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「“近代五種の水泳部”。勘違いから、五輪へ。環境の差は努力で補う」近代五種・岩元勝平

海外選手は子供の頃から親しんでいる近代五種。高校卒業後に始めた彼は、それでも世界と戦える実力を身につけた。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.795〈2020年9月10日発売号〉より全文掲載)

近代五種とはどんな競技なのか。

昨年、中国の武漢で開催された近代五種のアジア・オセアニア大会は、東京オリンピックの予選を兼ねた大会でもあった。ここで、岩元勝平は日本人最高位の7位に入り、リオデジャネイロに続き、2大会連続の五輪出場に近づいた。

さて、近代五種である。日本人には少々馴染みの薄い競技であろう。岩元自身も「まだまだ、マイナーですね」と、苦笑する。そこで、まずこの競技を彼に解説してもらった。

「近代五種はフェンシング水泳馬術、それにレーザーランと呼ばれる、中距離走射撃を合わせた5種目を1日で行い、勝敗を決めます。1種目ずつポイントが加算されていって、順位が決まるのですが、すべてで自分のベストを尽くせる体力と、ポイントを重ねる戦略的な部分を試される競技だと思っています」

岩元勝平

1種目目はフェンシングである。近代五種の出場選手は36人なのだが、フェンシングでは総当たり戦となる。1ポイント制で、どちらかがポイントを取ると、すぐ移動して次の対戦相手と戦う。息つく暇もないという言葉通りなのだ。すべての戦いが終了するのに2時間はかかる。

「フェンシングはポイントが高いので、ここで取りこぼすと上位を狙うことができなくなる。といっても、対人競技だし、難しい部分もありますね。それに、長い時間集中するのはすごく大変で、それでも7割以上の勝利を目指すことが重要です」

2種目目は水泳。200mの自由形だ。この競技は、ほとんどの選手の実力が、拮抗しているという。

「獲得できるポイントが低いので、差がつきにくい競技でもあります。だから、目標は他選手に勝つというより、自分のベストタイムを目指すというところになってきますね」

水泳の次は再度フェンシングをはさみ馬術だ。この競技のみ減点方式である。300点を満点として、障害物をクリアできなかったり、制限時間内にゴールできないと1秒ごとにポイントが引かれていく。大変なのが、初見の馬に乗ること。20分のウォーミングアップをしたら、すぐに本番ということになる。

岩元勝平

「下手すれば0点もあるし、300点ということもある。差が出やすいんです。ミスできない種目ですね。馬によって性格が全然違いますから、ウォーミングアップでそれをしっかりと知ることができる技術が必要になると思います。どうしても言うことを聞いてくれない、ってこともないことはないんですけどね(笑)」

最後がレーザーラン。射撃とランニングを交互に4回行う。レーザーピストルで10m離れた場所から直径約6cmの的を狙う。5回命中すればランへ。しかし、命中しなければ50秒間撃ち続けなくてはならない。これが終わると800m走へ。4回で計3200mを走り切るのだ。

「呼吸が上がっているなかで、的に当てるのが難しい。とにかく、体力と正確さの両方を求められる種目で、厳しさを感じる競技でもあります」

水泳の担当だと勘違いした。

どうだろう。この競技の過酷さがわかっていただけたであろう。実はこの競技は、近代オリンピックの父と呼ばれるクーベルタン男爵が考案した。古代オリンピックではペンタスロンという五種競技があり、その近代版ということで、この名がつけられたのである。

キング・オブ・スポーツとも呼ばれ、ヨーロッパでは人気も高い。そのため、かの地の選手たちは、幼い頃から近代五種という競技と交わっていく。ところが、日本ではそんな選手は稀有。岩元も高校を卒業してから、この競技に取り組むようになったのだ。

岩元勝平

「高校時代までは長距離の水泳選手でした。3年時に大会に出場したとき、自衛隊で近代五種をやらないかとスカウトされて、やってみようと思ったんです。でも、そのときはこの競技のことはまったく知りませんでした。インターネットで調べると、5種目を行うことはわかったのですが、まさか自分一人でとは! 自分は水泳を担当するのか、近代五種の水泳部に入るのかって思ってたぐらいです」

近代五種の日本選手は水泳出身者が多い。なぜなら、水泳は特殊な競技だからだ。子供の頃から、水中という環境に馴染んでいないと、なかなか上達することはできない。岩元は超高校級の選手ではなかったが、その持久力にも注目されたのであろう。なんといっても、フェンシングやレーザーランなど、戦いが長時間に及ぶ種目があるのだから。ただ、まったく未経験の種目ばかりだった。

「未知すぎて何をやったらいいかわからないという状況から始まりました。ただ、そのぶん楽しかったですね。初めての競技に接することができたし、自分にはこんなこともできるんだという新しい発見の毎日でしたから。がむしゃらにやるという言葉がピッタリなほど没入しました」

