肩こり・腰痛・膝痛の悩み。その起源は“二足歩行”から?
アダムとイブの林檎よろしく、ヒトはある時立ち上がってしまう。地球に生きるヒトたち共通の悩みは、そこから始まっていた ?
取材・文/石飛カノ イラストレーション/ツナ・ダン 監修/山口正貴(東京大学医学部附属病院)
初出『Tarzan』No.918・2026年1月22日発売

教えてくれた人
山口正貴(やまぐち・まさたか)/東京大学医学部附属病院リハビリテーション部理学療法士。医療・予防業務に日夜携わりながら、腰痛研究に没頭。その研究論文は2016年日本理学療法士学会の第8回優秀論文表彰で優秀賞を受賞した。
カラダのトラブルは、背骨の良し悪しから。
問1. トカゲ、カラス、メダカ、カエル、ヒト。これらの生き物の共通項を答えなさい。
答案用紙に「背骨があること」と迷いなく書ける人は生物学に明るい人。「背骨がある生き物」=「脊椎動物」ということ。
問2. 脊椎動物を早く進化したグループから順番に並べなさい。
スラスラと「魚類」→「両生類」→「爬虫類」→「哺乳類」および「鳥類」と答えられる人は進化生物学に詳しい人。そう、脊椎動物のご先祖に当たるのは水の中でしか生きられない魚類。
ご存じのように魚が移動するときの推進力は背骨を左右にクネクネ動かすことで生み出される。そこから派生したすべての脊椎動物の運動の基本も同様に背骨にある。つまり、魚の末裔であるヒトの首(肩)、腰、膝の働きおよびトラブルは背骨の状態の良し悪しにかかっていると言ってもいいのだ。
魚類の発生は約4億年前、ヒトが誕生したのは約400万年前。背骨の動かし方の年季が違う。
直立二足の姿勢でヒトが抱え込んだ不調。
陸上生活に適応した爬虫類から別々に派生した哺乳類と鳥類の中で唯一、ヒトという生物が手に入れたのが直立二足という姿勢。鳥は二足じゃんという意見もあるが、ヒトのように頭を骨盤の真上に乗せた「直立」ではないので却下。
2本の後ろ足で立ってみたら前足2本が自由になったので手として機能させ、いろんな道具が取り扱えるようになった。同時に脳が巨大化して他の生物よりも知恵が回るようにもなった。「ヒトは万物の霊長」時代の始まりだ。
だが、いいことばかりではない。立ち上がったときに脳への血流が減る立ちくらみ、脚の血液が心臓に戻っていかない下肢静脈瘤、四足動物時代は直線だった産道がS字にねじれたことによる難産などなど。厄介な案件を背負い込むことになったのだ。
そして、肩こり、腰痛、膝痛、これらの不調もまた、直立二足という姿勢を選んだヒトの宿命というべきもの。その理由をこれから述べていこう。
楽な姿勢は靱帯、良い姿勢は筋肉が引き受ける。その結果、カラダには……。
2本の足で立ち、頭を骨盤の真上に掲げるためにはそれなりの構造が必要。背骨の頸椎は前に、胸椎は後ろに腰椎は再び前に彎曲する、いわゆる「S字カーブ」だ。これで絶妙に負荷を逃がして不安定な直立二足の姿勢を維持できる。
「ただし背骨が直立したことによる重力はどうしてもかかります。一般的にいい姿勢のときは筋肉で姿勢を支え、楽な姿勢のときは骨や靱帯、軟骨で姿勢を支えていると考えられます」
と言うのは、東京大学医学部附属病院リハビリテーション部理学療法士の山口正貴さん。S字カーブが保たれているピシッとした姿勢では腹筋や背筋が頑張っているが、だらんとした猫背姿勢のときは頸椎や背骨間の椎間板や膝の靱帯に寄りかかっているイメージ。
「いい姿勢ばかりとっていると筋肉性の、楽な姿勢ばかりでは骨の変形や靱帯にダメージがかかる凝りや痛みが生じます。どちらの姿勢も交互にバランスよくとっていくことが重要だと思います」(山口さん)
首や肩への負担が大きい、現代人の宿命。
いい姿勢と楽な姿勢をテレコで保持する。とはいえ、現代人はいい姿勢を維持していることは稀。たとえば首の場合は、
「スマホやパソコンの操作で前屈みの姿勢を長時間続けると、下部頸椎は伸ばされた状態ですが、上部頸椎は画面を覗き込むため縮んだ状態。こうなると下部は靱帯が頑張っていて上部は筋肉が頑張っていることになります」
と、非常にアンバランス。靱帯や骨への負荷と筋肉への負荷、どちらも背負い込んでいることに。この状態を続けることで肩こりはもちろん、頸椎のカーブが失われ、ストレートネックに陥ることも。
仕事中に肩こりを自覚しても放置している人、たかが肩こりと見くびっている場合ではない。

