「早寝早起き朝ごはん」は正しかった! 食欲コントロールのカギ「時間栄養学」とは
カラダの中では24時間、さまざまな生体反応が起こり、刻々と変化している。その仕組みを知れば食欲とうまく付き合えるのでは、というお話。
取材・文/石飛カノ 撮影/大森忠明 スタイリスト/矢口紀子 取材協力/柴田重信(早稲田大学理工学術院先進理工学部電気・情報生命工学科教授)
初出『Tarzan』No.776・2019年11月7日発売
かつての人類は、健やかだった。
朝から一日走り回って獲物を狩ってきた男たちが洞窟の寝ぐらに戻ってくる。女たちが煮炊きした木の実の主食とともに獣肉のおかずを一家団欒で口にする。お腹いっぱいになり日も暮れたので、あとはもうぐっすり眠るだけ。明日も朝陽とともに目覚め、生きる営みが繰り返される。
そんな狩猟時代、ヒトと地球は完全にシンクロしていた。ヒトは昼行性の動物だから太陽が出ているときに活動し、日没後は素直に休養。生活リズムと地球の自転のリズムはばっちり同調していたのだ。
ところが、産業革命以降、照明が登場して街が明るくなり、人々は地球のリズムと無関係に生活するようになった。今では24時間眠らない都市など珍しくもない。
で、何が起こったか。人々はぶくぶく太りだし、病気に罹りやすくなってしまったのだ。
生き物は24時間周期で生理機能が変動する。睡眠や覚醒をはじめ、一日のどのタイミングで体温や血圧が上がり、ホルモン分泌が高まるのかが大体決まっている。これがサーカディアンリズム(概日リズム)または体内時計と呼ばれるもの。体内時計研究の先駆者、早稲田大学教授の柴田重信さんは次のように言う。
「たとえば、肝臓がコレステロールを合成するタイミングは夕方です。また、糖質の代謝を促すインスリンの分泌機能は朝と昼が高く、夜は低くなります。朝と昼は精力的に活動してたくさん食べ、夜は早めに寝る生活なら、それで何の問題もありません。でも文明が発達して、今ではいつでもどこでも食事ができるようになりました。そのしわ寄せで、肥満や病気の問題が生じています」
つまり、24時間周期の地球の自転サイクルとのズレが、肥満や病気という歪みとなって表れているのだ。
時計遺伝子には「リセット」が必要。
生き物のカラダには体内時計という時計が備わっていて、一日のリズムを刻んでいる。そのメカニズムのキーワードは「時計遺伝子」。
時計遺伝子はタンパク物質で体内時計を実際に動かしている。ヒトの時計遺伝子の主な因子はクロック(Clock)とビーマル1(Bmal1)、パー(Per)とクライ(Cry)という4種類のタンパク質。
クロックとビーマル1がまず発動し、パーとクライを作り出す。ところがパーとクライはクロックとビーマル1の働きを妨げる物質なので、前者が増えれば後者は減る。でもパーとクライを作るのはクロックとビーマル1だから、結果的にパーとクライも減っていき、その後、再びクロックとビーマル1が活性化する。この増減サイクルが一周するのが約24時間。これが24時間リズムの正体。
時計遺伝子は全身の細胞に存在しているが、中枢となる時計は脳にある。視神経が交叉している「視交叉上核」という場所が体内時計の主時計、その他の時計が末梢時計だ。
全身にある時計は実は勝手にバラバラに動いているため、24時間ごとにリセットをかける必要がある。主時計の視交叉上核でさえ、24時間よりちょっと長いリズムを刻んでいるので、定期的にネジを巻かなければならない。そのタイミングが朝だ。
起きてから朝一発目、太陽の光を網膜から視交叉上核に届けることで、主時計はリセットされる。ちょっと長めのサイクルが24時間きっかりに調整されるのだ。一方、その他の末梢時計をリセットする因子は食事による刺激。主時計と末梢時計、2つの時計が同調することで、健全なサーカディアンリズムが刻まれる。
リセット因子は太陽の光と食事。
「一方、脳の主時計は自律神経やホルモンなどのメッセンジャーを介して末梢の時計に指令を送ります。たとえば代表的なのはコルチゾールで、朝、脳の指令でコルチゾールが分泌されたら交感神経が活性化します。すると肝臓で糖が作られて血糖値が上がるというように。その脳の主時計がうまく動かないと、こうした情報が末梢に行きにくくなります。末梢時計を持つ各臓器も、自分がいつ動いたらいいか分からなくなり、せっかくの時計も持ち腐れということになります」(柴田さん)
全身の時計がどう動いていいか分からなくなると、リズムを刻むタンパク物質が増減する振幅も小さくなる。リズムにメリハリがなくなり、時計はますます機能しなくなる。
食欲を増進するホルモンであるグレリンや、食欲を抑制するレプチンなどのホルモンもまた、時計が刻むリズムの影響を受けている。つまり、時計の機能が低下すれば、食欲は制御不能の暴走状態に。
重要なのは朝の光と食事。とくに食事と体内時計を関連づけた学問を時間栄養学というが、この考え方を応用することが食欲コントロールのカギとなりそうだ。
「早寝早起き朝ごはん」を今こそ見直し、食欲調節を。
「時間栄養学で朝食は、体内時計のリセットや日中のエネルギー源として、最も重要と考えられています。一方で夜間は体内時計の働きによって体脂肪がエネルギーになるので、夕食でのエネルギーは日中ほど必要ありません。夜の比重が大きい食生活では消費できないエネルギーが脂肪として蓄積されます。これがいわゆる“ムダ食い”。夜間に高い血糖値が続けば、インスリンを無理に働かせることになり、糖尿病のリスクも高まります」
子どもの頃に叩き込まれた「早寝早起き朝ごはん」的なモットーは、分子科学の偉大な発見によって極めて正しいことが明らかになった。
「朝からあれこれ食べて、夜は最低限の食事をして静かに寝る、というのは現代の社会生活では難しい。でもヒトは昼行性生物なのだと頭に入れておく必要があると思います」