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「オリンピックでは自分の演技を見せたい」新体操・皆川夏穂がリボンの先に見据える未来

中学卒業後からずっと新体操の本場ロシアで生活した。世界の強豪と肩を並べるまでに成長した日本のトップ皆川夏穂は、自国・東京オリンピックで新体操初のメダルを狙う。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.768より全文掲載)

ルール変更にどう対応するのか。

頭から爪先までが、すっと伸びる。右腕がしなやかに肩の高さに上げられると、手に持ったスティックが、まるで指揮者のタクトのように動き始める。すると、それに応じるように、リボンが統一されたオーケストレーションの音色のように、美しくループを描き出す。

見ていた編集者とカメラマンは「うわっ、すげぇ」と、思わず声を上げる。彼女はその声にビクッとして、彼らの方を振り返って笑った。

練習後、ぜひにとお願いしてリボンに挑戦させてもらう。スティックをクルクル回すと、リボンは先の方にすぐに結び目ができて、こちらの意思に従うことはまったくない。

新体操選手の皆川夏穂
皆川夏穂(みながわ・かほ)/1997年生まれ。171cm、64kg、体脂肪率13%。4歳から新体操を始める。中学時代に全国中学校総合体育大会と全日本ジュニア選手権で2連覇を果たす。2013年、特別強化選手としてロシアへ派遣。15年、世界選手権で15位。16年、リオデジャネイロ・オリンピック予選敗退。17年、世界選手権のフープで銅メダルを獲得。

「最初は、みんなこうなっちゃうんです。難しくはないんですが慣れなんですよね」と、彼女はサラリと言う。いやいや、これは本当に難しい。

2017年、新体操の世界選手権。皆川夏穂は種目別決勝のフープで17.700の高得点をマークして、見事、銅メダルに輝いた。日本人としては1975年の平口美鶴以来の42年ぶりの快挙である。このニュースを耳にした人は多いだろう。

ところが、昨年の世界選手権では、決勝には残れたものの14位中12位という結果。予選ではリボンで18.100という高得点が出たし、決勝進出というのはこれまでの日本人選手なら上出来なのだが、彼女にはこの結果は満足できるものではなかった。

「去年は自分としては悔しい気持ちのほうが大きかったですね。ルールが新しくなって、それになかなか対応できなかった。海外の選手はすぐにそれに合わせていたのですが、私は精神的にも技術的にも追いつけていないで、まわりから遅れてしまったことを実感した大会でした」

新体操選手の皆川夏穂

そのルール変更とは、Dスコアの上限がなくなったことである。この得点は技の難度によって加算されるのだが、これまでは最高10点であった。それが、いくらでもプラスできるようになったのだ。

選手たちは、当然、これでもかと技を詰め込むようになる。すると、演技はよりアクロバティックになるのだが、これでは本来の芸術性を追求する新体操から離れていってしまうだろう。だが、今の現実はこのような状況なのだ。

そして、皆川はこれまで美しさを追求してきた。技と技の間の繫ぎの部分は彼女の真骨頂。表現力に溢れたその演技は、世界でもトップクラスであった。それだからこそ戸惑いも大きい。自分が目指した新体操とは違うものが求められ始めたのだ。

「スポーツは進化するので、ルールが新しくなっていくのは当たり前のことと思います。ただ、演技の美しさで、他の選手と戦えるというところまで来ていたので、そこで急に技を増やすってなったときに、萎縮してしまったし、戸惑いもあった。でも、技をたくさん入れながらも、美しさを残せたらって考えると、まだまだこれからって思えるんです」

ロシアでは基本が足りないと思った。

もともと、日本では敵なしの選手だった。それが証拠に、中学校卒業後に、ロシア派遣の話が日本体操協会から持ち込まれる。ロシアは新体操の本場で、これまで幾度となく世界女王を輩出してきている。そして、皆川はこの話を承諾するのである。中学を卒業したばかりの少女が親元を離れて、言葉もまったく通じない海外で生活することを決意したのだ。

「行きたいって即答でした。とにかくオリンピックに出たいという思いが強かったんです。だから、ずっと金メダルを獲り続けているロシアに行きたかった。もう一人同じクラブの選手が一緒だったので、あんまり寂しさという感じはなかったです」

モスクワ郊外の合宿所が、彼女が派遣された先だった。そこで待っていたのが、今でも母のように慕っているナディア・ボロドコバ・コーチだった。そして、到着して早々に、まず演技を見せることとなった。

新体操選手の皆川夏穂

「試合と同じぐらい緊張していました。でも、最初から丁寧に細かく教えてくださって。すごく親身になってくれるんだな、これなら続けていけそうだと安心もしましたね」

もちろん、日本とはまったく違っていた。自分がすでにできていると思っていたことを指摘される。基本のキから直されていく感じだった。

「日本だと1人の先生に何人かの選手がいるので、つきっきりで教えてもらうということがなかったんです。ところがロシアは、ほぼマン・ツー・マン。だから、いろんな点に気づいてもらえたんだと思います。たとえば、手具(新体操で使う道具類)を扱うときに絶対、肘を曲げてはダメとかですね。

