• 「この1年は重要。淡々と準備するだけ」水泳選手・幌村尚
COLUMN
2019.05.11

「この1年は重要。淡々と準備するだけ」水泳選手・幌村尚

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幌村 尚(なお・ひろむら)/1999年、兵庫県生まれ。170cm、70kg、体脂肪率11%。3歳のときNSI光明池スポーツクラブで水泳を始める。兵庫県立西脇工業高校在学時の2016年、高校総体バタフライ100m、200mで優勝。同年、世界ジュニア選手権200m優勝。17年日本選手権100m2位。同年、ユニバーシアード200m優勝。18年東京都選手権、日本選手権で優勝。19年日本選手権は200m3位。

往復2時間の距離を歩いて学校に通った“野生児”は、決して恵まれてはいない環境を逆手に取って成長した。そして東京オリンピックの有力選手にまで上り詰めた。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.764より全文掲載)

他の選手にはない脚の太さには理由がある。

200mバタフライの新星、幌村尚。世界にドンッと飛躍できる可能性を十分に秘めている選手である。幌村の泳ぎには、いくつかの特徴がある。そのひとつが、キックの強さだ。

写真でもわかるが太腿がかなり太い。競泳選手で、ここまで脚が太い選手は見たことがない。スイマーの体型は、上半身が大きく、それに比べると下半身はややスマートというのが普通である。幌村の脚は、競輪とかスピードスケートの選手のようなのだ。そして、これには理由がある。

「小学校が遠かったんです。片道1時間かけて山道を通いました。行きは歩いたけど、帰りは走ったりしてましたね。それから、帰り道では友達と寄り道して、笹藪に入っていって山に登ったりとか。マムシとかタヌキなんか普通にいました。野生児みたいな感じだったんですよ」

まるで、ケニアのマラソンランナーのエピソードのようである。しかも、学校でもよく動いた。1時間目から6時間目までのすべての休憩時間で、サッカーをして走り回っていたというのだ。まさに、寸暇を惜しむとはこのことだろう。

水泳選手・幌村尚

「そんなことをずっとやっていたから、足腰が強くなっていったんじゃないかと思っているんです。本当かどうかはわかんないんですけどね」と、幌村は笑うのである。

2018年、彼は水泳関係者のみならず、多くの人を驚かせた。それは4月に行われた日本選手権の男子200mバタフライの決勝だった。

ここでは、リオデジャネイロ・オリンピックで銀メダルを獲得した坂井聖人や、一昨年の世界選手権で銅メダルの瀬戸大也など、日本を代表するスイマーが勢ぞろいしていた。誰が頂点に立つのかを予想しにくいレースでもあった。幌村はこの戦いを制して、見事に日本一の栄冠を勝ち取ったのだ。

幌村の泳ぎは圧巻であった。100mのターンから150mまでを30秒を切るタイムで泳ぎ、瀬戸、坂井を振り切ると、そのまま逃げ切ってしまったのだ。他を置き去りにするブッチギリの勝利であった。そして、タイムがまたすごい。1分53秒79は、彼の自己ベスト。ただ、彼はこのことにそれほど大きな喜びを感じていないようなのだ。

「優勝したということに関しては、よくわかんないというか…。親が会場に来ていたので、優勝を見せられたというのはうれしかったですが。泳いでいて、周りのことを気にするタイプじゃないんです。だから、瀬戸さんや坂井さんに勝ったということを、特別な感じでは捉えていません。

ただ、いいタイムが出たことはよかったと思います。僕はタイムにこだわっていきたいんです。順位が上でも、記録が悪かったら、うれしさは半減してしまいますからね」

速くなる技術を身につけるしかなかった。

2つ目の特徴はフォームの素晴らしさである。

男子200mバタフライの日本記録(1分52秒97)保持者で、テレビの解説等で活躍する松田丈志さんは“バタフライを速く泳ぐ人型ロボットを作ったら、こういう泳ぎになるんじゃないか”と、幌村のフォームを評している。それで、ついたあだ名がバタフライロボット。

まず、水面に腕が入水してすぐにキャッチ、つまり水を捉えることができる。そして、泳いでいる間は、姿勢は常にフラット。水の抵抗を受けにくいのだ。なぜ、このような理想的なフォームを持ち得たのか?

