• コロナとインフルエンザの防護策を知る|③ウイルス学の観点から
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2020.11.27

コロナとインフルエンザの防護策を知る|③ウイルス学の観点から

宮沢孝幸(みやざわ・たかゆき)
宮沢孝幸(みやざわ・たかゆき)/1964年生まれ。京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授。獣医学博士。東京大学農学部卒、同大大学院修了。東京大学大学院、グラスゴー大学、ロンドン大学などで研究を重ね、京大へ。2016年より現職。

3人の専門家に聞いたコロナ&インフルエンザの最新状況。ラストは、「1/100作戦」を提唱している宮沢孝幸先生にウイルス学の観点から教えてもらう。

ファクターXは、日本人の生活習慣?

── 先生は、ウイルス学の専門家として4月から「1/100作戦」を提唱していらっしゃいます。具体的にはどんな作戦ですか?

1/100作戦とは、新型コロナ感染の入り口となる目、鼻、口に付着するウイルス量を通常の感染時の100分の1にして、感染をほぼ防ごうという作戦です。

── 100分の1という具体的な数字はどこから出てきたのですか?

その前に知ってもらいたいのは、ウイルスが1個でもあれば感染が起こるわけではないという事実。新型コロナでどのくらいのウイルス量があれば感染が成立するかは、まだわかっていません。

新型コロナの仲間である“中東呼吸器症候群(MERS)”ではウイルス粒子10万個で1個の細胞にしか感染しないという報告もあります。ウイルスすべてが細胞に感染する能力を持っているわけではないのです。

── 少し安心しました。では、改めて100分の1の根拠とは?

新型コロナは、発症前後数日はウイルスを他人にうつしやすいことが知られています。感染から10日ほどで唾液中のウイルス量は、およそ100分の1となり、他人にうつすリスクはなくなります。

このことから、感染経路に暴露するウイルス量を100分の1にすれば、感染がほぼ防げるとわかります。ウイルスとの接触をゼロにしなくてもいいのです。

── 感染経路には、飛沫感染、接触感染、空気感染の3つがあるとされています。具体的にそれぞれどのような対策で、ウイルスは100分の1に減らせるのでしょうか。

3つのルートの中で、もっとも感染リスクが高いのは、飛沫感染。感染者が、マスクなしのノーガード状態で、ウイルスを大量に含む大きな飛沫を飛ばすような状況は避けないといけません。互いにマスクをし、感染者の飛沫が10分の1になり、対面する人がそれを吸い込むリスクが10分の1になれば、10×10=100分の1にすることが可能です。

なぜ1/100作戦が有効なのか?
なぜ1/100作戦が有効なのか?/新型コロナは発症日前後数日間はウイルス量が多く他人にうつしやすいが、感染から約10日、発症から約7日でウイルス量が100分の1となり、他人に感染させにくくなる。口や鼻などに達するウイルス量を100分の1にすれば、感染はほぼ防げそう。

── 接触感染はどうでしょう。

手洗いで防げます。それも石鹼で手首まで30秒もかけて洗う必要はありません。ノロウイルスは、流水で15秒ほど手洗いするだけで、手に付いているウイルス量は100分の1になります。ノロウイルスと新型コロナは違うと言われそうですが、ウイルス学的にはほぼ同じ挙動を示すと考えていいと思います。

── 空気感染については? 世界保健機関も注意喚起しています。

新型コロナで空気感染が起こるのは、相当“密”な状況に限られます。空気感染とは、呼気で感染するもの。麻疹や水疱瘡、百日咳のように、電車の同じ車両にいるだけで感染が起こります。

空気感染する感染症は、感染者1人が何人にうつすかという基本再生産数が、通常〈8〉を超えます。新型コロナの基本再生産数は〈1.4〜2.5〉、国内では〈1.7〉程度で、インフルよりも低い。もし空気感染するなら、3密になる通勤電車やバスでクラスターが起こってもおかしくありませんが、そうした事例を私は知りません。

