• 「ベテランを学生が鼓舞し、ふたりはメダリストへと成長を遂げた」ヨット選手・吉田愛、吉岡美帆
COLUMN
2019.05.23

「ベテランを学生が鼓舞し、ふたりはメダリストへと成長を遂げた」ヨット選手・吉田愛、吉岡美帆

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何にも知らなかった大学生と、日本の第一人者は、昨年8月にデンマークで開催されたヨットの世界選手権で日本人初の金メダルに輝いた。まだ、代表の座は決まっていない。だが、吉田・吉岡ペアは最有力候補である。彼女たちは今、東京オリンピックに向かい走り続けている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.765より全文掲載)

優勝できるとは思っていなかった。

2018年8月にデンマークのオーフスで開催されたヨットの世界選手権。女子470級で日本人として初の金メダルに輝いたのが吉田愛と吉岡美帆のペアだ。

470級とは、全長470cmのディンギーというヨットで行う競技を指す。小さな艇で、日本人はこの競技では有利といわれているが、オリンピックや世界選手権での優勝はこれまでなかった。吉田が大会について語った。

「リオ(デジャネイロ・オリンピック)の前に、同じ場所・オーフスで470ヨーロピアン・チャンピオンシップという大会があったんです。リオの代表選考の大会でもあって、大事だったのですが、不甲斐ない成績で終わってしまった。一応、代表にはなれたんですけど。

それで、今回はリベンジだということで、世界選手権が開催される10日前に行って、地形とか海の特徴をつかみながら練習したんです。事前練習がしっかりできて、いいコンディションで臨めたというのがよかったんですね」

一方、吉岡はこう話す。

「メダルは獲れたらいいなと思っていましたが、まさか優勝できるとは思っていませんでした。オーフスという場所が苦手だったんです。あそこは、弱めの風が吹くことが多く、すごく振れる(風の方向が定まらない)。風をよく見ていても、失敗することも多い。その苦手意識を克服できたことはいい経験でしたね」

二人が語るように、ヨットは海という自然の中で行われる競技だ。だから、選手は常に、風を読み、潮を確かめ、波を見てヨットを数cm単位で操っていく。船体を安定させて、そのときのベストの方角を選び、誰よりも先にゴールを目指すのだ。そのため、自然に対する観察力が鋭い。

ヨット選手・吉田愛、吉岡美帆

「朝起きたときに、天気予報を見て、一日の天気の流れを予想します。練習でも試合でも、すべて予想から入るんです。あとはたとえば、ヨットに乗っているときに、遠くの水面がざわついて黒くなっていたら、そこには風が吹いている。そうすると、少し経つとどこに風が来るということを想像できるんです。

また、波は風向きによって立ち方が変わります。この風だとこれから先、高くなるなってわかるんです。そのように自然を読んで、他の選手と駆け引きしながらレースをするんです」(吉田)

「雲の流れも気になります。雲が動かなくなって、ピタッと風がやむと、たいていは今までとは別の方向から風が吹き始めるんです。

だから、そういうときには360度見渡して、どっちの方向から風が吹くかを確かめることが大切なんです」(吉岡)

ヨット選手・吉田愛、吉岡美帆

もうひとつ、ヨットのレースには大きな特徴がある。とてつもなく過酷なのだ。大会では数日間で10回ほどのレースを行い、順位をポイント化して勝敗を決める。レース時間は風によって変わるのだが、45分程度。

ただ、選手は船をベストな状態に保ったり、セール方向を常に風に合わせるなど、1秒たりとも休む暇はない。しかも、午前、午後で2レース組まれてしまうこともある。選手にとっては、長丁場で心身ともに本当につらい闘いになるのだ。

「すごく疲れてくると、頭が働かなくなって、目の前のことだけにとらわれてしまうようになるんです。まわりを見て状況判断をしなくてはいけない競技なのに、これではまったくダメ。だから、力を使ってしまった状態でも、正しい判断ができるようになるということが、今の課題のひとつなんですよね」(吉田)

マラソンをしながら、頭を使い将棋を指すような競技なのだ。

電話をかけてきた。その本気さが伝わった。

吉田愛
吉田愛(よしだ・あい)/1980年生まれ。160cm、57kg、体脂肪率14%。小学校1年からヨットを始める。大学時代は、全日本女子選手権で3連覇。2008年には鎌田奈緒子とのペアで世界ランキング1位に。北京オリンピックは14位。鎌田引退後に田畑和歌子と組み、ロンドン・オリンピックで14位。吉岡美帆とリオデジャネイロ・オリンピックで5位入賞。昨年の世界選手権で優勝する。

二人の出会いは2012年の冬、吉岡が大学を卒業する直前だった。

「ヨットの試乗会があって、吉岡選手は学生で参加していたんです。私はクルーを探したかったし、興味もあって行っていたんです。そこで偶然出会ったんですね。吉岡選手は背が高くて目立ってました」(吉田)

2人乗りの470級では役割分担がある。1人はメインセールを動かしたり、舵取りをするスキッパー。もう1人が船の傾きの調節と、ジブセールという小さい帆を操作するクルーだ。

