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「オリンピックの舞台で、目指すはファイナル進出」陸上競技選手・寺田明日香

決して一直線に進んできたわけではなかった。ただ、その道のりは彼女にとって必要不可欠だった。そして今、五輪への道を着実に歩み続けている。

2019年9月に行われた富士北麓ワールドトライアル2019。女子100mハードルで見事、日本新記録を樹立したのが寺田明日香である。タイムは12秒97。それまでの日本記録は、19年前に金沢イボンヌが出した13秒フラット。寺田は日本で初めて13秒を切ったのだ。

ところで、寺田はトップアスリートとしては、かなり変わった経歴を持っている。最初に始めたのは陸上競技である。08年から日本選手権の女子100mハードルで3連覇を飾っている。

ところが、12年のロンドン・オリンピックの出場を逃して翌年引退。まだ歳も若く周囲からはもったいないという声も上がった。しかし、その人々を驚かせたのが結婚・出産・育児で3年間のブランクを経ての7人制ラグビーへの転向である。ちょうどこの競技がオリンピックの種目に選ばれたことも、彼女の決断を呼んだ。ところが、以前やっていた陸上とはあらゆることが違っていた。

「代表に選ばれるかどうか、ギリギリの選手でした」と寺田が語るように、開花するまでには至らなかった。そして、再び陸上の世界に戻ってきて、今回の日本記録に繫がっていったのだ。寺田はまず、こう語り始めた。

寺田明日香(てらだ・あすか)
寺田明日香(てらだ・あすか)/1990年生まれ。168cm、56kg、体脂肪率9%。小学校5年、6年と全国小学生陸上競技交流大会の100mで2位に。北海道恵庭北高校ではインターハイ女子100mハードルで3連覇。2008年より日本選手権3連覇。16年、7人制ラグビーに転向。18年に陸上競技に復帰。19年9月に12秒97の日本記録をマーク。パソナグループ所属。

「私は陸上をやめて、3年経ってからラグビーを始めました。そして、2年間でまた陸上に復帰した。いろいろ言われることはわかっていたし、実際、簡単な気持ちでラグビーをやるなとか、陸上復帰なんて甘いという言葉もありました。

だから、陸上に復帰するからには結果を出したいし、後悔したくない。まわりにどう見られようと、ずっと一緒にやってきたスタッフや仲間がいて、彼らがわかってくれれば、これまでの自分でいられるとも考えていました。だから、日本新記録に関しては、これは私だけのものではなくて、スタッフと一緒に作った記録だと思っています」

驚かされるのは、実に短期間で再び陸上の頂点に返り咲いた点だ。陸上に復帰したのは2018年の12月。そして、2019年6月に開催された日本選手権で3位に入った。8月には10年ぶりに自己ベストとなる13秒00の日本タイ記録。さらに、9月の日本記録の更新となるのだ。以前やっていた種目とはいえ、ここまで早くトップに上り詰めることができるとは。

寺田明日香(てらだ・あすか)

「こうなるというイメージはありました。オリンピックまでにもう間がないし、早い段階で12秒台は出さないとダメだと思っていました。いつごろまでにどれぐらいの記録が出せればいいかも、あらかじめみんなと話していた。それが着実にできたということで、とくにびっくりということではなかったですね」

そして、ラグビーをやったことがプラスになった、とも寺田は言う。あの経験が、今、100mハードルに生きている、と。かたやコンタクトスポーツの雄、かたや個人競技の華。この2つが寺田の中では、しっかりと結び付いているのである。

技術の練習なんて、やってこなかった。

小学校4年で陸上を始めた寺田がハードルを始めたのは、北海道恵庭北高校に入学してからだった。それで、1年から3年までのインターハイで毎年優勝してしまったのだから、これは驚きを通り越して、愕然とするしかない。

なぜなら、ハードルには技術が必要だからだ。ただ走るのとは違い、ハードリングがタイムを大きく変える。なるべくスプリント動作に近いカタチでハードルを越えることが必要になるのである。ところが、寺田はそんなことはまったく気にしていなかったと言うのだ。

寺田明日香(てらだ・あすか)

「高校の先生だった中村宏之さんが、ちょっとハードル跳んでみてと言うのでやってみたら、すぐ跳べちゃったんです。それでやりなさいとなって。高校1年からインターハイで優勝できた理由の一番は、足が速くなったことです。高校1年のときの100mの記録が中学のときより1秒伸びたんです。高校では技術面の練習なんて全然やってなかったです」

高校を卒業した寺田は、北海道ハイテクノロジー専門学校へ進学して、陸上競技部の北海道ハイテクACで練習することになった。ここは、100mの日本記録を持つ福島千里が所属していたことでも有名。寺田を高校で教えた中村氏が監督だ。