実際、自分は伸ばしているつもりでいたけど、そうじゃないことも多かったということなんですよ。やっぱり、曲げたほうがやりやすいですから、それが出てしまっていた。まだまだ基本が足りていなかったって感じていました」

言葉の問題もある。皆川が日本で所属しているイオン新体操クラブは、ロシアのコーチを招聘していたので、当時から練習ではロシア語が飛び交っていた。とはいえ、住んだわけでもない。限界はある。最初はコミュニケーションもとれないし、身ぶり手ぶりでの意思疎通だった。

「ただ、練習の中での言葉はわりとすぐ覚えられました」と、皆川は笑う。必要に迫られた結果だろうし、若さというのはすばらしい吸収力を持っているものだ。また、練習の内容も日本とはガラリと変わった。

新体操選手の皆川夏穂

「日本では1日2種目の練習だったんですけど、ロシアでは4種目全部やります。慣れるのが大変でした。体力も集中力も必要ですから。最初は午前午後4時間ずつやっていました。基本的には決められた課題がクリアできたら終了です。今は3時間で終われるようになりましたね」

そして、何にも増して世界のトップの選手を間近に見ることができたのは大きなことだったろう。リオデジャネイロ・オリンピックの金メダリスト、マルガリータ・マムンをはじめ、有力選手が集まっていたのだ。

「本当にすぐそばにいるんです。そんな環境で練習できるだけでも恵まれているし、すべて吸収できるものだなと思っていました。マムンさんは、難しい技をやっているのだけど、曲に合わせた表現がすごい。見ているだけで楽しかったし、美しいと心から思いました。

コーチにも、あの選手のこんなところを参考にしなさいと、ホンモノを見ながら教えられていますから。ロシアに行ったことは、今の自分にとっては、すごく重要なことだと思っているんです」

オリンピックでは自分の演技を見せたい。

現在も皆川は一年のうち約10か月間、ロシアで練習を行っている。この取材のときには、ちょうど帰国しており、実際に練習するところも見せてもらった。驚いたのがウォームアップにかける時間と丁寧さである。関節をひとつひとつ小さな動きから始め、最終的には可動域いっぱい広げる。

股関節、足首、上肢などをすべてじっくりと調整していくのだ。1時間以上かけて終わったときには、汗をたっぷりとかいている。写真でもわかるが、彼女の高い柔軟性は、日々の地道な積み重ねの結果なのである。そして、もうひとつ昨年の終わりからやりだしたことがある。それが、体幹トレーニングだ。

新体操選手の皆川夏穂

「実は今年の初めに4種目、3点ずつDスコアを上げることができました。ただ、それをまだ試合で完璧に決められていないんです。だから、まずは完璧にできるようにして、その後オリンピックまでに、さらに1~1.5点ぐらい上げられればと思っています。

そのためには、まず動きの速さが必要になります。ゆっくりした動きでは技をたくさん入れられない。

体幹トレーニングをやりだしてから6か月ぐらいなんですが、カラダが変わってきたことを実感し始めています。今までは、意識しないと筋肉が使えていなかったんですけど、それがだいぶ自動的に動くようになってきた。

そして、自分でも筋肉を使えているなと思えるようになりました。考えてから動くのではなく、自然の流れで動けるようになったことで、すばやい演技ができるようになってきた。だから、ずっと続けていきたいと思っています」

新体操選手の皆川夏穂

3年前に開催されたリオデジャネイロ・オリンピックに皆川は初出場を果たしている。その結果は、16位で予選敗退だった。しかし、現在の彼女は、あの頃とはまったく違う。何と言っても世界選手権で銅メダルを獲ったという事実があるし、それが自信にも繫がっているだろう。

今、Dスコアの改定によって、自分の新体操を見直すべき時に来ているわけだが、これから東京オリンピックまでの1年で、必ずやクリアしてくれるはずだ。彼女はどのようにオリンピックへと進んでいくのであろうか。

「あっという間に時間が過ぎていってしまうと思うので、この1年間は全力疾走でいきたいという思いが一番です。少しずつ演技に安定感は出てきているんですが、まだまだ急に崩れたり、小さなミスが出てしまうことがある。4種目きっちりミスなくできることが重要ですね。どんな場面でも決められる強さを求めていきたい。

オリンピックではまずは決勝に残ること。そして、最終的にはメダルを獲りたい。自国でオリンピックがあるというのはすごいことだし、私は普段、日本で試合をすることが少ないので、自分の演技を見てもらえるいい機会でもある。だから、本当に楽しみなんです」

取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文

(初出『Tarzan』No.768・2019年7月11日発売)

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