換気は必要ですが、新型コロナを怖がるあまり、冬場に換気しすぎて寒くて凍える人が出たら困るので、あえて“空気感染はそれほど心配ない”と言いたいです。

── 新型コロナは、エアロゾル(空気中を長時間漂う極微粒子)で感染を起こすという話もあります。

日本のウイルス学の教科書には、エアロゾル感染という概念はありませんでした。スーパーコンピューターで解析すると、エアロゾルが衝立を越える様子などが可視化されるので心配になりますが、どのくらいのエアロゾルで感染が起こるかは、まだはっきりしていません。

── 日本で重症者、死者が少ないのも、知らない間に1/100作戦を実践している人が多いから?

そう思います。未知のファクターXを想定しなくても、日本人の生活習慣が新型コロナの感染を抑えているのです。

たとえば、日本には欧米のようにハグやキスの習慣はありませんし、自宅でも土足で過ごしたりしません。お手拭きの文化もあるし、飛沫が飛ぶほど大声で話す人も少ないですし、マスクで口を覆うことに違和感も抵抗感もありません。

1/100作戦
SNSで具体的なコロナ対策を発信。/4月、宮沢先生のTwitterへのこの投稿がきっかけとなり、ネット上で1/100作戦が脚光を浴びた。6月には大阪大学の中野貴志教授と大阪府の新型コロナウイルス専門家会議にオブザーバーとして参加。緊急事態宣言に伴う休業要請などの効果について意見を述べた。

緊急事態宣言の効果をきちんと検証すべき。

── 1/100作戦を守っていたら、4月の緊急事態宣言のような厳しい行動制限は不要でしょうか?

第1波で感染者の増加にブレーキが掛かり始めたのは3月15日で、28日に感染者が減少に転じてピークアウトしました。

4月7日に政府は緊急事態宣言を出しましたが、その後も感染者の減少傾向はそれ以前と同じでした。3月中旬の自粛レベルで感染機会を減らすには十分で、接触機会を最低7割、極力8割減らすことを狙った緊急事態宣言は不要だったのです。

未知のウイルスだったので、慎重に対策を立てるのは理解できますが、その後得られた知見を踏まえて緊急事態宣言に効果があったのかは科学的に検証すべきです。

── そして5月末の緊急事態宣言の解除後、第2波が到来しました。

第2波のおもな震源地は、東京でも大阪でも夜の繁華街でした。ホストクラブなどでマスクなしで大騒ぎすると大きな飛沫が飛びますから、感染リスクが高まります。

しかし、夜の繁華街の感染者から、マスクをして大人しくしている一般市民の間には広がりにくい。「また緊急事態宣言を出した方がいい」という意見もありましたが、私たちは夜の街からの感染の大半は2次感染で終わり、3次、4次と広がる確率は低いので、7月下旬〜8月上旬にピークアウトすると予測しました。

実際その通りになりました。自粛しても第2波が来たと怖がる人もいますが、夜の繁華街のように自粛しなかった人がいたから、第2波が来ただけです。

── 最後に1/100作戦に込めたメッセージを改めてお願いします。

一人ひとりが感染しているつもりで慎重に行動すれば、普通に買い物したり、食事をしたりしても構わないでしょう。PCR検査が陽性でも無症状や軽症なら隔離も不要。他人にうつさないようにマスクをし、大声で飛沫を飛ばさないといった点を守れば、外出したり、会社で仕事をしたりしても構わないと考えます。

このウイルスは、ちょっとした注意で十分に逃れられるということを、改めてお伝えしたいと思います。

宮沢先生の見解まとめ
  • 感染しているつもりで行動すれば、生活も仕事も普通にできる。
  • 日本人に欧米人より死亡者が少ないのは、生活習慣の違い。
  • 空気感染、エアロゾル感染を怖がりすぎない。
  • ウイルス量を100分の1に減らせば感染しにくい。

取材・文/井上健二 イラストレーション/阿部伸二

初出『Tarzan』No.799・2020年11月5日発売

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