岩元勝平

本当に夢中になったのであろう。たった4年間で、近代五種全日本選手権大会で優勝し、日本のトップへと上り詰める。ただ、そのときはオールマイティに強さを発揮する選手では、決してなかった。とくに、フェンシングが苦手だったのだ。何か穴があると世界では戦えない。

「あの頃は精神的にもまだ弱かったと思うんです。高校のときから本番に弱くて、なかなか結果が出なかった。しかも、相手がいて正面向いて戦うなんていう経験がなかったですからね。駆け引きということすら、まったくわからなかった。だから、(ポイントが)取れるときには取れるんですが、連続して取られてしまうと余計な考えが生まれてしまって、ココロが揺れてましたね」

ただ、ひとつ、岩元にとってはラッキーな出来事があった。彼が近代五種を始めて1年余り経ったとき、つまり北京オリンピック後に、競技時間を短縮するために、それまで陸上と射撃が別々の種目だったのが、レーザーランに変更されたのだ。

「あれは大きかったですね。前は精密射撃という独立した種目があって、それが得意ではなかった。性格上向いてないんです。静止した状態で、会場もシーンとしているなかで撃つのですが、そういう状況だとなかなか満点が取れなかった。ランニングも3000mだったのですが、これも速い選手との差があった。でも、レーザーランになると、いろんな戦略が見えてくるんです。

たとえば、走るのが苦手な選手でも、射撃が得意ならば遅れても取り返すことができる。上手い選手なら10秒ほどで、5発的中させますからね。後から来た選手が、早々と撃ち終わって走り始めれば、他の選手は動揺するんですね。そういう勝負の機微というのも自分には合っていた。だから、もしあのままの形態だったら、正直どうなっていたかはわからないです」

初めての海外でコテンパンに。

今、岩元は世界の中でもトップクラスの実力がある。しかし、最初に世界と戦ったときには、その差に愕然としたという。当たり前である。外国人選手は、子供のときからみっちりと5種目を練習してきたのだ。

「初めて海外の大会に出場したのは、3年目に入った年の世界ジュニア選手権でした。あのときは、絶対に勝てないというぐらい、コテンパンにされたんです。総合力が桁違い。僕はその頃は、走るのと、泳ぐのしかできない。すべてが普通にできて、得意な種目がいくつかあるというのが理想。それでも、年数を重ねていくごとに、下(不得意種目)がだんだん上がってくるんです、そのなかで得意なものも伸びていって、ダメだったのも平均ぐらいになっていく。そうして、ようやく世界でも戦えるようになっていったと思います」

岩元勝平

岩元はとことんやり抜いてきたと言う。それはそうだろう。すべての選手が同じ努力をしていたら、いつまで経っても、上位には食い込めない。ただ、自衛隊に入って、日本では最高の環境で練習ができているが、外国に比べたらまだまだのようだ。

「今は月曜日の午前にレーザーランをやってクールダウンの水泳。午後はフェンシングです。火曜は馬術と水泳と、フェンシング。水曜は水泳と筋力トレーニング、そしてランニング。木曜日は、月曜日のローテーションに戻ります。日本では十分練習できているほうだと思います。でも、海外は1日で5種目やる選手も多い。朝から馬に乗って、その後の世話を他にまかせて、次の種目に移る、とか。だから、その選手たちに追いつくのは厳しいんですよね」

岩元勝平
岩元勝平(いわもと・しょうへい)1989年生まれ。177cm、70kg、体脂肪率4%。自衛隊体育学校に奉職し、近代五種を始める。2014年アジア大会で銅メダル。16年、リオデジャネイロ・オリンピックに出場。18年、ワールドカップで日本男子歴代最高の6位入賞。昨年のアジア・オセアニア大会で7位に入り、2大会連続となる東京オリンピックの代表候補にも選ばれている。

だが、岩元は追いついたのである。近代五種という競技は、近代オリンピックの落とし子である。そして、その最高の舞台が来年、東京にやってくる。今、彼は何を思うのか。

「今まではフェンシングを元近代五種の選手だったコーチに教えてもらっていたんです。でも、最近はフェンシングの選手に技術を指導してもらえるようになった。だから、スキルがどんどん上がっていることが一番のポイントだと思っています。

東京オリンピックは本当に楽しみなんです。最終種目のレーザーランでみんなの歓声をいただきながら走ることができれば、自分の気持ちもどんどん盛り上がって、実力以上の力を発揮できるんじゃないかと考えています。最低でもメダルは獲りたい。もちろん、金メダルを獲ることが目標で、それは決してできないことではないと思っています。年齢的にも最後かもしれない。満足できる結果をぜひ残したいです」

取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文

初出『Tarzan』No.795・2020年9月10日発売

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