走幅跳8m62を跳ぶ、義足のジャンパー。世界新をマークする瞬間を見逃すな!
男子走り幅跳びの世界記録は、1991年にアメリカのマイク・パウエルが世界選手権でマークした8m95。以来破られていない記録は、9月1日(水)に行われる東京パラリンピックで更新されるかもしれない。
取材・文/宮崎恵理 撮影/吉村もと
マルクス・レーム(ドイツ)は、パラ陸上競技で活躍する義足のジャンパーだ。2012年ロンドンパラリンピックに初出場して金メダルを獲得、2016年リオ大会でも2連覇を達成している。
パラリンピックでの金メダル数以上に、レームを世界的なトップアスリートとして有名にしているのが、その記録だ。
2021年6月1日、レームは8m62の世界新をマークした。ポーランドで行われたパラ陸上のヨーロッパ選手権での記録だ。2018年8月に同じくヨーロッパ選手権で自身がマークした8m48を14cm更新する、大ジャンプだった。
5年前、リオオリンピックの男子走幅跳で優勝したジェフ・ヘンダーソン(アメリカ)の記録は、8m38。もし、現在のレームがリオオリンピックに出場していれば、金メダルを獲得していたかもしれない。レームの記録は、オリンピックのメダル級なのである。
義足での利き足踏切が躍進のカギに。
マルクス・レームは、1988年にドイツで生まれた。14歳の時、ウェイクボード練習中の事故で右足ひざ下を切断。少年レームは、家族と山歩きを楽しみながら、硬い金属の棒のような義足での歩行に慣れていった。
小さな小石を踏んでわずかに傾くバランス、木の葉で滑る靴底を義足から感じ取り、上体のバランスに修正をかけていく。その後、レームは義足で再びウェイクボードやスケートボード、自転車などに挑戦した。
幼少期に走幅跳をしていたこともあり、切断してから5年後に義足で陸上競技をスタートさせた。日常用の義足を使って初めて跳躍した時の記録が、5m15。これが、関係者を驚愕させる。パラ陸上のドイツ記録を上回る距離だったのだ。
パラ陸上の走幅跳を始めたばかりの頃、レームは利き足ではない左足で踏み切っていたという。もともと右足が利き足だが、義足での踏み切りに恐怖心があったからだ。コーチから「利き足である義足で踏み切ってはどうか」というアドバイスを受けて、踏切足を変更。すると、みるみる記録が伸びていった。
記録が世界的議論を呼んだ。
初出場した2012年ロンドンパラリンピックの記録は7m35。2014年には、ドイツ国内の一般の陸上競技に出場し、8m 24で優勝する。2015年のパラ陸上世界選手権で8m40の世界記録(当時)をマークし、ロンドンオリンピック金メダリストの記録を超えた。
こうした記録更新が、国際的な議論を生み出してもいる。パラリンピックには、オリンピックに出場する選手がいる。ロンドンオリンピックでは、両足義足のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)が400mで準決勝に進出した。
レームもリオ大会でのオリンピック出場を目指したが、国際陸上競技連盟から「カーボン製競技用義足の優位性がないことを証明しなければ、オリンピック出場は認められない」という条件が出される。ケルン体育大学の教授とともに研究を続けているが、その証明には至らず、断念した経緯がある。
驚異的な記録と、カーボン義足に関する議論が、レームを世界的に有名にしているとも言えるのだ。
人類最長記録をマークするか!?
レームにとって、日本は相性の良い場所だ。2018年、3年ぶりに8m47の世界記録を更新したのは、日本で開催されたパラ陸上競技大会でのことだ。試技6回目に、世界新となる跳躍を見せ、集まった観客も日本パラ陸上の選手や関係者も、沸きに沸いた。8m47は、2018年当時、一般の陸上競技での世界ランキング3位相当だった。
「アメイジング!」レームも、喜びを爆発させていた。2年後の東京への大きなステップ、いやジャンプになったはずだ。
そして、迎える東京パラリンピックで、レームは3連覇を目指して走幅跳のピットに向かう。一般の男子走幅跳の世界記録は、1991年にアメリカのマイク・パウエルが、東京で開催された世界選手権でマークした8m95。30年間、誰にも破られていない。
「まさに、マジックナンバーですよ! いつかは超えたい。それが、東京パラリンピックの舞台なら、最高です!」
レームは、人類最長のジャンパーになるのか? 世界新を叩き出すスーパージャンプの瞬間を、見逃すな!
東京パラ・走幅跳のココに注目!
- 砂場から飛び出しそうな大ジャンプ!
- マルクス・レームが出場するパラリンピック男子走幅跳(T64クラス)は、9月1日(水)。
- 走幅跳専用にレームが開発した競技用義足(ブレード)のかっこよさ!