高校野球は、ツッコミどころ満載。
7月の終わり。夏の甲子園出場を目指して地方予選大会がいよいよ大詰めを迎える時期に日本に滞在することになったのだが、大船渡高校の佐々木朗希投手が岩手県大会の決勝で登板せず、敗れたことが大きな話題になっていた。
それまでの投球数や疲労の蓄積を考慮し、故障のリスクが大きいことから監督が出場を回避させたのだが、かのテレビ番組の“ご意見番”のコメントすべてがツッコミどころ満載で、なかなか明けない梅雨よろしく陰鬱な気分になった。
「一生に一回の勝負」だから投げさせなければならないと言うけれど、すべての試合、投球が一生に一回だし、それを逃したとして、果たして彼の何が損なわれるのだろうか。「勝負は勝たなきゃダメ」だそうだが、あの試合で負けた選手たちは無価値なのだろうか。
「壊れて当然、ケガをするのはスポーツ選手の宿命」らしいが、スポーツ医学の分野が進んだ現在、ケガのリスクを減らそうという発想が1ミリもないのだとすれば前時代的過ぎて苦笑するほかない。「痛くても投げさせるくらいの監督じゃないとダメ」らしいが、痛くても投げさせるダメな監督はIMGアカデミーなら即刻クビである。
日本でも球数制限の議論は進んできているが、まだまだ未整備で、米国と比べると高校球児の投球数は非常に多いというのが現実だ。
佐々木投手の試合を米国の球数制限と照らし合わせてみる。
佐々木投手の決勝までの試合を見ると、7月21日の4回戦では194球、7月24日の準決勝では129球を投げた。そしてくだんの決勝は翌日の7月25日に行われた。
参考までに、これを米国の球数制限と照らし合わせてみる。州によって多少異なるものの、考え方はおおよそ似ているのでIMGアカデミーのあるフロリダ州を例にとってみる。FHSAA(フロリダ高校体育協会)によると、年齢によって1日の投球数と、その投球数に応じて次の試合まで登板できない日数が細かく規定されている。
15、16歳の場合は1日の投球数は95、17歳以上は105までと制限されている。次戦まで投球できない日数はいずれの年齢も一緒で、試合で投げた球数が1~30だけなら翌日も登板可能、31~45なら1日、46~60で2日、61~75は3日、76球以上投げると4日は休まなければならない。
佐々木投手のケースをそのルールに当てはめるならば、1日の球数も、試合間隔も、いずれも規定違反ということになる。米国の基準が正しいとは言い切れないが、決勝の登板を回避したことは監督の英断と評価されるものの、たとえば1試合に194球を投げてしまう状況にあるのも日本の高校野球に課題があると言わざるを得ない。
著名なアスリートをはじめ、今回の件では高校野球の在り方に苦言を呈する人も多く、風向きの変化が感じられるものの、一方で、無理をしてでも投げさせるべきだったという意見が今も根強く残っている。
米国の野球コーチと甲子園について話すことはままある。「たかがハイスクールのトーナメント」であり、投球数や試合間隔などに「賛否の議論があること自体おかしい」状況で、何なら将来のプロのスカウトを考えた際に「高校時代の投球数を将来のケガのリスクとしてネガティブに考える場合もある」と、まったくの良いところなし、完全否定である。
負けることで、何が損なわれるのだろうか?
課題はどこにあるのか。何よりも“勝利至上主義”だろう。勝つことがすべてであるから、身体的な無理もさせる。
しかし、冷静になってほしい。負けることで、何が損なわれるのだろうか? その勝利は、選手生命を懸けるほどの価値はあるのだろうか? あるいは負けた選手たちは、無価値だというのだろうか? 特に野球を愛する人に問いたい。高校野球の持つ本当の魅力は勝ち負けだけなのだろうか? 野球の持つ本質的なポテンシャルを自ら見くびっていないだろうか?
それでも、甲子園には価値があり、選手自身だって投げたいと思うケースも多々あるだろう。しかし、それは大人が押し付けた「甲子園という物語」ではないのか。
率直に言って、甲子園という価値は幻想である。高校だけの限られたチャンスで、汗と涙の青春物語は、一歩海外に出ると、たかだか“ハイスクールのトーナメント”である。そのくらい、あやふやな価値だ。
しかし、日本人として、その幻想がとても魅力的で高尚であることも理解できる一方、ケガのリスクや過密スケジュールを是正するくらいで魅力が失われるようなヤワな幻想ではないとも思う。大切なのは、高校野球の本質的な価値と、身体的なリスクという事実を切り分けて考える態度だ。
スポーツに限らず、最近は社会問題や政治などでも感情的な衝突が目立つように思う。それよりもまずはファクトを理解することが大事ではないか?
甲子園という、感情的で幻想的な物語を続けるためにも、実際の課題を冷静に見極め、解決していかなければならない。そうでない限りは、たとえば留学など別の価値を得られる海外へ、優秀な人材の流出が増えることになるだろう。海外留学を薦め、実際にそのような気持ちに動いている人々に多く会う立場の者からの警告である。
PROFILE
田丸尚稔(たまる・なおとし)/1975年、福島県生まれ。出版社でスポーツ誌等の編集職を経て渡米。フロリダ州立大学教育学部にてスポーツマネジメント修士課程を修了。2015年からスポーツ教育機関、IMGアカデミーのフロリダ現地にてアジア・日本地区代表を務める。