おおまかに、スキッパーが頭脳担当で、クルーは体力担当という感じである。そして吉田はこの試乗会で、体格のいい吉岡を見つけたのだ。

ただ、吉岡はまだ大学生であり、大勢のなかの1人といった選手。かたや吉田は当時から日本の第一人者であり、北京、ロンドンと2つのオリンピックを経験していたベテランだ。それでも、とにかく2人は電話番号を交換した。その後のことを吉田ははっきりと覚えている。

「吉岡選手が大学の卒業試験だろうと思って、電話を控えていました。すると彼女のほうから来たんです」

「試験中だけど、電話が気になってどうしようもないんです。だから、かけちゃいました。もう、本当にドキドキしましたけど、これはすごいチャンスだなって思ってましたね」

「私に“組んでください”って言ってくる子はほとんどいない。それを彼女がやったので、度胸があるというか、この子はすごいと思いましたね。本気さが伝わってきて、この子とやってみたいと思いました」

吉岡美帆
吉岡美帆(よしおか・みほ)1990年生まれ。177cm、71kg、体脂肪率20%。芦屋高校でセーリングに出合い、FJという種目を始める。立命館大学時代に470級に移行する。インカレで思うような成績が残せず、ヨットを続けることを決意。吉田と出会い、ベネッセセーリングチームに所属し、ペアを組む。リオデジャネイロで初めてオリンピックに出場して5位入賞。昨年、世界選手権で優勝する。

ただ、吉田は競技の厳しさだけは、最初にしっかりと語った。途中でやめられては困るからだ。ヨットは練習以外でも時間が多く必要で、プライベートはないこと。私生活も徹底して管理しなくてはならないこと。

「それができなければ、金メダルは獲れないと言いました」(吉田)

「率直に言って、当時の私のレベルは学生のなかでも低かったので、メダルと言われても実感はまったくなかったです。ただ、聞いたときにすごい獲りたいと思った。だから、すべてを見直さないとダメだったんです。昼ぐらいに起きて1日1食で済ませてしまうこともありましたから、どうしようもなかった」(吉岡)

ここから二人の練習が始まって、リオデジャネイロ・オリンピックに出場するまでになるのである。学生のなかでもレベルが低かった吉岡を、そこまで引き上げた吉田もすごいが、それについていった吉岡の努力も見事としかいいようがない。そして、オリンピックの結果は5位だった。

「メダルを獲れる位置で戦っていたので、終わってすぐは悔しかった。でも、少し経つと、私たちの力はこれぐらいだったんだな、と冷静に考えるようになりました」(吉田)

子供が生まれてから、変わったこととは?

ただ、リオが終わってすぐに東京オリンピック、ということにはならなかった。吉田が子供を産むことを望んだからだ。もし授かったら、妊娠期間は練習ができなくなる。それを、所属するベネッセセーリングチームが許してくれるか、吉岡は待ってくれるか……。それが問題だった。

だが、すべてがうまくいった。吉田は男の子を出産し、琉良と名付けた。もうすぐ2歳になる。そして、子供ができたことで、吉田に大きな変化が訪れた。

「私は人に厳しくて、しかも引きずってしまうタイプなんです。いつまでも失敗したことを考えてしまう。でも、子供ができてからは、海は海、陸は陸ってなりました(笑)。今は海から戻ってきたら、もうあとは明日でいいやって感じです」(吉田)

「愛さんは笑顔が増えましたね。引きずるタイプだとはわかっていましたけど、私じゃ切り替えるきっかけを作れなかった。琉良くんじゃないとダメなんですね(笑)」(吉岡)

マイナス面も、もちろんあった。妊娠期間は練習ができなかったから、吉田の体力も落ちた。さらに、子供ができたことで、リオの前のようにすべてをヨットに捧げる、というわけにはいかなくなってしまった。

ヨット選手・吉田愛、吉岡美帆

「それでも週3回はウェイトトレーニングをします。落ちてしまった筋力を、元に戻すのが課題。高重量、低回数で筋肥大を狙っています。これまで1年間続けてきたのですが、7割ぐらい戻ったところですね。それに、有酸素運動を週に300分以上を目標にやっています」(吉田)

「セールの下をくぐったり、かなり動作が激しいので、下半身はすばやく動けるようにしたい。だから、サーキットトレーニングなどで強化しています。

上半身は常にセールを押したり、引いたりしますから、胸と背中の筋肉が重要。それに、ヨットから身を乗り出すことも多いので体幹も鍛えていますね」(吉岡)

まだ、東京オリンピックの代表は決まっていない。だが、吉田・吉岡ペアは最有力候補である。これからの日々を、どうオリンピックへ繫げていこうと考えているのであろう。

「外国人選手ってオリンピックの1年ぐらい前から急に力をつける人が多いんです。ピークを作るのがうまい。でも日本選手って常に全力だから、本番が近づくと自分の限界に来てしまう。私もそうだったんですけど。だから、今は東京を楽しめるように、気持ちの持っていき方が重要なんだと思っています」(吉田)

「自分はメンタルをコントロールするのが下手なんです。調子悪いときは私生活でも試合でも、すべてが嚙み合わなくなる。そしてそれがけっこう長引いてしまうんです。

そういうときに、それを変えられるスイッチみたいなものを見つけられれば、この先に生きてくると思う。今、それを探しているところ。東京では金と言いたいですが、まずメダルを目指したいと考えています」(吉岡)

取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文

(初出『Tarzan』No.765・2019年5月23日発売)

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