宮本武蔵はなぜ猫背で立つのか。“運動パフォーマンスと姿勢”の話
取材・文/廣松正浩 イラストレーション/加納徳博 取材協力/田中幸夫(東京農工大学大学院工学研究院先端健康科学部門教授)
(初出『Tarzan』No.752・2018年10月25日発売)
胸を張り、顎は引き、背すじの伸びた立ち姿を我々は無意識によい姿勢と受け止めるし、恐らくほぼすべての人が学生時代に“気をつけ”の号令のもと、この姿勢を求められたはず。確かにこの立ち方だとおのずと胸郭は開く(胸郭を開くことは深い呼吸の条件)。だが、見栄えはしても不自然で疲れやすく、長時間は続けづらいから、つい姿勢の崩れる瞬間に呼吸にも乱れを生じかねない。
古来、武術の達人は独特の立ち方をしてきた。
「日本は腹を重んじる文化だから、武術でも腹が大事。腹の力をしっかり抜き、膝をほんのわずか緩め、重心が地面にすとんと落ちるイメージで立ちます」(東京農工大学・田中幸大教授)
10割ではなく、あくまでも7〜8割の呼吸を止めることなく静かに換気。いっぱいに吸ってしまうと、その瞬間は動きにくくなり、一瞬の隙が生じる。武術家はその瞬間を見逃さない。逆に自分の呼吸のリズムも相手に読まれないようにする。だから呼吸は静かになる。
「古くは五輪で活躍した陸上選手のカール・ルイスが、100mの決勝で50m地点を過ぎると笑顔を見せて走ったものです。そういう指導だったそうですが、笑うと上半身の力が抜けて、腕が動きやすくなります。それが素晴らしいパフォーマンスにつながったのですが、呼吸に気をつけ、上半身の力が抜けていないと、速くは動けません」
諸説あるが、へその下10cmほどの位置を東洋医学では丹田と呼び、気力の集まる重要ポイントと見なしてきた。西洋医学では小腸の位置。栄養物を取り込んで、代謝、燃焼に回す重要臓器だ。腹をしっかり意識して、力まずリラックスして深い呼吸を心がけよう。
「一生懸命になるとつい力みがちですが、緩い呼吸に合わせれば緩みやすくなります」。上のイラストは宮本武蔵自画像の簡略図。本物は怖い顔で脱力しまくってます。