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「一輪車を五輪競技にしたい。そのために世界一になる」一輪車競技選手・阿部雄人

スキーのトレーニングとして始めた一輪車で才能が大きく開花した。苛酷な練習を積んで今年、世界一の称号を手に入れようとしている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.781より全文掲載)

国際一輪車選手権には、何千人もの観客が集う。

一輪車が競技スポーツだということをご存じだろうか。『UNICON(国際一輪車選手権)』という世界大会が2年に一度開催され、2018年の韓国大会までに19回を数えた。過去の大会では約40か国が出場、1,300人ほどが参加している。

行われる競技は、トラックレース、フリースタイル競技などに分かれるが、阿部雄人は18回大会でトラックの17~18歳部門の総合3位に入り、19回大会で全選手対象の400mリレーで金メダルに輝いた。大会はどんな雰囲気なのだろう。

一輪車競技選手・阿部雄人

「国内・海外でさまざまな大会がありますが、日本ではまだマイナーな競技なので観客が少ないです。まぁ、出場選手の家族とか友達が足を運ぶぐらい。それが、UNICONとなると違います。一輪車の競技観戦を楽しむために、何千人ものお客さんが集まってくるんです。そういうなかで競技をすると緊張感もありますし、一層がんばろうという気持ちになります。もちろん国内の大会でもがんばるんですけどね」

阿部が取り組んでいる種目が面白いので列記しておこう。まずは100mと400m、10km。これらは普通にペダルを漕いで速さを競う。3つの種目で勝利するには、瞬発力と持久力を兼ね備えていなくてはならない。

また、片足50mという種目がある。片側の足だけでペダルを漕いで走る競技だ。タイヤ乗り30mという種目もある。サドルの前方でタイヤの上に足を乗せ、前にタイヤを蹴って走る。

さらに、障害物をよけながら走るIUFスラローム。小回りの多いコースを走り、観客も一輪車の魅力を堪能できる種目だ。これらの競技のポイントを合計して総合順位が決められる。

一輪車競技選手・阿部雄人

「100m、片足50m、IUFスラロームでは過去に優勝経験があります。ぼくはタイヤ乗り30mが苦手で、これをどうにかしないとUNICONの総合優勝は難しい。12秒ぐらいかかってしまうのですが、速い選手は8秒とかです。苦手種目をなくすことが非常に重要なことだと考え、課題に取り組んでいます」

スキー競技の練習として一輪車に乗り始めた。

山形県酒田市の出身。かの地はアルペンスキーが盛んな場所で、阿部も小学校2年生の時からアルペンスキーを行っている。そして、夏の練習として出合ったのが一輪車でのトレーニングだった。

一輪車競技選手・阿部雄人

「スキーのコーチが“一輪車は体幹を鍛えることができるからやるぞ。体育館に来い”と言うんです。で、ホームセンターなどで売ってるようなピンクの一輪車を渡されて“これ、1週間で乗れるようにしてこい”って。3日で乗れるようになりました。普通なかなか乗れないようだけど、一輪車が合っていたんですね」

スキーのトレーニングに一輪車を用いることは、日本ではかなり珍しいが、海外ではよくあることのようだ。不安定な車輪とサドルの上で、体勢を保ちながら運動することは、スキーで自らのカラダをコントロールする技術に応用できそうだ。

一輪車をすぐ乗りこなした阿部だが、小学校3年生の時に一輪車の全日本大会に出て大変なショックを受ける。他のどの選手よりも遅いのである。思えば当然だった。多くの出場者は幼稚園から一輪車の練習に励んでいる。始めて1年になるかならないかで勝てるはずがない。

「一輪車では前傾姿勢が重要なんです。いかにカラダを倒すか、それによって初速が変わる。当時は、何度やっても前傾すると倒れてしまう。転倒の恐怖もありました。なんとかできないかと考えて、家のまわりが山ばかりだから、坂を上れば前傾を保ったまま進めるんじゃないかと思ったんですね。

やってみたら、うまくできるようになれたし、脚力がつくオマケまでありました」

手探りで支えてくれた父親の存在。

いわゆるロードでのヒルクライムだが、この練習は今でも阿部以外の選手は、ほとんどやっていないという。もちろん楽ではなかった。坂はキツイし、協力してくれた父・義紀さんの指導も熱かった。

一輪車競技選手・阿部雄人

「父に強くなりたいと言ったら、協力してくれるようになったんです。でも、それが凄すぎて(笑)。毎日、3本とか4本の上り。20分ぐらいかかる坂なんですが、今日は19分でとか、今日は18分とか言われて、後ろから車で伴走してくれて、毎日泣きながら上ってました。

父は一輪車のことをまったく知らなかったのに、まわりの人たちに聞きまくって自分でも考えて、効果的な練習方法を探求してくれた。おかげで4年生の全日本では、100m、片足50m、400m、10kmの4冠を取れました」

