• 「日本五輪で日本初のメダリストになる」やり投げ・北口榛花にとって64m36は通過点
COLUMN
2019.07.04

「日本五輪で日本初のメダリストになる」やり投げ・北口榛花にとって64m36は通過点

「日本五輪で日本初のメダリストになる」やり投げ・北口榛花にとって64m36は通過点

高校で始めたやり投げは、彼女のために用意されたような競技だった。2019年5月に行われた陸上の木南道孝記念、女子やり投げで日本記録を塗り替えたのが北口榛花だ。たった3年で世界ユースで優勝した少女は、オリンピックへと歩み続ける。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.767より全文掲載)

今回の64m36は通過点だと思っています。

「今シーズンはずっと調子がよかったので、日本記録を更新する自信はありました。でも、あの日は朝から鼻血が出てしまって、ウォーミングアップもしっかりできてなかったんです。だから、ダメだったら全部、鼻血のせいにしようと思って(笑)。たぶん、それでリラックスして臨めたんだと思います。

4投目に自己ベストが出たんですが、日本新にもオリンピックの参加標準記録にも届いていなかった。ただ、投げたときの感触はよかったので、同じ投げ方ができれば、どちらにも届くと思っていました。達成できた瞬間は、うれしくて思わず跳び上がっちゃいましたね」

女子やり投げの北口榛花選手
北口榛花(きたぐち・はるか)/1998年生まれ。179cm、86kg。旭川東高校でやり投げを始め、すぐに頭角を現し、高校2年のときにインターハイ、国体、日本ユースの3冠を達成。翌年には世界ユースの女子主将を務め、金メダルを獲得。2016年、日本大学に入学。5月のゴールデングランプリ川崎で日本歴代2位の61m38cmを記録。今年5月、木南道孝記念で64m36の日本記録を樹立した。

今年5月に行われた陸上の木南道孝記念。女子やり投げで日本記録を塗り替えたのが北口榛花だ。その距離は64m36。15年に海老原有希が出した63m80を56cmも更新するビッグスローであった。

ちなみに、この投てきは2017年に行われた世界選手権ロンドン大会の6位に相当し、今季世界ランキングの8位である。

「私の場合は、投げたときに、投げ切ったと思うと、だいたい記録が出てないんです。力任せというのはよくない。あの大会での4投目と5投目もそうだったんですが、やりがスッときれいに出て、ノンストレスというか、自然に流れるように投げることができたときに距離が伸びるんですね。

ただ、今回の64m36は通過点だと思っています。だから、自分としては、まだまだこれからという感じで捉えているんです」

やりは最初からすんなり投げられた。

そもそも、北口にはやり投げの才能があった。それを見抜いたのが、地元・北海道の旭川東高校の恩師である松橋昌巳監督だった。小学校から水泳とバドミントンを続けていた彼女をスカウトしたのである。

そのときはやり投げという競技は知っていたが、全くの未経験。だが、驚くことに、練習を始めて約2か月で、北海道の大会で優勝してしまうのである。これまで、何人かのやり投げ選手に取材したが、すべての選手が「始めてしばらくは、やりがまったく前に飛びません」と、口を揃えていた。

こんなに早く結果を出した選手は皆無だったのだ。ところが、北口はその最初のハードルを、やすやすと乗り越えたのである。

女子やり投げの北口榛花選手

「やり投げの選手って、もともと野球をやっていた人が多いんです。でも、実は野球の投げ方だと、なかなか厳しい。

野球のボールは手先でコントロールできるけど、やりは長い棒なので先端から尻尾まで一直線に出すことが重要になってくる。手先だけでいじってしまうと、ブレてしまって飛ばないんです。だから、野球経験者は戸惑ってしまうのだと思います。

その点、私はバドミントンをやっていたのがよかった。バドミントンで後方に打たれたシャトルを返すときの打ち方に、ラウンドっていうのがあるんです。背中を大きく反らせて、高い打点で打ち返すのですが、それがやり投げの動作に似ているんです。

カラダを大きく開いて、できるだけ遠い位置からやりを投げる。そうすることで、投げるときに長い時間、やりに力を伝え続けることができる。それが最初からすんなりできたのが大きかったです」

故障により、状況は一変した。

とにかく、やり投げという競技は北口にピタリとハマったという以外にない。高校2年生のときには、インターハイ、国体、日本ユースの3冠を達成してしまう。

競技を始めて1年しか経っていないのに、である。そして、驚くことに高校3年では、世界ユースで優勝してしまうのだ。こんなに短期間で世界の頂点に立った選手は、まずいないであろう。

「もともと中学校のころから水泳でインターハイに出場したいという思いがあったんです。でも、松橋先生に陸上でもその目標は叶えられると言われて、それならばということで始めました。1年のときは陸上と水泳の両方をやっていたんです。