「シニアに上がって、踏み切りの位置とかは考えるようになりました。ただ、(ハードルを越えるときの)足の出し方とか、抜き方までは、まったく考えていませんでしたね」

それで13秒05を出し、日本選手権で3連覇してしまうのだから、本当に天才というしかない。ただ、この後にケガに苛まれるようになる。さらに、体質が変わり、太りやすくなったことが拍車をかけた。カラダはボロボロになり、精神的な苦痛も大きくなっていった。これ以上は続けられない。寺田は引退を決意した。

ラグビーでの経験が、陸上で生きてきた。

つまり、寺田はハードルという競技が何たるかを知らずに引退したようなものだろう。ハードリングを強化してタイムを削るという、選手としては当たり前のことなしで、日本最速のハードラーになったのだから。ところが、ラグビーが彼女を変えた。

「カラダの使い方について、これまでよりずっと深く考えるようになりました。陸上と違ってラグビーは、止まる、サイドに振る、斜めに走るなど、さまざまな動きを必要とする。それを経験したことで、逆にそういう動きをしないことが、陸上では重要だとわかった。

たとえば、止まるという動き。止まろうとする感覚が強ければ強いほど、急に止まれる。だから、逆に止まるときの力の感じをなくすことができれば、速く進むことができる。止まるという感覚も陸上に応用できたんです」

寺田明日香(てらだ・あすか)

直線を走るときに必要ではないカラダの動きをできるだけ消していく。これが、ラグビーをプレイすることで自然に理解できるようになった。そして、カラダの使い方がわかってきたことで、ハードリングについても考えを巡らすようになっていった。

「ハードルは1台目と2台目が重要だと思っています。スタートから8歩で1台目なんですが、これは加速しながら跳ばなきゃいけないし、かつ低い体勢から重心を高く持っていかなくてはならない。そこの塩梅が難しい。100mだったら、8歩のときはまだ前傾姿勢を保ったままです。1台目と2台目は加速しきっていないときにいかに跳ぶかが難しくて、3台目以降とは違うんです」

日本選手権でも、気づいたことがあった。寺田は3位だったのだが、100mの持ちタイムは他の選手よりも速かったのだ。ハードリングの技術が足りないことを実感した。

「速い分、踏み切りの位置がハードルの近くになってしまっていたんです。そうなるとブレーキがかかる。だから、踏み切りのタイミングと位置を考えて、それが8月の日本タイ記録に繫がったんですね」

そして、トラックでの練習の他に、大切にしているのがウェイトトレーニングである。ラグビー時代から始めたのであるが、「今はガンガンやってます」と言う。その理由は、

「自分のカラダをどれだけコントロールできるかというのが重要。それも速い動きの中で、です。ウェイトをゆっくりやって、カラダを思った通りに動かせないと、速い動きではまったく対応できない。カラダをコントロールできないと、速く走ることはできない。だから、高い負荷の中で、自分の思った動きができるようになる必要があるんです」

寺田明日香(てらだ・あすか)

目標は来年の東京オリンピック。出場を目指すのは、まな娘の5歳の果緒ちゃんにオリンピックで活躍する姿を見せたいという強い動機もあるからだ。

娘はなかなか辛辣なようだ。試合に負けると「ママの足が遅いから悪い」と言われたことも。「厳しいコーチですね」と、うれしそうに笑う。海外では子供を出産しても競技を続ける選手は多いが、日本のトップアスリートではまだまだ少数派である。寺田は現在29歳。オリンピック出場は最後のチャンスとなるだろう。今、どのような気持ちで、競技に挑んでいるのか。

「まず、来シーズンの早い段階で東京五輪の参加標準記録の12秒84を切りたいです。もし、切れない場合でも、いろんな大会に出場して、順位とタイムを刻んでいけば、問題なく出られると思うんですが…。

でも、オリンピックに出場しただけでは意味がないというか、できれば12秒84を切って、正々堂々と行きたい。アベレージがそれぐらいでないと、上位進出というのは見えてきませんから。もちろん、自分の中では切れるタイムだと考えています。ただ、世界と対等に戦うためには12秒60ぐらいが必要になってくる」

そう、世界との差は大きいのだ。

「彼らが速いのは、私が陸上を始めてからずっと一緒(笑)。でも、アジアの人は勝てない、と言われるのは悔しい。世界でトップの人たちは決して才能だけで上り詰めたわけじゃなく、とんでもない努力をしているんです。だから、それに負けないぐらい努力しないとダメ。日本人だから無理だったという言葉だけは、絶対に口にしたくないです」

じゃあ、東京オリンピックの目標を教えてくださいと尋ねると、寺田は「ファイナル進出です」とキッパリと口にした。そして「それはかなり難しいですよねぇ」と言うと、「そうかなぁ」と笑う。ママさんアスリートの力強い走りをぜひ見てみたい。

取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴

(初出『Tarzan』No.777・2019年11月28日発売)

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