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Q1. ストレッチで筋肥大は本当に起こるのですか?
筋肉は大きくしたいが、つらい筋トレは嫌。そんなズボラ君に朗報。ストレッチでも筋肥大は起こるという研究結果が出ている。研究者の話に耳を傾ける前に、まずは復習からスタート!
筋肉は筋線維という細長い細胞(以下、筋細胞)を束ねたもの。筋細胞には筋原線維という収縮装置が詰まっている。筋肥大は筋原線維を作るタンパク質の分解を合成が上回って起こる。筋原線維は、サルコメアというユニットを縦一列に並べたもの。筋肉の収縮はサルコメアが一斉に縮んだ結果だ。
サルコメアが追加されると筋原線維が長くなって柔軟性が高まり、筋原線維が太くなると筋肥大が起こる。筋肥大の引き金には、筋肉に加わる抵抗、収縮を促す電気的刺激、収縮による力学的刺激などがある。それをまとめて一気に起こすのが、筋肉に負荷をかける筋トレだ。
以上で復習は終わり。さてさて、ストレッチはどう筋肉に作用するか。
「ストレッチ中もサルコメア全部がただ伸びるわけではなく、部分的に収縮するものもある。その刺激が筋肥大を促す可能性があります」(鈴鹿医療科学大学の笹井宣昌准教授)
Q2.ストレッチの刺激は、何がどうやって筋肉内に伝えているのですか?
筋肉の肥大=筋肉を作る筋細胞の肥大。ストレッチに筋肥大作用があるなら、筋細胞に「筋肉が伸ばされたから大きくなれ!」とシグナルを伝えるルートがあるはず。先生、それは何?
「その鍵を握るのはコスタメアというタンパク質です」
説明しよう。束ねた筋細胞の間は細胞外基質という組織で満たされている。コスタメアは筋細胞と細胞外基質を貫き、筋肉が伸ばされたという信号を筋細胞一本一本に伝える。
同時にコスタメアは、サルコメアとも連結する。コスタメアのうちでもジストロフィン複合体は、伝わった情報を受け取り、筋合成を促す細胞内のシグナル伝達に関わる。
サルコメアではこの他、コスタメアからの情報を受け取るものにタイチンがある。筋肉を伸ばすと、アクチンとミオシンの重なりが少なくなる。それ以上に伸びすぎてアクチンとミオシンが離れ離れにならないようにブレーキをかけるのがタイチン。
カラダはタンパク質からなるが、タイチンはこれまで知られている最大のタンパク質。普通のタンパク質の50倍程度のサイズがある。このことからタイチンの名はギリシャ神話に登場する巨人タイタンから取られた。
Q3. ストレッチで筋肥大が起こる証拠がちゃんとあるんですね?
理屈はどうあれ、ジムでストレッチばかりに励んでムキムキになった人に出会った経験はない。ストレッチで筋トレ説はホントにホントなの?
「ストレッチ以外の刺激をゼロにできないので、筋肥大が本当にストレッチ単独で起こったかどうかを証明しにくい。しかし筋細胞レベルでは、筋肉を伸ばすことが単独で筋肥大を引き起こすと確かめられています」
笹井先生のグループは、鶏胸肉から採取して培養した細胞を用い、他の刺激の影響をできるだけ受けない実験モデルを作り上げた。実験に使ったのは筋管細胞。
筋線維の元になるのは、筋芽細胞。筋芽細胞が細胞融合を何度も繰り返すと筋管細胞が生じる。筋管細胞はいわば筋細胞の元になる細胞であり、ヒトの筋線維に非常に似た性質を持っている。
実験では、筋管細胞を伸縮可能なごく薄いシリコン膜上にセット。縦方向(長軸)に10%伸ばすストレッチを、一定の周期で72時間加え続けながら培養を行った。
すると通常の培養を行った筋管細胞と比べて、直径が太いものが増える様子がわかった(上グラフ参照)。この実験では同時に、アクチンに点在しており、筋肉の収縮に関わるトロポニンも増えることが明らかになっている。
Q4. な〜んだ。細胞レベルでしか、筋肥大が起こる証拠はないの?
