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2021年、投手部門の賞という賞を総なめにした。日本を代表するエースが今年狙っているのは、もちろんオリックス・バファローズの日本一だ。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.833〈2022年5月12日発売号〉より全文掲載)
山本由伸に最初に取材を申し込んだのは2019年も終盤に差し掛かるころである。球団も快く受け入れてくれ、シーズンが始まる前に会う時間を作ってもらえることになった。だが、翌2020年コロナが世界を襲った。
プロ野球も無観客試合が続いたり、混沌とした時間が過ぎていった。そして、ようやく2022年3月の取材へと辿り着くことができた。
この間、2年と少し。山本は大活躍を見せた。2020年は最終盤に戦線を離脱したが8勝を挙げ、リーグ最多奪三振のタイトルを獲得。そして、圧巻なのが2021年、つまり昨シーズンだ。
18勝5敗、勝率7割8分3厘、防御率1.39、奪三振206の成績で投手4冠に輝く。さらに、沢村賞や、ゴールデングラブ賞、最優秀バッテリー賞、リーグMVPなどほとんどの賞を総なめ。
今や、日本を代表するエースと言っても過言ではない。そんな山本に、取材までのいきさつを話すと、「えーっ、そうなんですか。ありがとうございます」と笑顔で応え、まずは昨シーズンについて語ってくれた。
「開幕直後は調子が安定せず、負けが先行してしまったから、必死に練習していい状態に持っていこうと思っていましたね。自分の中で大切にしている練習がいくつかあるので、それを丁寧にやっていった感じで、それが結果に繫がりました。
僕はストレートが一番だと考えているので、まずこれが決まることが大切。とはいっても、他の変化球も重要な武器なので、すごくこだわりは持っているんです。そして、そのすべてが嚙み合ってくることで、自分なりのピッチングができると思っています」
プロ野球選手の中では、決して恵まれた体格ではない。しかし、最速158kmのストレートと多彩な変化球でバッターを追い詰めていく姿は圧巻だ。とくに、スピードを抑えた大きく曲がるカーブにタイミングが合わず、翻弄させられる選手が多いようだ。
そして今年、2022年シーズンはもう始まっている。開幕投手を務めた山本は、これまで3連勝で、シーズンを挟んでの連勝を18に伸ばした(4月9日現在)。この先、どう勝ちを伸ばすのか楽しみだ。
山本の投球フォームは独特で、他の投手とはまったく違っている。一般的には、肘を先行させ、腕をしならせるようにして投げるのが正しいとされる。ところが、彼の投げ方は肘をそれほど曲げず、伸ばした腕を振り下ろすようなフォームだ。
陸上の“やり投”の動きに似ているように見え、“アーム投げ”と呼ばれることもある。野球では、この投げ方は肩への負担が大きく、良くないといわれてきた。
山本のフォームは、実際にはやり投の投げ方とは違うのだが、腕をあまりしならせない点においては共通している。このフォームになったのには、確固とした理由がある。オリックス・バファローズにドラフト4位で指名される以前、つまり高校までは、彼も一般的なフォームで投げていたのだ。
「入団して1年目、試合のあとの肘の張りがひどかったんです。これじゃ、ローテーションでは投げられないと思いました。そのときは中10日(一度投げたあとに10日を空ける。日本のプロ野球ではローテーションの場合は中5日、中6日が多い)だったんですが、それだけ休んでも張りが収まってくれない。どうにかしないとダメだと感じていましたね」
この年のオフ、山本は筒香嘉智(当時レイズ、現パイレーツ)と自主トレを行った。そして、そのとき同行したトレーナーに、肘に張りが出ることを話した。
実は、このトレーナーとは以前にもトレーニングを行ったことがあり、それだから山本は彼に信頼を寄せていたのだろう。まったくの初対面では、自分の野球人生を左右するような、フォームの改造など相談できることではない。
