ヒトはなぜ走るのか。
ヒトは、歩けるようになれば誰でも走り出せる。彼、彼女は誰からも何も教わらないままに、本能のままに駆け出す。子供たちと鬼ごっこをするといい、マラソンのマの字も知らないだろう幼稚園児の瞬発力、特にそのフォームの美しさに舌を巻くはずだ。誰でもできるランニング、ゆえに世界中に走りにまつわる都市伝説、神話やら真実やらがあふれている。玉石混淆それぞれにおもしろい。
アカデミックな最新ヒットは「ヒトは180万年の間どうやって生き延びてきたか?」だろう。ハーバード大学人類進化学の権威、D・リーバーマン博士とユタ大学進化生物学教授D・ブランブル博士の仮説をもとに、C・マクドゥーガルが書いた傑作『ボーン・トゥ・ラン』では、われらが祖はチームを組んで獲物を「走って」追い、疲れ果てさせ倒したのだ、と。
弓矢の発明は2万年前、農業は2万3000年前、槍の穂先にしてもこの世に登場したのは20万年前である。ヒトの直接の祖といわれるホモ・エレクトゥスがあらわれたのが200万年前だから、飛び道具を扱えるようになるまでの180万年の間、ヒトは走り続けてきたことになる。獲物の肉だけでなく、石で骨を割り、栄養価の高い骨髄を得ることで体力も知力も他の動物に勝ることができた。
われらは「走って」180万年を生き延び、この世界の頂点に立っている。二足歩行動物の中でアキレス腱を持っているのはわれわれヒトだけ、そしてそのアキレス腱は「走る」と「背伸び」する以外にはなんの役にも立たない。
まったく異なるアイディアの靴。
最近のヒットふたつ目。靴で言えば、厚底シューズを当たり前にした〈ホカ オネオネ〉の登場を語らないわけにはいかない。
「走り」とは片足で斜め前に「跳ぶ」こと、その片足ジャンプを左右交互に繰り返すことだ。前傾(重力)と踏み込みの反力をアキレス腱(ほら出た)に蓄え、イッキに解放することでヒトは跳べる、アキレス腱があるから走り続けることができる。
さて、突き上げ、衝撃、反発力、返り…これらはすべて体重や踏み込んだときの大地からの反力のこと。鉄板や石畳は硬くて痛い、砂地は沈み込んで走りにくい、体験しているはずだ。この大地からの反力の調整がむずかしい。主に靴底がその役目をするのだけど、トップ選手にとってはちょうどいい推進エネルギーでも、初心者ランナーには痛いだけの衝撃かもしれない。衝撃を抑えると初心者は長くラクに走れるけれど、トップ選手たちには返りの物足りない靴、速く走れない靴と思われる。
これまでのシューズブランドはこの相反するテーマを靴底素材や構造の開発でしのぎを削ってきた。ラン靴に初心者用、サブ4を目ざすランナー向き、トップ選手用など、たくさんの種類があるのはそのせいだ。
ところがまったく異なるアイディアから靴を作り始めたのが〈ホカ オネオネ〉。創業者はトレイルラニングが大好きだ。そこで、長い山道をラクに走れる靴があったら、街の舗装路を健康のために走る人たちには快適なはずだ、喜ばれるに違いない、と。
丸みを帯びた〈ホカ オネオネ〉の靴底。
ホカ オネオネが登場したとき、誰もがその靴底の厚さ、そして手にしてその軽さにびっくりしたもの。これなら路面の突き上げを吸収してラクに走れそうだ、と思ったはず。間違いなくその通りなんだけど、その厚い靴底を真横から見た人は少ない。実は爪先と踵部分が大きく削られていて、そのまま靴底をなぞると大きな円を描けるくらい。
なぜ? この丸みを帯びた靴底がカラダを前へ前へと乗り込みやすくしてくれる。タイヤの回転を思っていただこうか、意識せずとも足の運びが効率よく、速くなってしまうのだ。走りに必要な前傾(重力)エネルギーを得やすくデザインされている。簡単に言えばホカ オネオネはアキレス腱に力が伝わる前から走りやすい。自然にカラダが前に出る。
さあ、そのホカ オネオネに記録を目ざすためのスピードシューズ《リンコン》が登場した。
メッシュ素材を採用した一枚仕立てのアッパーは通気性がよく、インソールも一体化され218g(27cm)と軽く、けれどクッション性は充分にして反発感を高めてある。
《リンコン》は「健康のために走る」を卒業して「記録を更新したい」ランナーが対象だ。陸上競技部の学生たち、本気でレースに取り組みたい社会人にふさわしい。お馴染みの言い方をすればサブ3.5を狙うランナーだろうか。
おっと《リンコン》は速いだけじゃない、ホカ オネオネ独特のソール形状と適切なクッション性が、足と脚の負担を少なくしてくれることをお忘れなく。