イミダゾールジペプチドで高強度運動の筋肉疲労を予防。
コウヒロウ先生(以下、コ) おや、ご近所のジムのインストラクター、Bさんじゃないですか。あなたがお疲れだなんて、一体どうしたんです?
患者 今、時間があるのでカラダを絞ろうと思って追い込んでトレーニングをしているんですが、疲れが溜まる一方で。追い込んだ後のトレーニングのパフォーマンスがいまいち上がらないんです。筋肉痛も以前よりひどくなったような。
コ ふーむ。いわゆるオーバートレーニングというやつでは?
患者 きちんと休養も取っているんですけど。
コ Bさんのように人より運動する機会が多い人の抗疲労に、最近、耳寄りな話がありますよ。
患者 えっ、何ですか?
コ イミダゾールジペプチドって知ってますか?
用語解説[イミダゾールジペプチド]
食事から摂取しなければならない必須アミノ酸であるヒスチジン、あるいは1―メチルヒスチジンとβ―アラニンのふたつのアミノ酸が結合したペプチドのことで、カルノシンやアンセリンの総称。ヒスチジンを構成している化学構造をイミダゾール基と呼ぶことから、この名がついた。カルノシンとアンセリンは、どちらもほとんど同じ化学構造を持ち、その働きも同様と考えられている。動物の体内で作られるペプチドであり、ヒトの筋肉にはカルノシンが多く、鶏やウサギなどにはアンセリンが多い。
患者 イミダゾージビャプチ…??
コ イミダゾール、ジ・ぺ・プ・チ・ドです。ペプチドはアミノ酸が2個以上繫がった物質のことです。イミダゾールジペプチドはβ-アラニンとヒスチジンというふたつのアミノ酸によって構成されています。
患者 ジピュプチ、ジピャプチ…。
コ もう、イミダでいいです。
患者 そのイミダと抗疲労には関係があるんですか?
コ イミダと呼ばれるペプチドには2種類あって、ひとつはアンセリン、もうひとつはカルノシンといいます。ふたつとも動物の筋肉や脳に存在しています。アンセリンは1900年、カルノシンは1929年に動物の筋肉から発見されたんですよ。
患者 そんな昔にですか。
コ ヒトのカラダにあるのはカルノシンです。筋肉中にその量が多いほど寿命が長いといわれています。でもカルノシンが生体内で何のために存在しているのか、まだよく分かっていないんです。
患者 なーんだ。
コ ところが、です! 運動に関していえばすごい役割を果たしていることが分かっているんですよ。
患者 ええっ、すごい役割!? 先生じらしちゃイヤ〜ん!
運動効率をアップする鶏肉のイミダペプチド。
コ まあまあ。まず、下のグラフを見てください。鶏肉由来のカルノシンとアンセリンの含有ドリンクを飲んだ後、運動パフォーマンスを測定すると、飲んでいない場合に比べてパフォーマンスが上がったという実験データがあります。
用語解説[カルノシンとアンセリンの含有ドリンク]
日本でいち早く、食肉中のイミダゾールジペプチドの研究に着手したのは日本ハム中央研究所。
「もともとスポーツ科学の分野では、筋肉中のカルノシンが多い人は運動パフォーマンスが高いという論文が知られていました。それではカルノシンやアンセリンを摂取したらどうなるのか? ということから研究が始まりました。カルノシンとアンセリンの含有ドリンクを運動の30分前に飲むとパフォーマンスが向上するという実験データも出ています。アスリートの方にも飲んでいただいていますが、前日の練習による疲労が軽減されてトレーニングの質が上がるという声もいただいています。また事前に飲むことで筋肉痛が抑えられるという研究結果も出ています」(日本ハム中央研究所・佐藤三佳子さん)
患者 おおっ、スゴいですね!
コ それだけではありません。同じ強度の運動をしても筋肉痛が軽減されるということも分かっているんです。
患者 おおー! グレイト!! でもなんでまた鶏肉?
コ ヒトのカラダにはカルノシンしか存在しませんが、鶏肉はアンセリンがカルノシンに比べて多く含まれています。渡り鳥が数千kmの距離を飛び続けられるのは、これらイミダゾールジペプチドが翼の付け根の胸肉に豊富なおかげだといわれているんですよ。
高強度運動をすると筋肉が酸性に傾く。
患者 鶏、飛びませんけど…。
コ ちょっとは飛びます。実際、アンセリンも胸肉に豊富です。
患者 じゃ、鶏の胸肉を食べると抗疲労に役立つんですか?