「肘に張りが出るということは、そもそもカラダの使い方が間違っていると言われました。そこから、すべてを変えていったんですね。バランスよく必要なところに筋肉がついていくようなトレーニングを行いました。ピッチャーに必要な筋肉ということではなく、人間本来のカラダの機能を高めていくような方法です。
機能が低下して使えなくなっている部分があったり、左右で偏りがあったりすると、投げる動作にも悪影響が出てしまう。そういうのを消していくことで、無理のない動きができるようになります。まず、まっすぐ立つ練習から始めて、軸を保てるような姿勢、骨盤の動き、胸郭の向き、呼吸のときの空気の入れ方、そんなところからやっていったんです」
ブリッジの写真も、そのひとつ。「これは、メディアで取り上げてもらっていますが、もちろんこれだけでなく、いろいろ地味なトレーニングをやっています」と、山本は笑う。そして、これがトレーニングのほとんどすべて。ウェイトトレーニングは一切行っていない。
「ウェイトにはウェイトで良さがあります。でも、僕のトレーニングは、それとは真逆のことをやっているので、同時にやることは不可能なんです。ウェイトを極めても、すごくいい結果は出ると思いますよ。
ただ、ウェイトトレーニングをやって、僕のトレーニングも取り入れるという人がたまにいる。そうすると、どちらも中途半端になってしまい、いい結果が得られないと思いますね」
あるとき、山本はトレーナーに一枚の写真を見せてもらった。セピア色のかなり古い写真だ。そこには、昔の女性が米俵を背負子で運んでいる様子が写し出されていた。
「1俵って60kgじゃないですか。多い人はそれを5、6俵。少ない人でも2俵は担いでいたんです。120kgなんて重量を持って歩くことは、普通できないじゃないですか。筋力トレーニングをしていても難しい。
これは、すごい写真だなぁって。あの人たちは生きるために、必然的にカラダの使い方を覚えることで、担ぐことができるようになっていったんでしょうね。ピッチングにも、似通った部分があると思いました」
こうして、類い稀なる個性的な投手は誕生した。ただ、プロ野球はシーズンがとても長い。そのなかで体調は、常に変化を繰り返す。もちろん、そのためのケアも怠らなかった。入念にマッサージしてもらうことを、自分の大事な時間として捉え、実践した。
しかし、軽い肉離れなどをしてしまうことが多く、何か足りない部分があると感じた。そして、取り組んだのが食事の改善である。
「2年前ぐらいから、調理師さんと栄養士さんにお願いして3食作ってもらうようにしました。そこから、疲労回復のスピードが速くなったと思えるようになったし、去年も一年間カラダに不安なく過ごすことができた。食事の大切さをすごく感じましたね。
やっぱり、カラダに直接入ってくるモノなので、今はトレーニングより大事だと思っています。コロナの前までは、先輩にゴハンに連れていってもらうと焼き肉なんかが多くて、僕も19歳とか20歳だったのですごく食べた。そうすると、食べ物を消化するのにエネルギーが使われてしまい、寝ている間にカラダを回復できずに朝を迎えてしまうことも多かった。外食では栄養も偏りますし。
ただ、栄養士さんは食事の楽しみも大切にされていますので、週に1、2回なら外食も大丈夫と言ってくれています。外食して帰ってきたら果物を食べるとか、サプリなどで補うように指導をしてもらっているんです」
オリックス・バファローズは、昨年リーグ優勝は果たしたが、日本シリーズでは惜敗した。それだけに、今年に懸ける山本の想いは強い。
「個人的には昨年の成績を上回りたいですし、チームとしては去年日本一を逃しているので、そこを目指したいです。メジャーというのは大きな目標の一つ。ただ、今はオリックスの一員としてシーズンに集中していくことが大切。
そして、それができれば、必ずいい方向へ繫がっていくはずです。去年一年でチームも成長できたし、今年はより強くなった姿を見せられたらうれしいですね」
取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.833・2022年5月12日発売