防げ、動脈硬化・血糖値スパイク・糖尿病。運動が「血管を守る」メカニズム

地道なトレーニングの継続が、カラダにとって貴重なインフラ(=血管)を守ってくれる。「フィットネスと血管」の関係を3つのトピックで学ぼう。

取材・文/井上健二 監修/久野譜也(筑波大学人間総合科学学術院)

初出『Tarzan』No.811・2021年5月27日発売

寿命を決めている大事な血管を、運動が蘇らせる。

カナダの伝説的内科医、ウイリアム・オスラーは約100年前、「人は血管とともに老いる」という名言を残した。血管は全長9万kmに及び、約37兆個の全細胞に血液を届けるインフラ。血液から酸素と栄養素が得られないと生命活動はストップする。

水道管や高速道路のような社会的インフラなら、古くなったら取り替えられるが、困ったことに傷んだ血管を取り替えるわけにはいかない。だから、オスラーの言う通り、「人は血管とともに老いる」のである。

血管へのダメージでいちばん深刻なのは、動脈硬化。運動不足や肥満などによって、心臓から末梢へ血液を送る動脈が硬くなり、血液が詰まりやすくなった状態である。動脈が心臓で詰まると心臓病、脳で詰まると脳卒中となり、いずれも日本人の死因のトップランクを占める。

「庭仕事のために買ったばかりのホースは柔らかくてしなやかですが、庭に何年も置きっぱなしだと徐々に硬くなり、水を通しにくくなって、少しでも力を加えるとひび割れたり、パキンと折れたりします。動脈硬化を起こした血管は、長年放置していたホースのように脆くなり、血液を通しづらくなるのです」(筑波大学人間総合科学学術院の久野譜也教授)

命を守るために最重要な血管をレスキューするのが、有酸素運動。何がどういいかは、次の項目で!

大切な血管を傷つける「食後高血糖」を防ぐ。

血管にダメージを与えるものとして近年話題なのが、食後に血糖値が急激に上がること。食後高血糖(血糖値スパイク)だ。食後高血糖が起こると、有害な活性酸素が生じやすくなり、動脈を傷つけて動脈硬化が起こりやすい。

血糖値が上がり、下がらなくなるのが、糖尿病。他の生活習慣病と同じように、かなり進行するまで痛みや不快感などの自覚症状はない。

糖尿病の判定には、空腹時の血糖値や、過去2か月間の血糖値の平均値を示すヘモグロビンA1c(HbA1c)が用いられる。だが、空腹時血糖やHbA1cが正常でも、食後高血糖が起こっている可能性は否定できない。とくに食後に眠くなる人は、食後高血糖が生じ、その反動で血糖値が急に下がっている恐れがある。

食後高血糖から血管を守るのは、筋トレと有酸素運動の組み合わせ。

血糖の最大の引き受け手になるのは、筋肉。筋トレで筋肉を肥大させると、血糖の貯蔵庫が広がるので、食後高血糖が抑えられる。加えて、食後にウォーキングや階段昇降などの軽い有酸素運動を行うと、運動のエネルギー源として血糖が消費される。それにより、食後高血糖は避けられるのだ。

糖尿病ではない健常者を対象とした実験
糖尿病ではない健常者を対象とした実験。食後の血糖値の上昇を比べると、運動をした群の方が有意に低く抑えられている。
Chinmay Manohar et al., Diabetes Care 2012 Des; 35(12): 2493-2499.

③ 有酸素運動によって、血管は若返る。

心理学は、他人と過去は変えられないと教える。起こってしまったことにクヨクヨするなという戒めだが、同じように、すでに起きてしまった動脈硬化はチャラにはできない。

でも、過去の不摂生がもたらした動脈硬化をリセットできる方法が一つだけある。それが、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動だ。

「有酸素を行うと、全身の血流が改善します。すると活発な血流により、血管壁にシェアストレス(ずり応力)が加わる。その刺激により血管壁を構成している内皮細胞から、一酸化窒素(NO)が分泌されます。NOには血管を緩める働きがありますから、そのおかげで動脈硬化が緩和されるのです」

動脈硬化の有無は、専門的には人間ドックの頸動脈エコーなどで判定するが、より手軽な指標となるのは、血圧。血圧高めなら動脈が硬くなっていると覚悟した方がいい。高めだった血圧が、有酸素をしばらく続けて下がってきたら、リカバリー効果が出てきたと考えていいだろう。

有酸素運動には、毛細血管を新生させる働きもある。血管の90%以上は毛細血管。それが増えると血流が円滑になり、血圧は下がりやすい。高血圧自体も動脈硬化を進めるが、毛細血管が増えると血管に加わる圧力が弱まり、高血圧にも動脈硬化にもブレーキがかけられるのだ。

1日8000歩から有酸素運動を始めよう。

血管を守り、体脂肪を減らすには、有酸素運動をどのくらいやればいいのか。WHO(世界保健機関)では、成人に必要な運動の指針として、1週間に激しい有酸素を75分以上か、緩やかな有酸素を150分以上行うことを薦める。前者なら毎日10分以上、後者なら毎日20分以上なので、クリアするのは大変。

ハードルが高すぎると、継続は難しくなる。そこで、久野先生はよりわかりやすく、手軽なウォーキングで1日8000歩以上歩くことを薦めている。

日本の成人男性の平均歩数は1日7000歩、成人女性は6000歩とされている。1000歩は約10分の歩行に相当するから、男性なら10分、女性なら20分の歩行をプラスすれば、1日最低8000歩がクリアできそう。

「ハードルを下げるために、歩き溜めはできると考えてOK。1日単位ではなく、1週間平均で1日8000歩をクリアしましょう。6000歩しか歩けない日があったなら、翌日頑張って1万歩歩けばいいのです」