• 若き空手家・崎山優成「東京五輪は、決して諦めない」
COLUMN
2019.01.15

若き空手家・崎山優成「東京五輪は、決して諦めない」

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崎山優成(さきやま・ゆうせい)/1999年生まれ。180cm、75kg。5歳から父親が指導する剛柔流空手道日新館で、空手を始める。中学校3年時にアジアジュニア&カデット・アンダー21選手権で準優勝。高校2年でインターハイ2位、3年で優勝。昨年、FISU世界大学空手道選手権大会で優勝、9月にプレミアリーグでシニア初優勝を果たす。

師範の父に指導を受けて確実に成長したガリガリだった空手少年は、19歳でシニアとなり、“生きる伝説”を破った。2020年に向けて活躍が期待される次世代の空手家・崎山優成選手は今、東京五輪を目指し走り続けている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.756より全文掲載)

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2018年9月に行われた空手のプレミアリーグ・ベルリン大会。組手の男子75kg級で、見事、優勝に輝いたのが崎山優成である。

現在19歳の彼は、一昨年にジュニアからシニアへと階段を上ったばかり。プレミアでは3戦目での勝利という快挙であった。このツアーは世界選手権に次ぐグレードであり、ましてや彼が出場した75kg級は世界でもっとも多くの選手がひしめく階級である。

そこで頂点に立ったのが、日本の青年というのは、少なからず世界を驚かせることになった。まず、この大会を崎山に振り返ってもらう。

思いっきり戦って結果が出せればうれしかった

「コンディションはよかったですね。試合前のアップとかで、カラダの軽さを感じていましたし、技のキレやタイミングも確認できた。大会中はよく動けていたと思います」

「11月に世界選手権が行われたのですが、それに出場するためには、最低でも、このベルリン大会で優勝するしかないと言われていた。同じ75kg級には実績も実力も秀でている西村拳さんがいますから。だから、とにかく勝つしかないし、絶対優勝するという気でやっていました」

彼の言う通り、ベルリン大会で優勝を果たしたものの、残念ながら世界選手権の切符は西村の手に渡った。75kg級には強豪が揃っているのだが、そのうちの2人を挙げろと言われれば、まずアゼルバイジャンのラファエル・アガイエフ。そして、日本の西村拳ということになる。

アガイエフは165cmと小柄だが、すばらしいフットワークを武器に、これまでになんと5度の世界選手権を制し、“生きる伝説”とも呼ばれている。

一方、西村はこのアガイエフに4連勝した選手で、蹴りを中心とした攻撃が得意である。

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空手の組手はポイント制なのだが、突きに比べて蹴りは動作が大きいぶん、相手にかわされる場合も多く、それだけに決まったときのポイントは大きい。西村の蹴りはスピードが速いため、相手の反応が遅れてしまい、ビッグポイントが稼げるのである。

ベルリン大会では、この2人が準決勝で戦い、アガイエフが勝利し、崎山との決勝になったのだ。

「僕が先に決勝進出を決めていたので、どっちと戦うのかと思っていました。今、考えてみると、西村さんと決勝を戦ったほうがよかったかもしれない。直接対決で勝つことができていたら、世界選手権の選考も変わっていた可能性もありますからね。でも、そのときはアガイエフのほうが相性はいいと思っていました」

「西村さんとは、いつも一緒に練習をしていたし、一度、日本選手権でも戦っています。そのときは負けましたけど。だから、互いのことがよくわかっている」

「これは、自分にとって有利でもあるし、不利な部分も大きい。アガイエフなら、自分のことはあまり知らないし、僕はよく知っている。それにずっとチャンピオンだったから、思いっきり戦って結果が出せればうれしかったんです」

努力すれば、そのぶん結果がついてくる

父親の崎山幸一さんは日本を代表する空手家であり、現在は香川県の高松中央高校教諭の傍ら、空手部監督、剛柔流空手道日新館の館長として指導を行っている。

崎山は2歳のころから、父親に空手の真似事を教わり、5歳から正式に道場に通うようになった。

「だから、始めたころのことは、まったく覚えていません。気づいたら、やっていたという感じ。でも、空手が好きだとは思っていましたね」

空手には、形(かた)と組手の2種目がある。形は四方に敵がいることを想定して構成された技の数々を一人で演武し、力強さや正確さを競う。組手は実際に相手と相対して、突きや蹴りで攻防を繰り広げて勝敗を競う。

競技会では、どちらかの種目で出場するわけだが、練習では初めは両方を学び、最終的に進みたい種目を選ぶことが多い。崎山も中学校までは形、組手ともに行っていた。

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「形は相手がいないなかで、それを想像して演武する。トップレベルの選手を見ていると、本当に相手がいるように見えてしまうところがすごいと思います」

「逆に組手は、まさしく実戦。僕は最終的には組手を選ぶことになったのですが、形をやっていたことが、すごく役に立っています。形をやっていたからこそ、相手の突きや蹴りをきっちり受ける正確さが身に付いた。また、組手の動きの中で、カラダの軸がぶれないのも形をやっていたおかげなんですね」