仕事中に感じる不調で50%以上の人が挙げたのが「肩こり」。過去に行われた公衆衛生の研究ではその経済損失は約3兆円!
パナソニック「コリコラン」調べ
腰痛を引き起こす、骨盤の前後傾。
腰痛を引き起こしやすい姿勢のカギは骨盤のポジション。楽な姿勢は骨盤を後傾させた、膝や腰が曲がった姿勢。いい姿勢は骨盤が前傾した姿勢。とはいえ、本当のいい姿勢は骨盤がニュートラルな状態なので、前傾しすぎた反り腰の姿勢は「一見いい姿勢」。ここが骨盤ポジションの難しいところ。
「長時間の骨盤後傾姿勢では靱帯が伸びたり腰椎の関節がズレたり筋膜の癒着が起こります。そこで突然カラダを動かすことで腰痛が生じます。一方、骨盤を前傾させた姿勢をとり続けると今度は筋肉のオーバーワークによる腰痛が発生しやすくなります」
腰痛を訴える人は世界で増え続け、将来的には8億人超え。かようにグローバルな問題なのだ。

左は一見いい姿勢だが、実は骨盤が前傾している反り腰姿勢。真ん中がニュートラルな状態の骨盤。右は骨盤が後傾している状態。
世界の腰痛有症率。

2020年時点の世界の腰痛患者数は約6億1900万人。上のグラフのすべての年齢層の割合を足すとこの数値に。2050年には8億4300万人を超えると予想されている。
「Global, regional, and national burden of low back pain, 1990-2020, its attributable risk factors, and projections to 2050: a systematic analysis of the Global Burden of Disease Study 2021」論文内の2020年性別・年齢別世界の腰痛有症率
放っておくと日本人はO脚に。
膝痛の場合は、筋肉と骨・靱帯の関係性がより複雑だ。骨盤後傾姿勢では膝は自動的に曲がる。加齢の影響を受ければなおさらだ。膝の靱帯は伸ばされた状態で正常に機能するので、曲がると靱帯による安定が保てなくなる。そこで頑張るのが太腿の筋肉だ。
「頑張るのは太腿の筋肉ですが、筋肉の圧がかかって膝のお皿の変形が進んだり、膝周辺の靱帯や腱で炎症が起こります。さらに関節が変形して軟骨がギザギザする変形性膝関節症に陥ることも」
膝は前に曲がるだけではなく、日本人の場合は内側方向に曲がったO脚になることがほとんど。すると内側の膝の軟骨が何度もぶつかってすり減り、ミクロの骨折が起こってしつこい膝痛に。
変形性膝関節症の有症率。

40歳未満では変形性膝関節症の有病率は男性ではゼロ。ところが40歳以上になるとその数値は男性で42.6%、女性では62.4%。年寄りの病気と思ったら大間違い。
Yoshimura N, et al. Bone Miner Metabol 2009
人生100年時代の今こそ、40代からの対策が不可欠だ。
せっかく2本の足で立ったというのに、肩、腰、膝の不調を起こしかねない身体条件を抱えることになったヒト。
統計学上では背骨や関節の変形、痛みなどは40代以降から発生するといわれる。人生100年時代だというのに、その半分もいかないうちに不調が忍び寄るという事実。
でも心配ご無用。魚は約4億年かけて上手な背骨の使い方を会得した。それに比べれば人類はまだまだ青二才。実は背骨や関節の構造も進化中だし、熟練の遣い手になるまでにはこの先まだ多くの時間がかかると予想される。
その日を一日も早く迎えるために、今、肩こり・腰痛・膝痛改善に役立つ手段をすべて試そう。それがヒトとしての使命というもの。


