「世界で戦うために、必要な部分が見えてきた」北海道銀行フォルティウス
現在のレギュラーメンバーになり3年、念願の日本選手権に優勝した。まだまだ道半ばだが、22年北京五輪での金メダルへと歩み続けている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.808〈2021年4月8日発売号〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴
初出『Tarzan』No.808・2021年4月8日発売
日本一になって、世界選手権に出場。この流れで五輪を目指す。
今年2月に行われた、カーリングの日本選手権で優勝を飾ったのが北海道銀行フォルティウス(以下北海道銀行)である。このチームのレギュラーメンバーが固定されて3シーズン目。前2シーズンは3位の苦杯をなめさせられた。立ちはだかったのは、2018年の平昌オリンピックで銅メダルを獲得したロコ・ソラーレと、そのライバルと称された中部電力だ。
今大会で、北海道銀行は準決勝で中部電力を大差で下し、決勝ではロコ・ソラーレと死闘を繰り広げ、見事、チャンピオンに輝いたのだ。02年のソルトレイク、06年のトリノ、14年のソチ・オリンピックに出場した、チームの精神的柱といえそうなベテラン、船山弓枝はまずこう語った。
「中部電力戦は大差がついたといわれますが、私たちはとにかく一戦一戦必死でやっていましたね。ただ、準決勝では前半に点が取れたので、後半はシンプルな展開で進めようと考えました。それでも、最後まで気を引き締めながらプレイしました」
ロコ・ソラーレ戦はスリリングな展開となった。その戦いの凄さを理解するために、まず、カーリングのルールなどを記したい。
この競技では敵味方4人の選手が交互に2投ずつストーンを投げて勝負を決する。最終的にはハウスと呼ぶ円の一番内にストーンが残ったチームの勝利。一番中心に近いのが黄色なら、まず1点。2番目もなら計2点だ。ただし、2番目が赤色なら得点は1点に留まる。試合では、これを10回行い、合計得点を競う。ポジションは最初に投げる選手がリードで、その後がセカンド、サード、スキップとなる。
実際のゲームでは、ストーンの位置を考えながら進める。氷上に置かれたストーンの裏に隠すように投げたり、強いショットでストーンを弾き出したり。自分たちが優位になるようにゲームを展開する。カーリングが氷上のチェスといわれる所以だ。
さらに、スイープという、ブラシで氷面を擦る動きも重要になる。氷を擦ることで摩擦力が減り、ストーンの距離が延びたり、進めたい方向へストーンを導くことができる。ただ、この作業が大変。全体重をブラシにかけ、とてつもない速さで擦る。1日で2kgも体重が減ることもあるという。つまり、この競技は頭と体力の両方が必要不可欠なのである。
実際に練習を見たが、ストーンの位置から、次に投げる場所を検討するときは、みんな真剣そのもの。多くの作戦をコーチと具体的に探っていく。ただ、練習の合間に見せる彼女たちの笑顔から“このチームは本当にまとまっている”と感じられるのである。氷上に時折、響く笑い声。
優勝をイメージして練習、その通りのことができた。
ロコ・ソラーレとの決勝に話を戻す。第3エンド(つまり10回のうちの3回目)まで、北海道銀行は3―1とゲームを優位に進めていた。ところが、第4エンドにスキップの吉村紗也香の2投目(つまり最後の1投)に、スイープしていたセカンドの近江谷杏菜のブラシが当たってしまったのである。
ルールでショットは無効。ロコ・ソラーレに2点を献上してしまったのだ。こういうミスは流れを変えてしまうことが多い。しかし、北海道銀行は冷静だった。
「あの石(吉村の最後のストーン)自体はすごくいい位置に置くことができたのです。でも(ブラシが当たるアクシデントが)起こったことは仕方ない。みんなで切り替えて杏菜ちゃんに“大丈夫だよ”と、声を掛けました。それができたことがよかった」
こう語るのは、サードの小野寺佳歩。そして、ここを踏ん張ったチームは第10エンドに2点を入れ、逆転で勝利した。
「毎日、毎日、優勝をイメージして練習してきて、その通りに勝つことができました。優勝から遠ざかっていたし、緊張した場面も本当にたくさんありました。そのぶんうれしかったです」(近江谷)
5人がいたから最後まで戦えた。
さて、カーリングでは選手のポジションを適材適所に配することが重要。たとえばリード。最初に投げるので、氷の状況が分からない。そのなかで、作戦の基礎となる位置にしっかりと置くためには、ストーンの微妙なスピードとラインの調整が必要となる。
「試合だと特徴のある石(ストーン)があって、それを上手く投げていい位置に置くのはすごい」
リザーブの伊藤彩未は船山をこう評す。ストーンはすべて一緒ではない。8個のうち1、2個は他とは違った滑り方をする。船山がこれらの特徴のあるストーンを正確に投げることで、他の3人は普通のストーンを投げられるというわけなのだ。
セカンドは自分が狙った場所に止めるショットと、速くて相手のストーンを弾くショットの両方を投げられないとならない。そして、近江谷の2投で前半の攻防が終わるのだ。
サードはスキップへの繫ぎとなる。スキップが楽に得点できるようなポジションにストーンを配置する。そのためには多彩なショットが必要。「止める、弾くなどいろんなショットが得意なので選んでもらっていると思います」と、小野寺も言う。
最後にスキップ。この2投で得点できるか否かが決まる。正確なコントロールと強い精神力も必要になる。
「春からトレーナーの方にメンタル面の指導をお願いしました。昨年の自分は切り替えができなかったり、自信がなかった部分もあった。トレーニングで自分自身が変わっていけたことが、今年の日本選手権に繫がったと思っているんです」(吉村)
そして、リザーブ。選手がケガで欠場したときの交代要員である。ただ、昨年に加入した、若い伊藤の場合はそれだけではないようなのだ。
「彩未ちゃんが入ってチームが明るくなったし、試合前にも笑顔で送り出してくれます。それに、試合を見て、それを分析してアドバイスも的確にしてくれるんですよ」(吉村)
5人がいたから最後まで戦えた。船山が振り返って話してくれた。
「カラダ作り、メンタル面、いろんなことにチャレンジしてきて、今年ようやくそれが実ったということですね。ただ、まだまだ先がありますから、それに向けて進みたいです」
4月30日から世界選手権が開催される。北海道銀行が出場するが、ここで6位以内に入れば、オリンピックの出場枠1がもらえる。そして、もしこの枠が獲得できたら、今年の覇者北海道銀行と昨年の覇者ロコ・ソラーレでオリンピック代表を懸けて争う予定だ。まだ、どのチームが行けるか決定していないのである。
「世界選手権ではメダル圏内を狙いたいです。まず、それでオリンピックの1枠を決めたいんです」(船山)
「オリンピックで金メダルを獲ることを目標としてやってきて、まず日本選手権で優勝できるまでにレベルアップできた。さらに、世界で戦うために伸ばしていかなくてはいけないところが見えてきているので、それをやっていきたいです」(近江谷)
「技術面、精神面、体力、そしてチームワーク。すべてのレベルをアップさせたい。ただ、まずは世界選手権で金メダルを目指してチーム一丸でがんばりたいですね」(小野寺)
「オリンピックの前年の世界選手権は国の代表がほとんど揃うので、経験できるのは大きいです。自分たちがどのレベルにいるのかを確かめて、さらに実力を上げたいです」(吉村)
「自分のスキルや体力面を上げるのはもちろん、チームを最大限サポートしていきたい。オリンピックの金メダルを狙いたいんです」(伊藤)