしまった。ホラーアクションゲームの『バイオハザード』である。
「小学校5年生のときに買ってもらったんですが、レオン・S・ケネディっていう主人公がすごかった。ゾンビをバンバン蹴るし、バック転とかもするし。かっこいい、レオンになりたい。レオンの動きを全部マスターしてやろうって思ったんです」
レオンがやっていたのは、突飛なことではなかった。といっても、普通の人ができるとは思えない動きだ。だが、少年は自分ならできると思ってしまった。そして修業が始まる。
「最初は一人でやってたんです。バック転は怖いから、布団の上とか陸上の幅跳び用の砂場で試したりして。で、学校で側転とかやってると、友達が集まってきて、一緒にやるようになった。
川の土手でやるんです。レオンのコマ送りの画像を見て、こういう動きなんだって言いながら。ゲームを楽しむのと一緒。その延長で、8人ぐらいでやってました」
そして、『バイオハザード』に続いてハマったのが、“乱舞”という動画。偶然、見つけたのだ。実はこの動画は、トリッキングを競技として成立させたといわれるレジェンド、アニス・チェウファの映像だった。
「中1ぐらいで見つけて、何これってみたいになって。当時は、わけのわかんない超ヤバイ人がやっているとんでもない動画だと思っていて、これも見つつ練習していたんです」
中学2年生のとき、パフォーマーが集うところがあると聞く。それが、新宿スポーツセンター。いろんなアクションをする人たちが自分の技を見せる、身体能力の高さを競う聖地と呼べる場所だ。ここがDaisukeのお披露目の場となった。
「みんな、バック転とかバック宙のバリエーションとかを考えているんです。腕をクロスしたらいいかもなんて。でも、僕らは“乱舞”でしょ。レベルが全然違う。何それ?って感じで、かなり驚かれましたね」
ここで、パフォーマーとの交流が生まれ、トリッキングという競技について詳しく知るようになっていく。そして、Daisukeはこの競技にどんどんのめり込んでいった。
「とにかく自分は理論派なんです。動画をコマ送りにして、ここでパンチを入れるようにカラダを回転させて蹴りに入るとか、瞬間の動きをひとつずつ追って技を完成させる。それが、すごく楽しかったんです」
2015年、東京で大々的なトリッキングの大会が開催された。ブッちぎりで優勝できるという仲間たちの声を受けて出場する。しかし、結果は予選敗退。これには理由がある。
この大会では、一部の選手を除いたほとんどがトリッキングを理解していなかった。体操選手がそのまま体操してもパフォーマンスとして認められる。格闘技の要素、蹴り、ひねりなどは関係ない。
Daisukeは“乱舞”で本場のトリッキングを学んでいたから、そのパフォーマンスが逆に場に馴染まなかった。「ただのアクロバット大会でした」と、彼も言う。でも、悔しかったのは確かだ。
「それまでは、自分の欲のままに練習していたんです。“乱舞”で恰好いいトリックがあったら、これをやろうなんて感じで。でも、そうじゃなくて、これができないと勝てないというトリックに取り組むようになった。好き嫌いでなく、勝負に徹するための練習へ変わったんです」
それは結果に表れた。16年、大阪、東京、神戸で開催された大会で優勝すると、翌年は日本最高峰の『トリッキングバトルオブジャパン』で2連覇を果たす。そして、この成績が『Hooked2017』へと繫がっていったのである。
誰に指導してもらうわけでもなく、ただひたすらに自分を信じて進み続けて、世界の頂点に立った。本当にスゴイ男なのだ。
さて、現在は大会と距離を置いているDaisukeだが、パフォーマンスライブを開催したり、トリッキングの講習を行ったりと、その普及に努めている。もちろん、そのためには、日々の練習は欠かせない。
「カラダにかかる負荷が大きいので週に3日以上はやりません。残りの日はイメージトレーニングです。どんな動きが驚いてもらえるのか。それを、より具体的な部分まで考える。
たとえば、腕をこんな感じで回せば、カラダはこんなふうに動くはず、とか。細かいところまでを頭に描き、それを練習で実践します。
あとは、筋力トレーニングも大事。主に鍛えるのは上半身。ジャンプって脚の力ではなく、上半身の力で下半身を引っ張り上げることが重要だと思っているんです。胸、背中、体幹などを中心に、鍛えるようにしています」
今、Daisukeが一番に考えていることは、トリッキングと社会の間に繫がりを持たせること。誰もが驚くようなパフォーマンスは、多くの人に注目され、今後、人気も上がってくると彼は考えている。が、それが一過性では問題にならない。
「トリッキングには大きな可能性があるんです。たとえば、高度なパフォーマンスができるようになればアクションの仕事だったり、バックダンサーもできるでしょう。実際に僕もやっていますし。
また、もともと格闘技の要素が入っているので、空手やキックボクシングのメソッドに組み込むことも難しいことではありません。もちろんフィットネスにも応用が可能。すごいって感じたら、子供だってやってみたいと思うはず。
そういうふうに、社会との接点が増えていくことで、日本に定着させることができる。それが、僕のやる仕事だと思っています。新型コロナのせいで、以前のような活動ができていないのですが、少しずつでもトリッキングを広め、多くの人に興味を持ってもらえたらと考えています」
取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.814・2021年7月8日発売