コ その通り。鶏だけでなく、長い距離を泳ぎ続ける回遊魚のマグロやカツオにも同じくアンセリンが豊富に含まれています。
患者 うぉ〜、そういえば鶏の胸肉とマグロの刺し身、しばらく食ってねー! でも先生、イミダが疲労を予防するメカニズムは分かっているんですか?
コ いい質問ですね。一部の研究では、筋肉痛緩和は抗酸化作用によるものとされています。ともあれ、アンセリンとカルノシンの役割で今のところはっきり分かっているのは、抗酸化作用と緩衝作用のふたつです。
患者 抗酸化作用は何となく分かりますが、カンショー作用ってなんですか?
コ ヒトの体内環境は、pHでいうと、7.0くらいの中性に保たれています。生体活動がうまくいくように、それがどちらかの方向に大きく傾かないようになっています。これを緩衝作用というんです。
患者 あっ、それって筋肉の中に乳酸が溜まって酸性に傾くと、筋収縮しづらくなるって話ですか?
コ その通りです。さすが、インストラクター! カラダが酸性に傾くと筋収縮にとっていいことはないんです。死体はカチカチで筋収縮しないでしょ。あれは、完全に酸性になっているから。
用語解説[カラダが酸性に傾く]
筋肉のpHが大きく低下してカラダが酸性に傾くと、骨格筋の収縮ができなくなることが分かっている。
「筋肉の収縮はカルシウムイオンが筋肉を取り巻く筋小胞体に出入りすることで起こります。pHが低下するとそのカルシウムの出入りが妨げられてしまうのです。また、筋肉を構成する横紋筋はアクチンとミオシンというタンパク質で構成されています。筋肉のpHの低下はそのアクチンとミオシンのクロスブリッジ自体が阻害されることが分かっています。つまり筋収縮にとってはプラスの方向には働かないのです」(国立スポーツ科学センター・鈴木康弘さん)
患者 その話、コワいです…先生。
コ まあ、そういうわけでカラダにはもともと緩衝作用が備わっているんです。
イミダペプチドが酸性の状態を中和。
患者 で、アンセリンとカルノシンはどう関わってくるんですか?
コ 高強度運動をすると、筋肉中に水素イオンが増えます。水素イオン濃度が高くなるほどpHは低くなってカラダは酸性に傾きます。
患者 ベンチプレスでもう腕上がんないって状態ですね。
コ そうですそうです。さすがインストラクター、たとえに臨場感がありますね。今考えられているのは、カルノシンとアンセリンが筋肉中で水素イオンをくっつけるのではないか、ということです。
患者 くっつけて、中性にする?
コ ご名答。運動中は筋肉内でカルノシンやアンセリンが緩衝剤となって、筋肉内の環境を中性に引き戻す。そして、運動後は水素イオンを血液中に解き放つと考えられます。
用語解説[運動後は水素イオンを血液中に解き放つ]
「運動をすると、血中の重炭酸イオンは一時的に減ります。ということは、筋肉から水素イオンが血中に出てきていると考えられます。筋肉内のアンセリンやカルノシンの方が水素イオンと結合するスピードが速い。ですが、運動後のあるところで血液中にどんどん解き放っていくのではないか、と私は考えています」(鈴木さん)
ちなみに、鈴木さんの研究ではスプリントトレーニングでカルノシンが増えるという。
「30秒間の全力ペダリング運動を数回繰り返すトレーニングを週に2回、8週間行うと、カルノシンが増えたという実験データがあります。もともと速筋が多い人の方がカルノシンが増えやすい傾向があるように思います」
患者 でも今度は血液が酸性に傾いちゃいませんか?
コ 血液中では重炭酸イオンが緩衝剤になって水素イオンを引き受けて、水と二酸化炭素に変換して排出するから大丈夫なんですよ。重炭酸は、いわゆる重曹ですね。
患者 あの掃除に使う白い粉ですか!?うぅ知らなかった。今度からトレーニング前に重曹飲も。
コ ですから、Bさんのような高強度の運動をする場合は、あらかじめアンセリンやカルノシンを補給しておくと、疲労の予防に効果的なんです。
患者 なるほど! よく分かりました。帰りはフライドチキン店と回転寿司でテイクアウトだ!!
コ あっ、でも、食べ過ぎは太るので気をつけてくださいよー!