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“スリップインするだけ™”じゃない!《スケッチャーズ スリップ・インズ》快適学。
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錦織圭も在籍していた最高峰のスポーツ教育機関「IMGアカデミー」。そのアジアトップを務める田丸尚稔氏がアメリカで実際に見た、聞いたスポーツの現場から、日本の未来を変えるヒント。
スポーツ留学を検討している中学生や高校生からよく聞かれる質問がある。競技を始めたのが最近で、遅すぎないか? 今までたくさん練習をしてきたわけではないから、後れをとっていないか?
幼い頃からスポーツを始め、それにどれだけ集中してたくさん取り組んできたかによって上達するという認識が前提になっているということだろう。確かに、この考え方に疑いの余地がないように感じるものの、米国の研究結果からは、そうとも言えない状況が見えてくる。
日米の中高生のスポーツ環境で大きく違う点の一つとして、米国の、いわゆる「シーズン制」が挙げられる。日本の部活動と考えると、一つのスポーツを選択して年間を通じて同じ競技を続けるのに対して、米国では季節によって取り組む競技が異なり(例えば夏は野球、秋はフットボール、冬はバスケットボール等、シーズンによって変わる)、複数のスポーツにまたがって参加する子供たちが少なくない。
シーズン制のメリットとしては、使う筋肉が違うことで身体のバランスを整えたり、スポーツの向き不向きを経験から判断できたりとさまざま指摘されているものの、しかし「うまくなりたい!」という、スポーツをやる子供たちがおそらくもっとも望んでいる成果が得られるか否か、が大事だろう。シーズン以外はどうしても競技に取り組む時間が限られるから、その分、上達が滞ってしまうのではないか、という懸念を抱くのはもっともではないだろうか。
シーズン制を基本としていた米国でも、近年は高校スポーツの商業化(テレビ放映があったり)の傾向が強まっていたり、若い頃から「結果=勝利」を求めるために、単一競技に絞り、専門的にスキルアップを目指すチームや選手などが増えてきているのも事実だ。
日本の部活動とはまた違った理屈ではあるが、若い年代で集中的に勝利を目指すことの是非も、議論が分かれるところではある。しかし、繰り返すが、身体的に、あるいは教育的に問題があるとしても、「うまくなりたい!」というモチベーションが子供自身にあるのだとすれば、競技を絞ってスポーツに取り組むことが果たして有効なことなのかどうかは冷静に検討したいところだ。
そこで、一つの参考として、2013年の『Sports Health』誌で発表された研究結果を見てみたい。テーマは「Sports Specialization in Young Athletes」。若年層のアスリートが一年を通じて一つの競技に特化し、それ以外のスポーツには取り組まずに集中的にトレーニングすることの弊害について、である。
結論を急ぐと、ある程度の集中は必要とは認めつつも、エリート選手になるために若い時代に競技を絞り、集中的なトレーニングをすることが有効であるというエビデンスはなかった、としている。それよりもむしろ、怪我をする割合を増やし、精神的なストレスが強まり、若くしてスポーツをやめる子供を出すという多くのリスクを高めていると結論づけている。
リサーチの一環で、米国のD-1(ディビジョン・ワン)というトップカテゴリーの大学で学ぶ376名の学生アスリート(米国では“エリート選手”になる)を対象にした調査によると、入学する前にも同じ競技だけに取り組んでいた生徒は17%に留まり、残りは複数のスポーツに取り組んでいた。さまざまな結果から、一つのスポーツだけに懸けることは、さまざまなリスクが高まる一方、メリットはないということになる。
そんなことを言いながら、私が所属しているIMGアカデミーでは生徒たちが一つの競技に絞って参加している。しかし、スキルアップのトレーニングは1日2〜2.5時間程度。それ以外はフィジカルやメンタル、ヴィジョンなどのトレーニングに励んだり、栄養学やリーダーシップを学んだり、総合的に成長できる環境が整っているし、クロストレーニングと呼ばれる他競技も取り入れた練習なども盛んだ。
週末にはさまざまな生徒が、それぞれのスポーツを他競技の生徒に教えていたり、あるいは巨大なプールやビーチバレーコートなど、プログラムには含まれないスポーツを楽しむ施設も充実している。多様であること。IMGアカデミーの強さの秘密はそこにあったりする。
もう一つ、キャンパスで働くスタッフたちの多様なバックグラウンドも興味深い。元プロ選手がマネジメント側に立っていたり、金融系出身のスタッフが生徒のカウンセリングを担当していたりする。また、「転職」は日本なら“長続きしない”など時にはネガティブに捉えられることもある。米国なら“さまざまな経験を積んでいる”と考える向きも強い。実際に、仕事は単純にジャンルを区切ることはできないし、別の分野だとしても、活かせることは多々あるのは事実だろう。
今ある職種が数年後は存在するかもあやうい時代には、一つに懸けるにはリスクが大きい。スポーツも仕事も、多様な経験が有効ということなのかもしれない。
田丸尚稔(たまる・なおとし)/1975年、福島県生まれ。出版社でスポーツ誌等の編集職を経て渡米。フロリダ州立大学教育学部にてスポーツマネジメント修士課程を修了。2015年からスポーツ教育機関、IMGアカデミーのフロリダ現地にてアジア・日本地区代表を務める。
文/田丸尚稔
初出『Tarzan』No.779・2020年1月4日発売