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蓑虫に似た怪しげな男に「地方」を学ぶ|世界スポーツ見聞録 vol.25

錦織圭も在籍していた最高峰のスポーツ教育機関「IMGアカデミー」。2019年末までアジアトップを務めた田丸尚稔氏が語る、蓑虫山人なる人物について。

立派な人物でもなければ、有名でもない。

蓑虫山人(みのむしさんじん)を知っているだろうか? おそらくほとんどの方が初めて目にする名前だろうと思う。私も最近知人から教えてもらうまでは、全く馴染みがなかった。

2020年10月に『蓑虫放浪』(国書刊行会)という書籍が刊行されたのだが「蓑虫山人は偉人ではない。立派な人物でもなければ有名でもない。大きな夢を持ってはいたが、それを成し遂げたわけでもない」というから、伝記シリーズに名を連ねることもなく、一般的には知りようがないと言ってもいい人物だろう。

さらに本の中では「ホラ吹き」だの「胡散臭い」だの「変人」だの(実は著者の愛情が込められた表現だと思うのだけれど)言われたい放題で、むしろ蓑虫山人という人物に大いに関心を持ってしまった。

蓑虫山人の絵から、当世をみる。

蓑虫山人は、本名を土岐源吾という。生きた時代は幕末から明治期で絵師として日本全国、あちらこちらと放浪し続けた。

青森県つがる市の亀ヶ岡石器時代遺跡で見つかった遮光器土偶(“土偶といえば”と多くが想像するタイプのもので、たとえばゲーム『ドラゴンクエストⅣ』から登場した敵キャラクター「どぐうせんし」と言えばわかるだろうか?)は蓑虫山人による発掘だと言われていたりする。

蓑虫山人は放浪中、笈(おい)と呼ばれる折りたたみ式の小屋のようなものを背負っていた。その姿が蓑虫のように見えるから「蓑虫山人」というわけだ。

今で言えば、一人用のテントなどキャンプ道具を背負っていることになると思うのだが、彼が100年以上も前に時代を先取りしていたと言うべきか、現代人がかつての行動様式に戻ったと言うべきかはともかく、似たスタイルが異なる2つの時代に見られることにとても興味が惹かれる。

それは格好だけではなく、特に今年はコロナ禍で働き方や住む場所の考え方が問われるようになって、ワーケーションノマドワーカーモバイルハウスや月額制で全国に散らばる多拠点に住めるシェアリングサービスなど「地方」や「移動」がキーワードになる今、社会の在り方の変容を考える時に蓑虫山人を追ったルポから少なからず学ぶことがあると思った。「ホラ吹き」で「胡散臭い」「変人」が私たちの先生になる、のである。

蓑虫山人が描いた一枚の「宴会」の絵がある(冒頭の写真参照)。テーブルの真ん中には豪華な鯛が乗り、本人は白い大きな頭布を被ってひとり立ち上がり、おどけているように見える。

注目したいのは、参加者一人ひとりの名前が添えられていることだ。「蓑虫は宴会という楽しい場を共有し、仲良くなるために参加者全員の名前を記した絵を描き、皆に見せる」。いわく「蓑虫が実はかなりの策略家だった」というのだ。

全国を巡り、馴染みのない土地で、名もない人物が受け入れられるには、相応のやり方が必要だったのは想像に難くない。土地ごとに風土が違うだろうし、絵の中にそれぞれの名を入れたように、接する人が異なれば向き合い方はとても個別的だったのだろう。

蓑虫山人からスポーツを考える。

スポーツのことを考える時、「地方」というキーワードは今後ますます重要になる時代だろうと思う。新しいスタジアムの建設やそれに纏わるプロチームは地域とは切っても切り離せないだろうし、声高に叫ばれる学校スポーツが抱える課題解決には周辺のスポーツ施設など地域コミュニティを巻き込んだ検討が必要になる。

そもそも「地方」と一括りにすることは乱暴で、中央と地方という二元的なものではなく、気候や地理的な状況も異なり、さらにはそこにいる個別的な人々と向き合うことが大事だ。

一方で海外の事情を見る時、「欧米では」などと一括りにするのもよろしくない。欧州と米国では地理的にも文化的にも異なることが多いし、米国だけに目を向けても州が違えば法律が異なることもあるし、慣習も違う。

言うまでもなく、そこには性格もバックグラウンドも多様な個人がいる。私が海外から日本に持ち込もうとしているスポーツ教育の仕組みは、米国すべてを代表するものではないし、一方、日本に導入するといっても、地域やあるいは運用する人が異なれば、導入の仕方も変わってくることを日々実感しているところだ。

蓑虫山人が策略家であることを“計算高い”とネガティブに捉えられることもあるだろう。いわゆる仙人のような奇抜な格好も、人の興味を引きつけるためにわざとやっていたというから「良い話」とは感じられない。しかし、彼が愛され、人々に受け入れられたのは間違いない。

では、その策略がポジティブに作用する理由は何なのかと考えてみると、彼自身の持つ“茶目っ気”なのだろうと思い至る。描き残した絵を見れば、そこに描かれる人々もさることながら、モノに至ってもやさしさ温かさのようなものが溢れていて、蓑虫山人の人柄が伝わってくる。

地方で何かを変革するには、俯瞰した策略は必要だ。しかし、対象を一般化し過ぎないこと。そこには一人ひとりの営みがあり、自分も一人の人間として接すること。そんなことを、偉人とは呼べない蓑虫のような怪しげな格好をした男から学んだ。

田丸尚稔(たまる・なおとし)

1975年、福島県生まれ。出版社でスポーツ誌等の編集職を経て渡米。フロリダ州立大学にてスポーツマネジメント修士課程を修了し、IMGアカデミーのアジア地区代表を務めた。筑波大学大学院在籍(スポーツウエルネス学・博士後期課程)。

文/田丸尚稔

初出『Tarzan』No.799・2020年11月5日発売

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