• 最新のトレーニング現場に見る “人間vsテクノロジー” の終焉|米国スポーツ見聞録 vol.3
COLUMN
2018.12.18

最新のトレーニング現場に見る “人間vsテクノロジー” の終焉|米国スポーツ見聞録 vol.3

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パフォーマンスセンター。最新鋭の機器が揃い、世界に2つしかない〈ゲータレード〉の研究機関がある。

世界で活躍するテニスプレーヤー・錦織圭も在籍していた、最高峰のスポーツ教育機関「IMGアカデミー」。そのアジアトップを務める田丸尚稔氏が、アメリカで実際に見た、聞いたスポーツの現場から、日本の未来を変えるヒントを考える。第3回のテーマは「最新スポーツ現場の“人間とテクノロジー”」。

ジュニアに限らず大学やプロ、オリンピック選手まであらゆる世代、レベルのアスリートが世界中から集まってくるIMGアカデミー。その魅力の秘密はどこにあるのか?

テニスやゴルフなど8競技あるスポーツのフィールド上やコート上で行われるスキルトレーニングもさることながら、キャンパスにはパフォーマンスセンターと呼ばれる建物があり、核心はそこにあるといっても過言ではない。フィジカル、メンタル、ヴィジョン、栄養学などあらゆる角度から身体能力を上げるトレーニングを行う場所だ。

揃っている機器も端的に言って、凄い。ストレングスのトレーニングを行うパワーラックにはタブレットが取り付けられていて、IMGアカデミーに所属する長期留学生なら自分の名前を打ち込むと、年間を通じて行ったトレーニングの種類やウェイトなどすべてが記録され、成長の度合いを具体的に認識しながら練習に励むことができる。

さらにカメラも内蔵されていて、正しいフォームでない場合は赤いランプがついて警告されたりする。

企業が最新テクノロジーを試す場所

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データを駆使しながらトレーニングを行うコーチたち。タブレットには選手個人のトレーニング情報が詰まっている。

“フィットライト”や“ダイナボード”と呼ばれるマシンや3Dメガネを使用した特別なソフトウェアなどで、目と身体の反応速度を上げるプログラムもある。ゲータレード社が施設内に研究者を常駐させており、血液検査や骨密度などを計測しつつ、アスリートに対して効率的な水分補給のアドバイスを行っていたりもする。

IMGアカデミーには多くのトップアスリートが集まってくるから、スポーツギアやVRを開発する企業がテクノロジーを試す場所として大きく期待しており、日進月歩の最新情報が常に持ち込まれる環境になっているのも面白い。

日本に根付く拒絶反応

しかしながら、日本のコーチやトレーナーなどトレーニングに関わる方に、このような話を紹介する際、ネガティブな反応をされることも少なくない。これまでのトレーニングメソッドが否定されたように感じるのか、“そんなものは必要ない”“テクノロジーに頼らずとも戦える”という拒絶、ないしはある種の嫌悪感のようなものを持たれてしまう。

そんな時、私が思い出すのは1986年に公開された映画『ロッキー4』だ。

東西冷戦下の時代、主人公であるロッキー・バルボアの相手はソビエト連邦のアマチュアボクシング・ヘビー級王者のイワン・ドラゴ。対戦を前に、ロッキーは大自然が広がる山中で身体を鍛え、一方ドラゴは科学者たちを携え、最新鋭のテクノロジーを駆使したトレーニングを行う。

敵が“殺人マシン”として描かれていたこともあって、私も子供ながらに“テクノロジー憎し”の感情を持ったのは確かだ。時は30年以上も流れた現在。では、最新鋭のテクノロジーを駆使したトレーニングはIMGアカデミーで実際にどのように行われているのか。

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パフォーマンスセンター。最新鋭の機器が揃う、その内部の様子。

コーチによる指導だけでは曖昧だったものが、数値として可視化されることによって、アスリートたちはより深くトレーニングの効果を理解できるようになった。これはテクノロジーには頼らないコーチたちの指導方法をデータによって客観的に肯定することにもなる。

さらには画一的になりがちだったトレーニングが、効率的な情報処理によって、それぞれ違う特徴を持ったアスリートたちに最適な方法を選択させる多様性をもたらし、身体能力の効果的な向上と、ケガ予防にもつながっている。IMGアカデミーのストレングスコーチは言う。

「テクノロジーのおかげで、一番うれしいのは俺たちの“時間”ができたこと。アスリート一人ひとりの顔が見られる。身体的な特徴も、成長速度も、置かれている状況も皆それぞれ違うからね。時間をかけて、最適なトレーニングを提示できる。

それに、マシンの赤いランプが警告してくれたって誰もやる気になんてなれないだろう? モチベーションがトレーニングには大事だし、それを高めるために俺たちコーチの目や声が必要だと思う」

人間性のために、テクノロジーが必要

世界でも類を見ない最新鋭のテクノロジーを駆使した施設で、ドラゴが“マシン”と化したのとは異なり、むしろ人間性と向き合うことが重要視されるのは、皮肉ではなく、真理なのだと思う。少なくともトレーニングの世界では“人間vsテクノロジー”という見方は、間違いなく終わりを迎えている。

これはスポーツやトレーニングだけの話ではなく、ここ最近の社会にも言えることだろう。たとえば“AI(人工知能)が人間の仕事を奪う”という論争は、テクノロジーを駆使したトレーニングに対して、具体性が伴わないまま“ふわっ”と嫌悪感を抱いているのと同じではないか?

テクノロジーを闇雲に信じる必要はないけれど、拒絶する前に、具体的なシーンを目にし、理解することが大事だろう。そして、人間性とは何かという根源的な問いをいま一度する必要がある。

原始的な世界への回帰を願っても、もはや元に戻れないほどテクノロジーは社会に浸透してしまった。そんな時代、人間性を取り戻すためにこそ、テクノロジーが必要かもしれない。

田丸尚稔(たまる・なおとし) 1975年、福島県生まれ。出版社でスポーツ誌等の編集職を経て渡米。フロリダ州立大学教育学部にてスポーツマネジメント修士を取得。2015年からスポーツ教育機関、IMGアカデミーのフロリダ現地にてアジア・日本地区代表を務める。

文/田丸尚稔

(初出『Tarzan』No.755・2018年12月13日発売)

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