吉元玲美那(女子レスリング)「『パリも須﨑さん』を覆したいんです」
2021年10月に行われた世界選手権で優勝した。強力なライバルが居並ぶ女子最軽量級で、伸び盛りの大学生は3年後のオリンピックを目指す。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.824〈2021年12月16日発売号〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/鈴木大喜
初出『Tarzan』No.824・2021年12月16日発売
Profile
吉元玲美那(よしもと・れみな)/2000年生まれ。151cm、50kg。埼玉栄高校2年時にジュニアクイーンズカップ、JOC杯カデットの部、インターハイ、世界カデット選手権で優勝。19年から全日本学生選手権2連覇。20年、全日本選手権で優勝。21年、日本選抜選手権、世界選手権で優勝した。
とにかく目の前の一戦を勝つこと
世界でも、その強さに定評がある日本の女子レスリング最軽量級。その中で頭角を現し始めたのが、吉元玲美那である。
東京オリンピック後の10月に行われた世界選手権の女子50kg級で見事に優勝を果たした。決勝の相手は、東京五輪で3位入賞を果たしたS・ヒルデブラント。前半に背後を取られて3ポイントをリードされるが、2点挽回。
後半にはタックルで相手を場外に押し出し同点にすると、残り45秒で2点を奪い逆転するという、スリリングな展開であった。大会の様子をまず吉元に語ってもらった。
「憧れていた大会だったので、実感が湧かなくて、とにかく目の前の一戦一戦を勝つことに集中していました。決勝は、本当にギリギリだったけど、何のためにここまで来たんだと最後まで集中して勝つことができました。
実は、自分が思っているほどは緊張していなくて。それよりも、大会前にこっち(至学館大学)で練習しているときのほうが不安はありました。ヒルデブラント選手は強いとは思っていたけど、絶対勝たないといけない相手だと思っていたので、負けるとは考えていませんでした。最後はヒヤヒヤしましたけど(笑)」
吉元にとっては、この大会でようやく自分に納得できたのだろう。2020年、彼女は全日本選手権で優勝しているのだが、その前の全日本で1位になった須﨑優衣と、入江ゆきが出場していなかった。
現在、最軽量級ではもっとも実力があるとされる2人。とくに須﨑は別格で、東京オリンピックでは、全試合で失点なしのテクニカルフォール(規定の得点差をつけた場合勝利となること。フリースタイルでは10点)で勝ち、とんでもない強さを見せつけた。
「大学1年生(2019年)のときはゆきさんに負けたんですが、彼女にリベンジしない全日本での優勝だったから、本当に自分が一番上とは思っていませんでした。ただ今回の世界選手権でようやく近づけたという実感がありました。
まだ、ゆきさんたちに追いついたとは思っていないのですが、もっと練習をしっかりやって近づきたいと思っています」
至学館大学はレベルがまったく違っていた
兄の影響で3歳のころからレスリングを始めた。才能はすぐに開花する。小学校のときから全国大会で何度も優勝しているのだ。吉元が言うには、競技に本腰を入れ始めたのは小学校3年生のときだったらしい。
「週6回、練習していました。全国大会の前は日曜日にも、親に県外まで練習に連れていってもらったりと、とにかく全小(全国少年少女レスリング選手権)で優勝することだけを目指していました。
ただ、何回もやめたくなったときもあります。小学校で周りのみんなは遊んでるじゃないですか。ただ、全国大会で勝ったときのうれしさが忘れられなくて、それで続けていけたんです」
中学、高校はレスリングの名門・埼玉栄に進学する。「練習だけでなく、挨拶や礼儀だったりと人間性の部分も学べました」と吉元は笑う。高校2年のときにジュニアクイーンズカップ、JOC杯カデットの部、インターハイ、世界カデット選手権で優勝し実力を見せつける。3年ではインターハイで2連覇を果たした。
そして大学だが、吉元にはココロに決めた学校があった。それが、至学館大学。いわずもがな、最強のレスリング部がある。卒業生には、吉田沙保里、小原日登美、土性沙羅、川合梨紗子・川合友香子姉妹と実に錚々たる顔ぶれである。