強くなればなるほど、向き合う相手は己の中に

小学校のころは剛柔流の大会に出場し、形、組手とも優勝するまでに実力を伸ばしたが、流派(空手には糸東流、松濤館流などの流派がある)を超えた大会では結果が残せなかった。形と組手を並行してやっていたからかもしれないし、他流派に慣れていなかったからかもしれない。

ところが中学校に入ると練習で組手に比重を置くようになり、2年生では全国大会で2位に、3年生ではアジアジュニア&カデット・アンダー21選手権で準優勝を果たすのである。そして、崎山が強くなったのには、もうひとつ理由があるようだ。

「道場が高松中央高校(香川県)にあったので、小さいころから高校生に交じってやっていたんです。さすがに、小学生のころは一緒に練習するには無理があったのですが、中学校に入ると少しずつやるようになった。もちろん、手加減をしてもらってですけど」

「同じ歳の中学生とは、背も力も全然違って、恐怖感もありましたし、当たりも強かった。それに、打ち込み(突きの練習)などでは弱めてくれるのですが、実戦的な試合となるとそれがほとんどなくなるんです。そうすると、攻め込めないし、相手が大きく見えたりする。だから、同い年の中学生とやるときは、それほど圧力を感じることなく戦えるようになりました」

高松中央高校に入ってからは、さらに力をつけていく。2年のときにインターハイで2位、そして3年で優勝に輝く。しかし、強くなっていけばいくほど、練習の相手には恵まれなくなる。強い相手がいるからこそ、力を伸ばしていけるというのも、競技のひとつの真理だからだ。

だから、崎山は対相手にこだわるだけではなく、己を鍛錬することを、自分に課すようになっていったのだ。

「全体での練習が終わったあとに、個人練習をするようになりました。走りに行ったり、相手を見つけて組手をやったり。誰かにやれと言われたわけではないんです。自分で考えて始めました。人と同じことをやっていたら、人と同じで終わってしまう。そのころから、努力すればそのぶん結果がついてくると思っていましたね」

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「こうやって、練習していくなかで、ひとつ変わってきたことがありました。それまでは、自分の組手というかスタイルがあいまいだったのですが、自分の持ち味とかどう戦えばいいのかが少しずつわかってきた。そして、わかってきて勝てるようになれば、どうすれば勝てるのかを理解できるようになった。それで、勝ち癖がついてきて、なかなか負けないようになってきたんです」

現在の崎山の戦い方は、この高校時代に出来上がったようだ。彼のスタイルは、まずは多彩な攻め。スピーディな動きで相手の虚を突き、ポイントを稼ぐ。蹴りも得意である。

そして、ポイントを稼いだあとのディフェンスもしぶとい。ただ守るだけでなく、隙あらば果敢にカウンターに打って出る。相手にとっては、とてもイヤなタイプであろう。

前述したプレミアリーグのベルリン大会、決勝でもその片鱗を見ることができた。最初にリードを奪った崎山は、アガイエフの攻撃をディフェンスとカウンターでしのぎ切り、勝利を収めたのである。しかし、と崎山は言う。

「あのときは、本当に無意識に動いていた感じなんです。まぁ、守り切れたわけですが、すごく勉強になった部分もありました。終盤まで6点リードしていたのですが、アガイエフは、本当に冷静だった。最後の最後で3点取られましたから」

「もし自分がリードをされていたら、あそこまで冷静に戦えなかったと思います。負けているときの戦い方、プレッシャーのかけ方など、あの試合で彼から得られたことは大きかったですね」

ガリガリだったカラダが、ウェイトトレで変わった

現在、崎山は近畿大学工学部(東広島市)の空手道部に所属し、日々の練習を行っている。高校までは父親の指導を受けていたから、初めて大海原へ漕ぎ出したといっていいだろう。どのような日常を送っているのであろうか。

「高校のときはずっと父が指導してくれたのですが、大学では自分自身で組手を考える時間が増えました。練習時間も、高校では1日3時間半、インターハイ前は7時間もしていたのが、大学では2時間半ぐらい。だから、どれだけ効率よく練習できるかが重要です」

「練習以外でも、30分走ったり、ウェイトトレーニングをしたり、自分で工夫してカラダを鍛えています。ウェイトは、スクワット、ベンチプレス、フッキン、背筋などを週3回ほどやります。高校から始めたのですが、だいぶ変わりましたね。中学のころはガリガリでしたから。カラダの軸もしっかりしたし、重要なトレーニングのひとつだと思っています」

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空手は東京オリンピックから正式種目となる。出場できるひとつの目安は、さまざまな大会の順位で加算されるポイント。昨年の世界選手権の出場を逃したことで、このポイントで西村に大きな差を開けられてしまった。出場できるのは各階級1人だ。だが、彼はまだ諦めていない。

「ポイントで追いつくのは難しいと思っています。ただ、これから先の試合で西村さんにずっと勝ち続けたら、印象も変わってくると思うんです。そうなって、選考会が開催されて勝つしか出場の道はない」

「でも、最大の目標は、とにかく東京オリンピック。西村さんは最近の大会でほとんどメダルを獲っていて、安定して強いのですが、これまで以上に努力をして、シニアでの経験を積めば、勝機は絶対にあると思う。そのために今、練習を積んでいるんです」


取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴
(初出『Tarzan』No.756・2019年1月4日発売)

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