• 1,000本ノックは必要か? 量より質のアメリカ式トレーニング|米国スポーツ見聞録 vol.4
COLUMN
2019.02.02

1,000本ノックは必要か? 量より質のアメリカ式トレーニング|米国スポーツ見聞録 vol.4

IMGアカデミーにあるゴルフスタジオの様子

世界で活躍するテニスプレーヤー・錦織圭も在籍していた、最高峰のスポーツ教育機関「IMGアカデミー」。そのアジアトップを務める田丸尚稔氏が、アメリカで実際に見た、聞いたスポーツの現場から、日本の未来を変えるヒントを考える。第4回のテーマは「トレーニングは質より量か、量より質か」。答えは、そう単純でもない。

日本からやってきたゴルフ雑誌の記者がIMGアカデミーの生徒にインタビューをした際、話がどうにも嚙み合わないことがあった。

「一日の練習で、何球くらい打ちますか?」

とてもシンプルで、分かりやすい質問だ。しかし生徒は一瞬とまどいを見せて「数えたことがないです」と申し訳なさそうに答えた。

記者は、全米の大会でも上位争いをするジュニア選手の練習量が日本と比べて多いのか少ないのか、違いを理解したかった。しかし、それ以前に、球数自体を気にしていないことに少なからず驚くことになった。

ゴルフ以外でも、野球なら1000本ノックを受けたり、サッカー漫画『キャプテン翼』第2巻ではコーチのロベルト本郷が主人公に「今度はヘディングとヒザをつかってリフティング200回だ!!」と指導をしていた。

競技問わず、日本ではトレーニングの良し悪しを量で測ることが少なからずあるだろう。一方で米国はどうか? IMGアカデミーの例をいくつか挙げてみる。

反復練習は非効率なのか

まずは野球。たとえばトスバッティングでも、ひたすらスイングを続けさせることはしない。ケージに設置されたビデオカメラも使い、フォームをチェックしながら練習に取り組む。打つ→映像でフォームチェック→コーチからアドバイス→次の一球を打つ→映像でフォームを再確認。そんな調子でやっているので、仮に球数を多く打つことがトレーニングの優先目的であれば、まったくもって非効率なやり方である。

ゴルフも似たようなもので、一打ごとに細かいスイングチェックをしながら、トラックマンなどでデータ計測を行いつつ、練習の量よりも質に焦点を当てる。

「最も懸念するのはケガのリスク。特にジュニアは身体も出来上がっていないから、打つボールの数やトレーニングの時間、つまり練習の量ばかりを重視するのは賛成できない」

そう言い切るのはゴルフコーチのケヴィン・コリンズだ。

IMGアカデミーのゴルフスタジオ内にはパターとそれ以外に分けてスイングをトラッキングするマシンが揃う。
IMGアカデミーのゴルフスタジオ内にはパターとそれ以外に分けてスイングをトラッキングするマシンが揃う。

別の機会に、日本から来訪したゴルフコーチと反復練習に関する議論に及んだ。主張としては、練習でたくさん数をこなさないと実戦で安定したスイングができない、というもの。要するに「身体に覚えさせる」ことが大事、というわけだ。

これに答えたのがIMGアカデミーのゴルフ部門でメンタルコーチを務めるクリスチャン・スミスだった。

ゴルフ選手たちにメンタルコーチがセッションを提供。ルーティーンなどメンタリティを安定させるスキルを学んでいく。
ゴルフ選手たちにメンタルコーチがセッションを提供。ルーティーンなどメンタリティを安定させるスキルを学んでいく。

「たくさん打つことが必ずしも良いことではない理由は2つあります。まずは集中力。長時間やり続け、集中力に欠けた状況では正しいスイングはできません。むしろ間違ったフォームを身につけることになりかねない」

「もう一点は、実際の試合ではボールを反復して打つという状況がないこと。ゴルフではルーティーンが大事になります。たとえば風を読んでクラブを抜く。方向を見定めてスタンスを取り、呼吸を整えてスイングします。ひたすらボールを打ち続ける反復練習はルーティーンのうち、最後の最後だけを切り取ったスイングのみを行うことになります」

「スイングが良くても全体の流れやリズムが悪ければショットは安定しません。もし反復練習をするなら、一球打ったらまた風を読んでゴルフクラブを抜くところから始める方がいい」

答えは、そう単純でもない

ケガのリスク、集中力、実戦的であること。これらを踏まえると、量が多いだけのトレーニングにはネガティブな要素が非常に多い。

考えてみれば、時間が長いことや回数を重ねることを是とする向きは、スポーツ以外でも多くある。たとえば会社。仕事を終えていても、定時で帰りにくいあの雰囲気は、時間が短いことに対する申し訳なさのようなものが刷り込まれているのだろう。

私は日本で働いていた際に、最長で5日間睡眠を取らなかったことがあったが、それを嬉しそうに話していたのは、今となっては恥ずかしさしかない。ただ要領が悪いだけで、寝不足では仕事の効率も精度もひどいものだった。

今回のタイトルに戻る。1,000本ノックは必要か? 答えは「No」…と言いたいところだが、そう単純ではないのが実際だ。

短時間で効率的にトレーニングし、ケガのリスクを避けて上達する。理屈としては正しい。しかし、IMGアカデミーにいる日本人たちを見れば、練習量の少なさから「これだけやった!」という、ある種の達成感や自信を得ることができず、追加で自主練習をする選手も少なくない。

日本人以外には、理解しにくいかもしれないが、練習量を「根性論」とネガティブに切り捨てることは、メンタリティの不安定を招く原因にもなり得る。ケガのリスクを負わない程度に、質と量のバランスが重要、というわけだ。

アメリカのメソッドは日本を変えるヒントになり得るが、それを「鵜呑みにする」必要はない。ここフロリダでは寿司はシャリにネタが乗っているものではなく、アボカドが巻かれていたり、甘いソースがかかっているものが“Sushi”であるように(それはそれで美味しい)、アメリカから日本に渡る際にも、ローカライズが必要になるだろう。

田丸尚稔(たまる・なおとし)

出版社でスポーツ誌等の編集職を経て渡米。フロリダ州立大学教育学部にてスポーツマネジメント修士課程を修了。2015年からスポーツ教育機関、IMGアカデミーのフロリダ現地にてアジア・日本地区代表を務める。


文/田丸尚稔
(初出『Tarzan』No.757・2019年1月24日発売)

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雑誌『ターザン』763号