BMXライダー・早川起生。“マンガみたいな優勝”を支えた日々の練習
若者が熱狂する祭典『Xゲームズ』。そのBMXフラットランドで頂点に立った。来る日も来る日もBMXと格闘する早川起生の、その先にある未来はどのような景色なのか。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.842〈2022年9月22日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.842・2022年9月22日発売
補欠としての招待から…優勝
『Xゲームズ』は若者に絶大な人気を誇る、エクストリームスポーツの祭典である。出場するのは、オリンピックより難しいかもしれない。
オリンピックなら国の出場枠で、多少(かなり?)レベルの落ちる選手も出場できることがあるが、Xゲームズでは主催者が数名を選び、インビテーションカードを送ることで出場権が得られる。世界の本当のトップだけが集められる大会なのだ。
2022年4月、そのXゲームズが、日本で初めて千葉県で開催された。早川起生が対峙している競技はBMXフラットランド。平らな地面の上を、BMXでバランスを取ったり、回転したりして難易度や美しさを競う、BMXのフィギュアスケートともいわれる競技だ。
Xゲームズでは実に19年ぶりに種目として復活した。早川にインビテーションカードが届いたのは、その前年の12月中頃であった。
「もしかしたら、とは思っていました。でも、実際にインビテーションが届いた時は、もう、舞い上がっちゃって。本当?って感じでした」
本当ではなかった。確かに招待はされたのだが、出場選手の8人ではなく9番目、補欠としてだった。
「よく読んだら違った。舞い上がったぶん、ガクッと来ましたね。ただ、世界のトップ8の次であるということは誇らしくもありました」
開催地の千葉にホテルを取ってもらい、大会前に集合した。このころの早川の心境は「早くトップ選手の技を見てみたい」の一心だった。ところが一転、出場選手であるカナダのジーン=ウィリアム・プレヴォストが新型コロナで陽性となり、早川はXゲームズに出場することとなる。
「プレヴォストは、小さい時からの憧れの選手で、今回も観戦するのを楽しみにしていたんです。だから、(自分が)出られると分かった時は、彼に申し訳ないじゃないけど、素直には喜べなかったです」
そんななか、プレヴォストからメールが届く。「僕はXゲームズに君を推薦した。出場してくれ」と。
「彼は僕が補欠で、千葉にいることも知らなかったんです。それに彼が推薦したからといって、通るわけでもない。出場選手は主催者が決めるものですから。ただ、本人も悔しいのに、“代わりに出てくれ”と言ってくれたことが嬉しかった。大会への気持ちが一層強くなりましたね」
結果は優勝。「マンガみたいですよね」と問いかけると「みんなそう言います」と、まだ少年のあどけなさを残した顔に、笑みを浮かべた。
サーカスはショーの技。大会では評価されない
早川がBMXを始めたきっかけは中学1年生の時に見た一本の動画だ。
「それまで、移動手段としてしか自転車を見ていなかったので、ライダーが天高くジャンプする映像を見て、衝撃を受けて。それで、両親にねだって買ってもらったんです」
最初はBMXストリート用のバイクを買った。ただ、ストリートはスロープや壁など特別な練習場所が必要だ。近くにそんな場所はなかった。それで地面さえあればできるフラットランドに転向。
近所のBMXショップ〈GLOW〉には早川と同年代の仲間がいて、最初は彼らに教えてもらったり、動画で見た技を練習した。どんどん上手くなった。
当然である。朝に乗る、仲間と外で乗った後は、また家でも乗る。毎日5~6時間はザラ、BMX三昧の生活を過ごしていたある日、とんでもないものを見つける。それが、“サーカス”。BMXを後輪で立て、車体を回転させハンドルにカラダを乗せる、考えただけで頭が痛くなる技だ。
「内緒で練習を始めました。一人で、BMXで何かやろうと思ったのは初めてでしたね。それまでは、ずっと仲間と一緒でしたから」
