• コロナとインフルエンザの防護策を知る|①免疫学の観点から
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2020.11.24

コロナとインフルエンザの防護策を知る|①免疫学の観点から

宮坂昌之(みやさか・まさゆき)
宮坂昌之(みやさか・まさゆき)/1947年生まれ。大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授。医学博士。京都大学医学部卒業。大阪大学医学部教授、同大大学院医学系研究科教授などを歴任。2007〜08年日本免疫学会会長。

注目を集めた「集団免疫」をはじめ、これまでの新型コロナ対策を経て今、 COVID-19だけでなくインフルエンザに対しても、できる対策はさまざまある。大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授の宮坂昌之先生に免疫学の観点から教えてもらおう。


宮坂先生の見解まとめ

  1. 抗体ができにくい新型コロナでは、集団免疫は成立しにくい
  2. マスク着用などの回避策を徹底すれば、感染者は最小限に抑えられる
  3. 新型コロナ対策を徹底すればインフルエンザが同時流行する可能性は低い
  4. PCR検査に加えて、ウイルス量が多い感染者が見つけられる抗原検査に注力すべき

集団免疫は、有効ですか?

── 宮坂先生は免疫がご専門です。アメリカやブラジルなどと比べて日本の感染者、重症者、死者が少ないのは、新型コロナウイルスに対して集団免疫が成立しているからだという主張もあります。そもそも集団免疫とは何を指すのですか?

免疫には自然免疫獲得免疫があります。自然免疫はあらゆる感染症を抑えようとしますが、獲得免疫は特定の病原体に応じて作るオーダーメイドの武器である“抗体”で対抗します。

集団免疫は、感染症が広がって獲得免疫が成立する人が増えると、新たに感染者が出ても感染の連鎖が断たれるため、それ以上感染が広がりにくくなる現象を指します。

── その集団免疫が、新型コロナにも成立しているのでしょうか。

私は非常に懐疑的ですね。もしも集団免疫が日本で成立しているなら、学校の運動部などにおけるクラスターの発生が説明できません。

集団免疫が成立するのは、麻疹やおたふく風邪のように、一度作られた抗体が20〜40年間も維持されることが前提です。ところが、新型コロナでは、まったく抗体ができないうちに治ったケースもあります。しかも一度できた抗体も長続きしないようです。

そう考えると、集団免疫戦略で新型コロナに打ち勝つのは難しいと考えます。

日本で感染被害を抑えられた3つの理由。

── 日本では新型コロナの被害が欧米よりも低く抑えられている理由は、どこにあるのでしょうか。

まず考えられるのは、新型コロナウイルスへの暴露率の低さでしょう。ウイルスをたくさん浴びるほど、重症化しやすくなります。

コロナの感染者が増えると、下水からもウイルスが検出されます。横浜市では、第1波で感染が広がった4月は下水からも新型コロナウイルスが見つかりましたが、それ以降は検出されていません。暴露率が低い傍証です。

下水から検出される新型コロナウイルス。
下水から検出される新型コロナウイルス。/横浜市衛生研究所は2020年5月まで、市内の水再生センターの流入下水を採取して、新型コロナウイルスの遺伝子検査を行った。感染が広がった4月以外は下水からウイルスは検出されておらず、新型コロナに暴露された人が少ないことを示唆する。
出典/横浜市衛生研究所、国立感染症研究所

次は、やはりマスク着用、手洗い、3密回避、換気・通風、社会的距離を取るといった基本の対策が功を奏したからでしょう。感染が早期に広がった中国の武漢市でも、イタリアのロンバルディア州でも、きちんとした回避策が取られた結果、感染者は結局20%前後に留まっています。

もう一つ挙げるなら、日本を含むアジアで毎年流行する従来型コロナへの獲得免疫が新型コロナにも働くことも考えられます。獲得免疫=抗体ではなく、T細胞という免疫細胞も大きな役割を果たします。

コロナでヘルパーT細胞が活性化すると、コロナに対するキラーT細胞ができ、キラーT細胞が感染細胞ごと殺すのです。健常者の2割ほどに従来型コロナに対するヘルパーT細胞があるという海外の報告もあります。

この冬のインフルエンザは?