少々古い話になるけれど、1970〜80年代には、細胞レベルではなく、動物を使った試験も何回か海外で行われている。対象となったのはニワトリとウズラ。羽に体重の10%程度の重りを括り付け数十日間にわたって他動的に筋肉を伸ばし続けたのだ。
その結果、筋線維と筋肉の肥大が起こり、筋細胞ではタンパク質の代謝が合成優位に傾いていると確かめられた。
試験の対象となった筋肉は広背筋。肩関節を動かす筋肉だ。ヒトの肩関節は、あらゆる関節でもっとも可動域が広い。鳥類では羽ばたき動作のために肩関節はヒトよりもさらに可動域が広く、広背筋を重りで伸ばし続けるトレーニング効果もそれだけ出やすかったと想像できる。条件は超ハードだが、ヒトにも効くのか。
「人間に同じような処方をするのは非現実的ですが、十分な張力を加えたら人間の筋線維と筋肉もストレッチで肥大すると考えられます」
この他、筋肉の萎縮がストレッチで防げることも実験で明らかになっている。筋肉の収縮を制御する運動神経を切ると、筋肉は萎縮していく。だがラットのふくらはぎの筋肉(ヒラメ筋)の神経を切った試験では、ストレッチを加えると筋肉の萎縮にブレーキがかかると判明したのだ。
Q5. 結局のところ、どのようなストレッチが筋肉にいいの?
ストレッチで筋肉が大きくなるなら儲けモノ。ズボラ君ならずとも明日からやりたい。一体どうやればいいの?
「筋細胞の実験によると、弛緩しているときの長さより10%程度伸ばすような刺激が有効と考えられます。また30%ほど伸ばすと筋細胞は壊れてしまいます」(笹井先生)
骨などにより関節の可動域に制限があるため、筋肉はフルに伸ばせるわけではない。通常のストレッチではすべての筋細胞を、細胞実験のように完全に弛緩した長さから、さらに10%伸ばせるとは限らない。
「一方、電気刺激で筋細胞をあらかじめ収縮させて、ストレッチ開始時点の筋細胞の長さを短くしておけば、そこから筋細胞が伸ばせて効果が高まるかもしれません」
またストレッチには、他人に伸ばしてもらう受動的(パッシブ)なやり方と自ら伸ばす能動的(アクティブ)なやり方がある。筋細胞の実験では受動的な刺激だったが、現時点では受動的と能動的のいずれがいいかは残念ながら不明である。
Q6. ストレッチで筋肥大するイメージがどうしても湧きません。
理論を学び、証拠があってもピンとこないなら、ちょっと視点を変えてみよう。ヒントは、アイソメトリクス。
アイソメトリクスという言葉は、どこかで聞いたことがあるはず。イラストのように、両手で押し合うように筋肉が長さを変えずに力を発揮する状態である。
1950年代にドイツのヘッティンガーらが行った古典的な研究により、全力(最大筋力の3分の2程度)で7秒ほどアイソメトリクスを行うと筋肥大が起こるとわかった。筋細胞レベルでは伸張と収縮を小刻みに繰り返しており、その収縮で筋合成が促されるのだ。
見方を変えると静的なストレッチで同じポーズを取る間も、その間にある程度の収縮が入るとすれば、アイソメトリクスのようなもの。筋肉が肥大しても不思議はない。
さらに筋トレでは、筋肉が伸ばされながら力を出すエキセントリック局面の方が筋肥大効果は高い。エキセンでは筋肉はストレッチされているから、余計に筋肥大しやすいと考えられる。
Q7. ひょっとしたら、筋トレオフ日のストレッチは筋肥大を加速する?
笹井先生は苦笑いするばかりで何も語らなかったが、素人っぽいそのアイデアにも一理あるかもしれない。
筋トレで筋肉に強い負荷をかけると疲労が生じる。疲労で筋力は一時的にダウンするが、2〜3日休養すると復活し、一時的に筋トレ前より筋力が高まる超回復が起こる。
超回復のタイミングで次の筋トレを行うと筋力が右肩上がりでアップし、それに伴う筋肥大もトントン拍子で進む。そこで筋トレ後の筋肉は2〜3日休めるべきだが、そのオフ日にストレッチを行ったらどうなるか。
ストレッチは筋肉の緊張を取り、疲労からのリカバリーを助けるから、筋肉のコンディションが整って次の筋トレの質が高まりやすい。加えてストレッチには筋肥大を助ける働きがありそうだから、筋トレ×ストレッチで筋肉はより効率的に成長する可能性がある。
エビデンスゼロだが、少なくともマイナスになる恐れはないから、筋トレがマンネリ化して筋肥大が停滞気味なら、試してみる価値はアリ。どうでしょう、先生!?