半年をかけて完成させた。そして、お披露目の日が来る。果たして…。
「みんな驚いてくれて、自分一人ですることの大切さもこの時わかりました。ただ、“それはショーの技だ”と言われたのがショックだった。“サーカス”が好きなのはわかるけど、大会では評価されないって」
これには、落胆した。だが、ある人物との出会いが考えを一変させる。それがオーストラリアのトップライダー、サイモン・オブライエンだ。
「ユーチューブを見ていたら、サイモンが“サーカス”で大会用のバリエーションをいくつもやっていて。僕の中では“サーカス”は完成したもので、それ以上でも以下でもなかったから、こういうやり方があったのか!とハッとさせられました」
ここで早川がすごいのは、サイモンにメールを送ったことだ。自分の動画を併せて。言ってみれば野球少年が大谷翔平にバッティングの動画を送りつけるようなもの。
「驚くことに返事が返ってきたんです。最初は“ありがとう、キミも頑張ってね”、なんていう素っ気ないものでしたが。
僕がサイモンのことをあまり知らなかったのがよかったかもしれない。“サーカス”のバリエーションをする、すごい人ぐらいにしか思っていませんでしたから(笑)。後で周りのライダーに話したら、“レジェンドだよ!”って」
これもきっかけとなり、早川は日本の大会で勝利し、世界へも進出していく。そして、サイモンとも交流を続け、今では家族ぐるみの付き合い。しかも、2019年、18歳の時に、サイモンがいる〈COLONY〉というBMXチームに所属した。もちろん、早川がただのライダーなら、この成功はありえないのだが。
カラダづくりをしてケガをしにくくなった
今、早川はプロとして活動している。撮影時もとにかく休まない。何分かバイクに乗り続け、汗をぬぐい水を一口飲む休憩を挟んでまたBMXに跨る。技もスピーディで、どうバランスを取っているのかがわからない。
倉庫を改造した練習場へ朝9時に行き、夕方の5時まで練習。彼には2人の弟がいるが、彼らもライダー。学校から帰った2人と一緒に7時過ぎから10時までまた練習。トイレ、食事、睡眠以外はBMXの上だろう。
ライダーはパフォーマーであると同時に、アスリートだということがわかる。そして、倉庫の片隅に置かれているのが、いわゆる懸垂マシンである。
「朝、ここ(倉庫)に来て、最初の1時間ぐらいは筋力トレです。始めたのは17歳だから、今から3年ぐらい前。世界戦が日本で行われて、休み時間がほとんどない連戦だった。プロになってすぐの大会だったので、体力がまったく追いつかず後半になると疲れて、もうグダグダ。
そこからカラダづくりもしようと思ったんです。あのマシンだけで懸垂や体幹など、10種類以上のトレーニングができる。ケガをしにくくなったし、力技と呼ばれるパワー系の動きでも、苦にならなくなってきました」
練習メニュー
「普段の練習通りにやってもらえれば、それを追って撮ります」。カメラマンの言葉にうなずくと、早川はバイクに乗り、クルクルと回転を始める。前輪が浮いたり、前後のタイヤから突き出たペグという場所に器用に足を乗せて回ったり。
足が地面につくことはまずないし、見ていてもどう動いているのかさえ理解不能。しかも、全然休みなしで漕ぎ続ける。無限の体力。そんな印象だ。
誰もが憧れるチャンピオンの座に就いた。これからは、ライバルに追われる立場となる。20歳の青年の競技人生はまだまだ長い。これからの活躍に期待して見ていきたい。
「Xゲームズで優勝したことでBMXフラットランドをより多くの人に知ってもらえたと思うんです。だから、たとえばまったく他の業種に応援してもらえるようにしたりとか、これからは自分にしかできないことをやっていきたいと思う。
ただ、これは新技を一から作り上げるのと一緒で本当に難しいこと。前例がないから、できるかどうかもわからない。でも、だから面白いんですよね。
インスタでもただ技を見せるんじゃなくて、海辺で乗ったり、雪の中でやったりもする。BMXの魅力、新しさや楽しさを毎日考えながら、この競技と向き合っていきたいですね」