でも、やり投げでいい結果が出たし、全国大会にも出場できた。代表の合宿にも呼ばれて、水泳をやる時間がなくなってしまった。それで、2年のときに陸上に絞ったんです」

16年、輝かしい実績を引っ提げて、日本大学に進学する。そして、09年の世界選手権の男子やり投げで銅メダルを獲得した第一人者の村上幸史氏に指導を受けるようになる。

リオデジャネイロ・オリンピックが迫っていた。入学して早々の5月、北口はゴールデングランプリ川崎で、いきなり61m38という自己ベストを叩き出す。日本歴代2位の記録でもあった。だが、快進撃はここまで。故障により、状況は一変する。

女子やり投げの北口榛花選手

「自己ベストは出たのですが、リオの標準記録に62cm足りなかった。どうしても越えたい記録でしたし、(オリンピックにも)行きたい。そんな気持ちから、練習のときでも距離を延ばしたいと思うようになってしまったんです。

その結果、力んでフォームが崩れて、右肘のケガに繫がってしまった。それでオリンピック出場も消えてしまったんです」

さらに追い打ちがかかる。17年に村上氏が退任することになったのだ。北口はここまで、自分一人でやり投げと向き合ったことはない。高校から大学まで、2人の師がずっと見守ってくれていたのである。

「正直、それまでのやり投げ人生はコーチに頼りっぱなしでした。その存在はとても大きくて、この先どうすればいいんだろうと悩みました。

でも、学校の先生も“大丈夫、自分が思ったように練習しなさい”と言ってくれたし、先輩にもいろいろ技術指導もしてもらった。それで少しずつ復帰できていったし、一人で努力できるようになったんです」

ただ、信頼する一人のコーチがいるのと、いないのでは差は大きい。いろんな人にアドバイスを受けるということは、さまざまな意見を聞くということ。そして、それを取捨選択するのは自分なのである。しかし、北口にとってこのことはプラスに働いた。

多くの意見に耳を傾けることで、いろんなことを客観的に見られるようになった。さらに自分から積極的に動くことも覚えた。そして、このことが、単身でのチェコ留学へと繫がっていったのだ。

チェコでは基礎となる部分を教わった。

「もっと勉強したいと思って、フィンランドで開催されたカンファレンスに出向いたんです。そこで出会ったのが、チェコのコーチでした。

実は今、コーチがいないんですと話したとき、彼が東京オリンピックでメダル獲りたいでしょ、何m投げたいの?って聞いてくれたんです。68mと答えると、“キミならできるよ、チェコに来たら教えてあげる”って言ってくださったんです」

女子やり投げの北口榛花選手

北口自身、高校生のころから、チェコに興味を持っていた。男女ともに世界記録保持者はチェコ人だし、彼らの投げ方は柔軟性を生かしたフォームに見えた。

北口もカラダのしなやかさを生かして投げるタイプである。日本に帰ってからはコーチとメールでやりとりして、今年2月にチェコへと向かったのだった。

「16~18歳のカテゴリーに入って練習したので、主に基礎となる部分を教わったんですが、これがよかったと思います。

それまで私は、下半身が動いていない、と注意されることが多かったのですが、チェコで練習をしていくうちにその動かし方がわかったというか、これをやっていれば自然と動くようになるという感覚がつかめました。1か月間だったのですが、自分にとってはいろんなことが吸収できた時間でしたね」

そして、チェコ留学から2か月で念願の日本新記録を樹立することができたのである。北口が自分で動いた結果、手にした勲章だった。今でも彼女は毎日の練習で、チェコで学んだドリルをはじめとする実にさまざまな方法を積極的に取り入れ、さらなる進化を目指しているのである。

68mという数字は、果てしなく遠くはない。

現在、女子やり投げの世界記録は、チェコのバルボラ・シュポタコバが持つ72m28である。しかし、これは図抜けたビッグスローであり、オリンピックでいえば、近々のリオでの優勝記録は66m18であった。

つまり、北口が口にした数字というのは、少なくともオリンピックでのメダル獲得を目標としたものであろう。東京オリンピックまで1年に迫った。彼女はどのように動き、道を模索していくのであろう。

女子やり投げの北口榛花選手

「目標としている数字は、果てしなく遠いものとは感じていないんです。こんな簡単に言っちゃっていいかは、わからないですが(笑)。やり投げでは、一度記録が出ると、そのあとすぐに何mも伸ばしてしまう選手もいますし、あとはアベレージも大切です。

私は今60mぐらいなんですけど、これだと世界で勝つのは難しい。62~63mならば、決勝での最後の8人に残れる可能性もある。安定感があるというのも勝つための大きな要素だと思います。ある程度の距離をコンスタントに投げられるようになれば、そこから伸ばしていくこともできますしね。

東京オリンピックでは、日本人初のやり投げのメダリストになりたい。決勝に残るだけでも、歴史に残る出来事なんですが、今は自分の立てた目標に向き合い、止まることなく上を目指していけたらいいと思っています」

取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴

(初出『Tarzan』No.767・2019年6月27日発売)

Tarzan 公式アカウントから
最新情報をお届けします。

メンバーシッププログラムSTART! CLUB Tarzan