競歩選手・岡田久美子がオリンピック延期で想うこと
競歩という過酷な競技で日本選手権6連覇中の28歳の彼女は、過去の反省に基づいて体力と技術を着実に磨き続けている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.788〈2020年5月28日発売号〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴
初出『Tarzan』No.788・2020年5月28日発売
東京オリンピック、陸上女子20km競歩の日本代表選手が岡田久美子である。今回の取材で彼女に会ったのは3月24日。桜が満開で、風の強い日だった。
午前中に撮影をした時点で、オリンピックが予定通り今年7月に開催されるか否か大いに話題になっており、取材を終えたその日の夜に、来年への延期が決まった。岡田にとってこの決定がどのように響いてくるのか、聞き取りをしたので後述したい。
競歩は、陸上の中で最も過酷な競技。
ところで、競歩である。陸上の中で最も過酷な競技といわれていて、世界的な大会で約1割の選手が途中棄権する。中継などを見ていると、突然、歩みを止めて道の端にへたり込んでしまう選手が何人も出る。他の競技では、まず考えられないことだ。
しかも競歩の審判は厳しく、反則を犯すとペナルティが与えられ、最悪、失格という場合も少なくない。昨年カタールのドーハで開催された世界陸上を振り返り、岡田が競歩の過酷さを語ってくれた。
「あのときは、非常に暑い中でのレースになって、不安と期待が半分半分ぐらいの気持ちでスタートしました。自然条件だけでなく、先頭の方で歩いているとジャッジもより厳しくなります。実際、先頭集団の1人が失格になって私は6位に入賞できたのですが、私自身も反則を取られました。
もう、とにかく暑かったので給水所で水をかぶったり、飲んだり、氷をもらったりと忙しかった。そんな最中にフォームが乱れて警告を受けてしまったんです。真夏の東京オリンピックでは競歩が札幌で行われるのですが、札幌も酷暑になるでしょうからカタールでの経験が生きてくると考えています」
岡田が競歩に出合ったのは高校生のときだ。以来、彼女はこの過酷な競技で闘い続けてきた。いや、競技ばかりではなく自分自身との壮絶な闘いの日々でもあった。
体重が増えると落ち込み、食べるのが怖くなった。
シドニー・オリンピックで走る高橋尚子さんを見て、小学校で陸上を始めた。中学で全国大会に出場した彼女は高校駅伝出場を目指して熊谷女子高校に進学。だが、この学校が強いのは駅伝だけではなかった。
「長距離の部員全員が最初にやるのは100mダッシュ。といっても、走るのではなく歩くんです。競歩の才能がある選手を見つけるためです。私は歩いたら速かったのと、ルールに則った歩きができていたということで、いきなり“世界を目指せるぞ”って言われて。半信半疑だったけど、先輩たちが実際に結果を残しているので、自分もそうなれるかもと思って競歩を始めたんです」
競歩では反則が2つある。ひとつは“ロス・オブ・コンタクト”。常に左右どちらかの足が地面についていないといけない。もうひとつが“ベント・ニー”。着地した足がカラダの真下に来るまで膝を曲げてはいけない。
この2つのうち、克服が難しいのはベント・ニーで、どれだけ練習してもモノにできない人がいる。それを、岡田は最初の100mでやすやすとやってのけたのである。
しかし、ここからが厳しい日々の始まりだった。競歩にせよマラソンにせよ、長距離の陸上競技は体重が軽い方が基本的に有利である。着地するごとに、体重の何倍もの重さが脚にかかるからだ。もちろん、岡田も体重にこだわった。いや、必要以上にこだわりすぎてしまった。
「食べることが怖かったんです。いま思うとバカな話なんですが、食べると食べた分は体重が増えるじゃないですか。それに対してひどく落ち込んでしまう。夕飯までに体重を落とさないとダメだと自分を責めて…。一日に何度も体重計に乗って、そのたびに気持ちが乱れる。肉体的にもよくなかったですが、精神的にも普通ではなかったですね」
高校2年生のときから卒業するまで、こんな生活を続けてしまう。現代のアスリートなら栄養摂取の大切さは十分に理解しているはずだ。タンパク質が足りなければ筋肉が作れないし、カルシウムが少なければ骨を丈夫にできない。
もちろん、岡田もわかっていた。ただ、カラダに無理がかかる食事制限は自分にとって正しいと一方で考えていた。なぜなら、インターハイの3,000m競歩で連覇を果たし、世界ジュニア選手権でも8位に入賞したからだ。切り詰めた食生活と厳しい練習で、十二分の結果が出てしまっていた。