それを知るためには、幌村の水泳をやってきた環境を知る必要がある。幌村は3歳から水泳を始めている。そのスポーツクラブはベビースイミングをメインにしていて、最初は彼もそれに参加していたのである。そこから、すべてが始まったのだ。

水泳選手・幌村尚

「小学校に入ってから、大会にも出場するようになったのですが、とにかくコーチが怖かった(笑)。全国の決勝とかぐらいの記録を出さないと怒られるんですから。だから、水泳は好きじゃありませんでした。

ただ、全国大会だと、東京に行けますよね。そうすると遊園地に連れていってもらえたり、プレゼントを買ってもらえたりした。だから、まぁ、続けよかという感じで。完全にモノにつられていたところがありました」

練習は一般会員と共用の小さな25mプールで行っていた。水深はたった90cmである。一応、幌村のために1コースを空けてもらってはいたが、練習時間は毎日1時間30分に限られていた。同じ年頃の選手より、練習量が圧倒的に少なかった。そして、なんと幌村は高校を卒業するまで、ここで練習していたのだ。

「高校1年のころから水泳が楽しくなってきました。全国でメダルを獲れたりして、それがうれしかったんです。

ただ、時間が短いし、プールが小さいので思うような練習がなかなかできなかった。プールの中で立つと腰ぐらいの深さしかないから、スタートの飛び込み練習はできない。バタフライで腕を横に広げると、左右のコースロープからはみ出てしまう。

そんな中でどうすれば速くなれるかといえば、技術なんですよ。どうやったら泳ぎを向上できるか。それだけを考えて泳いでいました」

まさしく、環境を逆手に取った考えだった。そして、これが今の泳ぎに繫がっていくのだから、発想というものがいかに重要かがわかるのである。では、具体的にはどのようにフォームを育んでいったのだろう。

「まずは、キレイな泳ぎを意識することですね。1回のストロークで距離を延ばせるようにするんです。そして、プルとキックのタイミングを少しずらすこと。プルは水を搔く動きですが、キックと同時にやってしまうと、推進力が1回しか得られない。

でも、ずらすとプルで1回、キックで1回と、2回になる。これは、教科書的には正しいかはわかんないんですけど、僕はそんな感覚でやっています。

さらには体重移動。泳いでいるときは、体重を前にかけるように。重心を前に置いておくことが大切。泳ぎながらいろいろ考えて、自分で工夫して練習していました」

試行錯誤を繰り返して、誰からも素晴らしいと言われるフォームを作り上げた。そして、これが幌村の一番大きな武器になっているのだ。

ウェイトトレーニングで瞬発力を養っていきたい。

そして3つ目の特徴。これは、実はマイナス面になる。練習時間が短い。技術の向上ばかりに力を入れた。その結果、同年代の選手に比べ、体力面では劣ってしまったのだ。また、幌村自身も体力を培っていくような練習が好きではなかったようだ。

「高校までのコーチに200mハード(全力で)なんて言われても、イヤ、今日は25m4本なんて感じで、自分ができる練習メニューだけずっとやっていました。しんどいのは本当に好きじゃなかったんですよ」

そのため、高校に入ってからは全日本ジュニアの合宿などに呼ばれるようになるのだが、体力がないので最初の3、4日はついていけない。その後は徐々に慣れるのだが、これではレベル向上には程遠い。

ところが、高校卒業後に早稲田大学に入学して、水泳部の門をくぐったのがよかった。これまでに、まったく経験したことのない練習量だったのだ。

水泳選手・幌村尚

「毎日1回1時間30分の練習だったのが1日2回練習の日もあるし、だいたい4時間ぐらいは泳ぐんです。最初はついていくのが精一杯、というか、ついていけませんでしたね。

それでも、半年ぐらいすると、どうにかこなせるようになっていった。そして、それに合わせるようにタイムも伸びていったように思います」

ウェイトトレーニングも行うようになった。ただ、これは筋肉を大きくすることが目的ではないようだ。

「バタフライの200mは持久系、100mは瞬発系の要素が大きいと思っているんです。僕は100mにも力を入れたいと思っているから、瞬発力は大事。だから、プールで練習する前の陸上トレーニングとかウェイトトレーニングで瞬発的な力を養おうと思っているんです。

ただ、僕は筋肉がつきやすいタイプ。泳いでいるだけでついてしまうんです。カラダが大きくなって泳げなくなるのは困る。だから、筋肉に刺激を入れる程度に留めているんですね」

2018年、そして19年と高地トレーニングも行った。低酸素の場所で泳ぐのだから、その苦しさは並大抵ではない。

これまでの幌村なら、しんどいのはイヤと思っていたかもしれない。だが今は「きついんだけど、強くなるためにと思っていた」と、力強く言えるようになった。東京オリンピックまであと1年とちょっと。日本の男子200mバタフライは、強豪選手がひしめき合っている。

「オリンピックは小学校からの夢。ただ、現実的に捉えたのは高校3年のとき、リオ五輪の選考会で3位に入ってからです。まだ、体力が全然足りないし、世界で戦えるスピードもない。ないことずくめなので、全部がんばらなきゃいけないって感じですね。

とりあえずの目標は、松田さんの日本記録ですね。オリンピック前に抜きたいと思っています。ただ、まだ東京オリンピックに対しては何とも言えませんね。出場できるかもわからないし。

今は、できることをひとつひとつやって、淡々と準備をするだけです。東京のために、この1年は重要になると思います」。


取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴
(初出『Tarzan』No.764・2019年5月9日発売)

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