── 今年はインフルエンザと新型コロナの同時流行が懸念されている一方、ウイルス間干渉という現象により、新型コロナが流行している間はインフルの流行は抑えられるという説もあります。どうお考えですか?

細胞がウイルスに感染すると、1型インターフェロンというサイトカイン(生理活性物質)が作られます。この1型インターフェロンが他のウイルスの増殖を抑えるというのが、ウイルス間干渉の簡単な説明です。

ところが、新型コロナは1型インターフェロンの産生を抑えるという特徴があります。新型コロナで症状が出にくいのも、この特徴によるもの。1型インターフェロンは、ウイルスの働きを抑えると同時に、体内で別の炎症性サイトカインの産生を促し、ウイルスに抵抗するために発熱、咳、鼻詰まりといった炎症症状を起こします。

新型コロナは1型インターフェロンの産生を抑えるので症状が出にくいのです。

新型コロナ感染症の重症化メカニズム
新型コロナ感染症の重症化メカニズム。/通常のウイルス(図左)は侵入後に1型インターフェロンが生じ、ウイルス増殖を抑えると同時に炎症性サイトカインが出て、獲得免疫が活性化される。新型コロナ(図右)では1型インターフェロンができず、ウイルスが増殖。炎症性サイトカインが過剰に放出されるサイトカイン・ストームで重症化が進む。

── ウイルス間干渉を起こす1型インターフェロンが出ないと、インフルとの同時感染が心配です。

その可能性は否定できませんが、実際は南半球でも北半球でも新型コロナが流行してから、インフル患者は激減しています。新型コロナとインフルエンザは、感染経路がほぼ同じです。コロナ対策を徹底した結果、インフルの流行は抑えられると私は考えます。

サイトカインの暴走で重症化が起こり得る。

── 新型コロナは約8割が無症状で治る一方、重症化する方もいます。どうやって重症化するのでしょう。

前述のように、新型コロナでは1型インターフェロンの生成が抑えられるため、次の段階である炎症性サイトカインの産生も抑えられます。

しかし、ウイルス感染を探知するシステムは他にもあり、増殖したウイルスの存在が刺激となり、通常の数倍の炎症性サイトカインが作られます。それが免疫細胞を異常に活性化し、次々と炎症性サイトカインが作られます。これが“サイトカイン・ストーム”と呼ばれる現象です。

サイトカイン・ストームが生じると、血液の固まりの血栓が生じやすくなり、肺で詰まると肺血栓を起こします。またサイトカインを作り続けた免疫細胞が燃え尽き症候群に陥って疲弊すると、免疫細胞の数も減り、全身の免疫力がダウン。多臓器不全で重症化するのです。

── さらなる感染拡大防止には、やはりPCR検査態勢の拡充が急務なのでしょうか?

PCR検査の拡充も大事ですが、より大事なのは抗原検査の拡充です。

PCR検査では、ウイルスに含まれている遺伝子を増幅してその有無を調べますが、抗原検査ではウイルスそのものの有無を調べます。PCR検査の方が感度は高く、抗原検査の感度は低いのですが、抗原検査は感度が低いゆえ、ウイルスを大量に排出して他人に感染を広げるスプレッダーが選択的に見つけられます。

感染して約5日間はPCR検査でも抗原検査でも陽性者は見つけにくい。抗原検査は1回2000〜3,000円と費用が安く、結果も最短2時間ほどでわかるので、何度も繰り返し検査できます。諸外国との往来を再開するなら、抗原検査の拡充が求められると思います。

取材・文/井上健二 イラストレーション/阿部伸二

初出『Tarzan』No.799・2020年11月5日発売

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