「このままオリンピックまで行けるって思っていました。でも、やっぱり続きませんでした。かなりの貧血で、高校時代は月経が一度も来なかった。誰が考えても、これって異常ですよね。それに、カラダの節々がずっと痛かったりする。栄養が足りなかったので、カラダを修復しきれなかったんでしょうね」
ガタガタのカラダのまま、高校時代の栄光を引っ提げて、岡田は立教大学へと進学する。そして、ここで陸上競技部の長距離総監督、原田昭夫氏と出会うのである。監督は繰り返し声をかけた。
「“君は将来活躍する選手だから、大学の4年間はしっかりカラダを作ってほしい”と、事あるごとに言われました。それで安心できた部分がありましたね。高校も大学も実家から通っていて、母の作ったごはんを高校時代はこっそり減らして食べていたんですが、しっかり残さないで食べることができるようになった。それでビックリしたのは、気持ちが明るくなったんです。
高校では暗いというと大げさかもしれないけど、覇気がなかったり、内向的だったりした。大学でちゃんと食事を摂るようにしてからは、もう元気で元気で。練習のやる気もどんどん出てきた。食べる大切さがわかって、原田先生にとても感謝しています」
この経験を生かし、今では後輩の選手にアドバイスすることもある。やはり、体重を気にする長距離選手は多いのだ。「積極的に話しかけますね。お節介かもしれません」と岡田は笑うが、それは若い女子選手にとって貴重なアドバイスになるだろう。彼女自身も現在はしっかり食べながら自己管理している。
「体組成計に毎朝乗っています。私専用に調整してもらったものですが、筋肉の質をたとえば右腕、左腕というように、部位ごとに点数化してくれるんです。体重だけではわからない自分のカラダの状態が把握できるので、朝1度の計測で安心していられます。前みたいに1日5回体重計に乗るなんてことはしていません(笑)。考えてみれば、短期的な結果に一喜一憂するのではなく、長期的な視野で物事を見ることを覚えられたのも、大きいですね」
オリンピックが決まって今はホッとしている。
さて現在、岡田は日々どのような練習を行っているのだろう。
「競歩の練習は基本的に、マラソンとか他の長距離の選手と大きくは変わりません。たとえば400~1,000mぐらいの距離で、短いインターバルを反復します。全部で10~20本ぐらい。400mならほぼ全力、1,000mなら80%ぐらいの速度で、2分の休みを挟んで繰り返し歩く。
また、ロングの練習というのもあって、20~25kmを定期的に歩きます。1km5分ぐらいのスピードで、週に2回ほどのペースで歩きます。それから、ビルドアップ(徐々にペースを上げる練習)だったり、変化歩(スピードをいろいろ変えて、心拍数を上げ下げする練習)もします。マラソンでは“変化走”ですが、競歩では変化歩なんですよ(笑)」
さらに週2回の筋力トレーニングを行う。といっても、筋肥大しすぎると体重まで増加するので、それを考慮して行う。軽めのバーベルシャフトをかついでスクワットを行うほか、クリーンなど多くの種目にしっかり取り組み、約3時間かけて全身を強化する。
さらに、これが一番重要なことに違いないが、歩きの精度を上げる工夫と技術の習得がある。
「今、課題にしているのが、骨盤と肩甲骨の連動です。といっても、みなさんが考えるような、カラダをひねる動作ではないんです。片側の骨盤を上げて脚を前に出すときに、同じ側の肩甲骨を下げる。横ではなく縦の動きに注目しています。これを今以上に強く、速くできるようになればピッチも上がるし、ストライドも伸びる。スピードアップに繫がってくると考えているんです」
取材当日の晩、新型コロナウイルスの影響で、オリンピックは来年に延期が決まった。岡田はそれに対し心の準備をしていた。彼女の代表権は確保されるようだが…。
「3月からロープを使う新しいトレーニングをやり始めたり、フリーウェイトのバリエーションを増やしたりして、カラダ作りを一生懸命やっています。それと同時に、歩く練習のボリュームも増やしているところです。
今夏のオリンピックに合わせてピークを作ろうと思っていましたから、たとえば秋の開催ということになったら、調整がすごく大変でしょうね。ただ、来夏であれば1年の猶予があるので、もう一度プランを組み直すことができるし、今年より来年は歩きの技術や体力を上げていけると思う。
オリンピックはリオデジャネイロで経験していて、あのときは初めてなので舞い上がってしまいましたが、今度は2度目なのでしっかり挑戦する気持ちでメダルを目指したいです。1年かけて練習を確実に積み上げていけば、メダルに近づけると思います」