さらに、大学では吉元の憧れだった登坂絵莉が練習していた。ただ、当時の至学館はある騒動で揺れていた。しかも、埼玉栄から至学館に進学した人も過去にいなかった。「何でそこ(至学館)が候補に入ってるの?」なんてことを、周りからも言われた。
「親とも話し合ったのですが、これまでレスリングをやってきて、ここから先で今まで以上にがんばれる環境じゃなかったら後悔するって言ったんです。イヤでもがんばれる環境というか(笑)。そのときはまだ、オリンピックへの想いはなくて、インカレで優勝したい、それなら至学館しかないという気持ちで選びました。
憧れの先輩もいたし、練習相手にもまったく困らない。至学館では高校生と一緒に練習するのですが、下からの追い上げというか、そういうのも感じられる。ここを選んだのは本当に正解だったと思います」
指導するのは栄和人監督。これまでに何人ものオリンピック金メダリストを育て上げた名伯楽である。彼はインターハイ2連覇の吉元に「基本がなってない」と、言い放った。
「高校までは基本ができていると言ってもらっていたんです。でも、ここに来ると監督の求める基本のレベルが高いので…。最初は後ろのマット(至学館には練習場入り口から入ってすぐにマットがあり、その後ろにもうひとつある。
強い選手は主に前のマットで練習する)でやってて、でも先生に見てほしくて前でやるようになったのですが、最初は言われたことができない。それができるようになると次を教えてくれる。だから、できるだけ早く覚える。それを大切に今もやっています」
吉元がもうひとつ驚かされたことがある。栄監督に、吉元は守りはできているが、攻撃をしかけることができていないと言われたのである。
「初めて言われて、ビデオで見返してみると、確かにそうなんです。攻撃に入ろうとはしているんですが、行けないことが多かった。だから、30秒に1回は必ず攻撃するという練習をしました。これをやったことで、これまで一定のリズムで攻撃していたのが、緩急をつけられるようになりました。まだまだですけど」
今意識しているのは、相手を押すタックル
今日も吉元はマットの上にいる。朝の練習が終わって、午前の授業が空いた日には体幹や脚力の強化に努める。夕方からの練習の後は、その日の練習で納得がいかなかった部分を反復する。栄監督の前では直立不動。1週間ごとに、自分が意識しないといけないことをノートに書き込む。
とにかく真面目。彼女の生活のすべてはレスリングのためにある。そして今、意識しなくてはならない課題のひとつがタックルなのだ。
「タックルに5回入っても、2~3回ぐらいしか取れないんです。5回入ったら5回取れるようにならないと。(タックルのときに相手の脚を)引いてしまうクセがあるんです。本当は前に出ないとダメ。進んで相手を押さないといけない。そうしないと逃げられてしまったり、逆に取られてしまうことが多いんです」
オリンピックの女子レスリングは2004年のアテネ大会から競技に加えられた。まだ5大会が過ぎたところだ。そんななか、女子最軽量級(16年のリオまでは48㎏級、21年の東京は50㎏級)では、日本人選手はどの大会でも銀メダル以上を手にしている。そして、そのバトンが吉元の手に渡る可能性も、もちろんある。
「パリでオリンピックが開催される1年以上前、つまり22年の12月と23年の6月に行われる全日本を2つとも取らないとオリンピックに出場するのは難しいんです。けっこう時間がないんですけど、とりあえず意識するのは毎日を全力で取り組むことと、自分に噓をつかないこと。
体力がないのでもっとつけなくてはならない。技術もまだまだだから、監督の指導に全身でくらいついて、自分に限界を作らないで一つ一つのメニューに取り組んでいきたいです。一日一日を大切に過ごしたいですね」
ただ、最軽量級は日本人が得意とする階級だけに、確実に世界一になれるだろうという選手がズラリと顔を揃えている。
前述した須﨑、入江もそうだが、五十嵐未帆、伊藤海などだ。まずは、彼女たちと戦い、勝利することが重要だ。オリンピックで金メダルを獲るよりも、代表の座を手に入れるほうが難しいだろう。
「とくに須﨑さんは東京オリンピックではこれまでなかったようなすごい内容の試合をしていました。だから“パリもやっぱり優衣さんだね”なんて思っている人も多いんです。それを覆したいんですよね。自分を応援してくれる人もたくさんいるので、その人たちのためにもがんばっていこうと思っています」