なぜウルトラ? どこがおもしろい? ウルトラマラソンに夢中なふたりが語り合う
ウルトラ・ランニング、ロードの場合は100kmの大会に代表される。そして山には50kmも80kmもあるけれど、100マイル(160km)がスタンダードだ。中野ジェームズ修一さんと井原知一さん、それぞれ街と山のウルトラに夢中のふたりによるウルトラ対談。なぜウルトラ? どこがおもしろい? さあ始まるよ。
取材・文/内坂庸夫 撮影/大内香織
(初出『Tarzan』No.751・2018年10月11日発売)
中野 痩せたいとか、モテたいとかどんな動機であれ、誰でも5kmは走れるようになります。もうこれで達成感。ラン経験のない人ほど走ることがおもしろくなってきて、ハーフそしてフルマラソンへ。いちど喜びを感じてしまうと、同じことでは満足できないから、次々と目標が高くなっていきます。自己記録更新、サブフォーやサブスリー。そしてその延長にウルトラがあります。あくなき欲求、さらなる達成感のためには42.195kmという枠をも超えるんです。これがウルトラへの道。
井原 僕がウルトラ、特に100マイルに夢中になった最初はまさしくそれ。98kgもあった体重をなんとかしようと、トレッドミルを走り出すと、少しずつ体重が落ちてくる。もう、楽しくてしょうがない、3か月で7kgも落ちました、走ることが大好き。トレラン大会の広告を見て、出場しようと決意したんです。練習で先輩に陣馬山に連れていってもらったのが生涯最初のトレラン。空はきれいだし、鳥は鳴くし、頭にイナズマが走るような驚きと感動、まるで漫画のよう。うわあこれがトレランか、おもしろいなあ、すごいなあ。
中野 なるほど、最初からトレランなんですね。実は僕がウルトラを走り始めたのは罪悪感からなんですよ。僕の仕事はアスリートにトレーニングメニューを作り、実践させること。目標はメダルだったり、日本一だったり、世界一だったりします。当然、厳しいメニューです、ときにはとことん追い込むこともあります。どうやら、選手の間では「中野のメニューはきつい」って評判らしいんですよ、あはは。でも、リオ五輪が始まるころ、選手を追い込むことに罪悪感を感じるようになってきました。選手は死にもの狂いなのに、自分はただ立ってストップウォッチを押しているだけ、「もう1本」なんて言ってるだけですから。リオが終わったら自分に厳しいことを課そうと決めたんです。そこでウルトラ100km。そのためにリオでは毎日20〜30kmを走っていました。
井原 罪悪感が100kmを走らせるんですか? 僕はいろんな距離のレースに出たけど、2011年の信越五岳110kmで8位になれた。レース後半で専門誌に載っている有名選手を次々に追い抜けるんですよ。うわ、今日のオレ、どうしたんだ!? 僕は距離が長いほど得意なんだ、ってわかりました。だから100マイル。死ぬまでに100マイルを100本と決めて、いま43本です。
中野 長い距離を走っていると絶対に何かが起きますよね。たとえば左の恥骨筋が痛くなってきた、持てる知識を総動員して左足を少し内旋気味に着地してみる、お、治った。トレーナー冥利に尽きますよ、仕事に生かせますから。あるいはアイシングの効果を実感したいと思って、右脚だけアイシング、左脚なにもせず。翌日の回復の違いにびっくり、ってトレーナーの知識としては常識なんだけど、それを実体験できるできないは大きな違い。僕にとってウルトラは臨床の場にもなります。
井原 内旋着地ですか、プロですねえ。もっと距離の長い100マイルはハプニングだらけです、マメや筋肉痛、低血糖、ヘッドライト故障、道迷い、低体温症、脱水なんてのはごく当たり前で、それらをどう克服していくかが楽しいんですよ。今回はどんなトラブルが待っているんだろう、って。
中野 こんなに長い時間カラダを動かせるのはヒトだけ。ウルトラを走らないのはもったいないですよ。
井原 そう、それに過酷が過酷に思えなくなってくる。強くなると他人に優しくなれます。これがいいなあ。