新競技も、歴史も知りたい。東京オリンピック・パラリンピックを楽しむ12冊
東京2020オリンピック・パラリンピックの開催を前に、「歴史」「レジェンド」「1964」「2020」の4つのテーマで選書しました。
取材・文/鍵和田啓介 撮影/大嶋千尋
(初出『Tarzan』No.770・2019年8月8日発売)
1. 歴史〜平和の祭典の“裏面史”も知っておこう。
いつオリンピックは始まったのでしょうか? 『スポーツの文化史』によれば古代オリンピックの第1回目は紀元前776年、ペルシア戦争を休戦したいという権力者たちの思惑によって催されたそう。つまり、その起源からして、オリンピックは平和の祭典だったわけです。
にもかかわらず、近代に入ってからのオリンピックは、悲劇の舞台となることもしばしばでした。有名どころでは、ヒトラーがナチスのプロパガンダとして開催した1936年のベルリン・オリンピックが挙げられます。
同大会に出場した日本人選手たちにフォーカスしたノンフィクション『オリンピア ナチスの森で』には、驚くべきことにレニ・リーフェンシュタールへのインタビューが収録されています。そう、このオリンピックの記録映画『オリンピア』の女性監督です。「ドイツ人の九十パーセントがヒトラーの虜になっていたんだから。今では言ってはいけないことになっていますけど」という彼女の証言は衝撃です。
1972年のミュンヘン・オリンピックでも悲劇が。同大会ではパレスチナ人のテロリスト集団によって、イスラエル人選手11人が殺害されました。『モサド・ファイル』は、パレスチナ人とイスラエル人の複雑な関係性から事件の背景を解説します。平和の祭典の裏で起きた悲劇に思いを馳せることも、読書の大切な役割です。
2. レジェンド〜名選手たちの知られざる素顔。
名選手たちの栄光の陰に隠された、知られざる素顔を知ることができるのも読書の醍醐味にほかなりません。
例えば、1960年のローマ五輪のマラソンを裸足で走って優勝し、続く東京で史上初の連続優勝を果たしたエチオピア人、アベベの伝記『アベベ・ビキラ』。あの健足のアベベが、晩年は交通事故に遭い下半身不随になっていたとは知りませんでした。しかも、それが彼に妻を寝取られた男の仕業であるという真偽不明のゴシップとともに語られていたということも。
同じく陸上では、北京、ロンドンで3冠(100m、200m、4×100mリレー)を達成したボルトが半生を振り返る『ウサイン・ボルト自伝』も面白い。いかにボルトが練習嫌いで、遊び好きかが余すことなく明かされています。彼が100m走を始めたのも、「400mを走るのは疲れるから」という消極的な理由。それでも世界最速の男になれるのか…。
え、日本人選手を忘れてないかって? ならば、アトランタ、シドニー、アテネでアジア人史上初の3連覇を果たした柔道家、野村忠宏の自伝『戦う理由』でしょう。野村は試合と試合の間、とにかく眠り、試合の恐怖から逃げるのだそう。彼はそれを「居眠り集中法」と呼んでいます。ともあれ、野村ほどの名選手であっても恐怖を感じるのだなぁ、と素朴な感慨に耽れる一冊です。
3. 1964〜そのとき、何が起こっていた?
1964年の東京オリンピックで何が起きていたのか? 来年のオリンピックに向けて、それを頭に入れておいて損はないでしょう。
『完全復刻 アサヒグラフ 東京オリンピック』は、1964年に発行された東京オリンピック特集の『アサヒグラフ』の復刻版。開会式や試合の様子はもちろん、当時の広告から重量挙げを観戦する現上皇と美智子妃の姿まで! 充実した写真で振り返れる最高の資料です。
また、開催にあたっては今やレジェンド級の小説家たち(石原慎太郎、大江健三郎、安岡章太郎、小田実、大岡昇平……)がこぞって観戦記を書いていたことが、『東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典』を読むとわかります。なかでも、群を抜いて筆が乗っているのが、かの三島由紀夫でしょう。女子バレーボールで優勝した“東洋の魔女”の描写は、まるで彼の小説の一節のように美しい。
あれから半世紀、東京はどのように変貌したのか。それを教えてくれるのは、『東京アンダーワールド』などで知られるロバート・ホワイティングの自叙伝『ふたつのオリンピック 東京1964/2020』です。著者は先のオリンピックの輝きだけでなく、そこに伴う都市開発のダークサイドにもきちんと切り込みます。それは現在の東京で進行している再開発に対しても、また別の視点を与えてくれるでしょう。
3. 2020〜気になる、2020年の新競技。
2020年に新たに追加される、新競技の存在も忘れてはいけません。新競技を含めたすべての競技のルールや見どころを網羅した『オリンピック・パラリンピック全競技』シリーズは、格好の参考文献となります。
例えば、サーフィン。どう競うのか見当もつかない人も多いかもしれませんが、同シリーズ第2巻によると、「15分〜30分の間に、1選手10本程度の波に乗る。審査員はそれぞれの波乗りを10点満点で採点、そのうち点数が高かった2本を合計して順位を決める」のだそう。ルールを知れば、親近感も湧いてきます。
新競技の見どころを、さらなる臨場感とともに知りたければ、漫画がオススメ。『ランブル・フィスト』は、空手道に生きる高校生男子たちの熱いスポ根漫画です。作者の野部優美は自身も空手の心得があり、その描写にリアリティがあるとプロからの支持も厚い。読んで痛感するのは、試合を見るときは、その裏の人間ドラマも知ったうえで見るべきだということ。
この際、自分でも新競技を始めてみるというのはどうでしょう。簡単に手をつけられそうなところでは、クライミングですかね。『スポーツクライミング教本』は、ルートセッターの第一人者がルールからテクニックまで徹底解説してくれます。自分のカラダで味わえば、観戦にもより身が入るんじゃないでしょうか。