父は厳しい練習を課し、叱咤激励するだけではなかった。なんと阿部の使っている一輪車のホイールは、父の手作りなのである。

「ロードバイクのエアロスポークを使っています。平べったいスポークで、時速18km以上になると回転が上がってくるといわれています。父がトップを取るために工夫してくれたんですね。もちろん、一輪車のホイール専門メーカーから市販されていますが、自分は父が作ってくれたのが一番しっくりくるんです」

父から恩師へと繋がれたバトン。

本来の目的だったアルペンスキーではなかなか結果が出せなかった。中学校ではほぼ記録なしである。しかし、見ている人は見ていた。日本大学山形高校の庄司優監督だ。

「中学時代の滑りをずっと見てくれていて、成績は残せなかったが技術はあるから高校スキー部でやらないかと誘ってくれたんです。しかも、スキーだけじゃなくて一輪車も続けていいと言ってくれたんです」

高校2年生の9月、友人からラインが届く。“今、一輪車で日本一周していて、もうすぐ山形通過。泊めて”と。自分も走りたくなった。ただ、夏休み明けである。庄司監督に相談した結果、学校に許可をもらって行くことになった。こうして阿部と友人の3週間にわたる、東北、北海道の一輪車旅が始まった。

「毎日100kmぐらい走りました。山形から秋田、青森の海沿いの道を行って、青森港からフェリーで函館に渡って小樽へ。さらに北上して最北端の稚内。そこから南下して札幌、苫小牧。フェリーで八戸に戻り、岩手から宮城。そして山形に戻りました。

10kg以上のザックを背負って一輪車を漕いだのは初めてでしたが、そうとう力を入れないと進まない。股擦れもできましたが、根性もつきましたね。“もう怖いものは何もない、何でもできるんだ”って思えるようになった。ちなみに、一緒に走った友達は大会で活躍するより、冒険なのかなぁ。現在も一輪車で世界一周しています」

強靱なメンタルを手に入れた阿部だが、高校時代の3年間、スキーの成績は国体で128番から20番だった。そんな彼に東洋大学から推薦の話が舞い込む。しかも、一輪車の競技活動も続けてOK。

「阿部クンは一輪車の人だから」とスキー部の仲間にからかわれながら、世界と戦える力をつけていった。スキーではなく一輪車で…。

一輪車をもっと多くの人に知ってもらいたい。

現在、阿部はウェイトトレーニングをほとんどやっていない。それには、高校の時の反省があるからだ。当時の彼は、脚力をつけるためには下半身の筋トレが必要と考えていた。そして少々、強化しすぎた。

「太腿が太くなるということは、重くなるということです。ペダルを速く回転させることが難しくなる。一輪車にはギアがありませんから、回転数=スピードなんです。

また一輪車に乗るときは、爪先をやや内側に向けて、股を閉めることが大切です。太腿が太くなるとガニ股になって、ペダルに力を伝えにくくなるんです。さらに、重心が左右にブレやすくなり、一輪車も左右に傾いてしまう。するとタイヤの接地面積が大きくなってブレーキがかかってしまうし、安定感が下がって一輪車がまっすぐ速く進んでくれないんですよ」

適度な負荷をかける。これが重要とわかり筋トレを控えた。だからといって日々の練習は甘くない。ある日のメニューを挙げてみよう。朝5時、5kmのヒルクライムからスタート。終わったら、インターバルトレーニング400mを10本。50m、100m、400mのタイム計測、最後に100mの技術練習。スタートをよくしたり、後半にスピードが落ちないようにすることが目的だ。これをこなすと、実際ほぼ一日ずっと一輪車に乗っていることになる。

いかがだろう。毎日、これだけの練習をするのがどれほどキツイか理解してもらえただろうか。マイナー競技とここまで真剣に、そしてひたむきに向き合う阿部。それには、もちろん確固たる理由がある。

一輪車競技選手・阿部雄人
阿部雄人(あべ・ゆうと)/1998年生まれ。165cm、60kg、体脂肪率12%。小学校2年から一輪車を始める。小学校4年生で全日本一輪車競技大会の4種目で優勝(小学校3~4年のカテゴリー)。2016年のUNICON(国際一輪車選手権)の17~18歳部門の100m、片足50m、IUFスラロームで優勝。18年には全選手対象の400mリレーで優勝を果たす。

「今年、フランスでUNICONが開催されるんです。そこで、全選手を対象にした部門の総合優勝を、一番の目標にしています。前回の韓国大会での目標も優勝だったのですが、膝をケガして達成できませんでした。だから、競技生活の集大成という気持ちで挑みたいと思います。

もし、世界一になれば、日本でも一輪車のことを、もっと多くの人に知ってもらうことができると思うし、今後は一輪車教室などでさらに積極的に指導していこうと考えています。

まずは、地元・山形での競技人口を増やして、いずれは全国に広めていきたいですね。それから、スケートボードがオリンピック種目になったように、一輪車もなれたらいいですよね。難しいことだとは思うんですけど、でも、もしそうなったら、オリンピックまで現役続行するかもしれません(笑)」

取材・文/鈴木一朗撮影/藤尾真琴

初出『Tarzan』No.781・2020年2月13日発売

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