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三振は「エクセレント」! フロリダのスポーツ教育機関が三振を褒める理由|米国スポーツ見聞録 vol.1

バッティングケージにはカメラが備え付けられており、コーチからのアドバイスだけでなく、フォームを自分の目で確かめることで、より効果的に上達することができる。

フロリダ州のスポーツ教育機関「IMGアカデミー」でアジア・日本地区代表を務める田丸尚稔氏が、アメリカで実際に見た、聞いたスポーツの現場から、日本の未来を変えるヒントを考える。

三振をエクセレントと言えるアメリカの強さ

IMGアカデミーをご存じだろうか? フロリダ州にあるスポーツ教育機関でテニスの錦織圭選手が卒業したところと言えば耳にしたことがあるかもしれない。

“トップアスリート養成所”などと紹介されることもあるけれど、実際は中高一貫の全寮制学校で卒業生の9割以上が米国の大学に入る進学校だったりする。生徒たちは勉強をしながらテニスのほか全部で8競技のスポーツに取り組んでいる。

私は現地でアジア・日本地区の代表として子供たちや教育者たちと接する刺激的な日々を送っているのだが、そこには日本のスポーツや教育、大げさに言えば10年後の社会を変えるヒントがごろごろと転がっている。

野球の練習を見ていた時だ。天然芝のフィールドが9面もある施設の贅沢さはさることながら、真っ青な空の下、生徒たちが本当に楽しそうにトレーニングに励んでいる姿は米国の“ベースボール”を感じさせてくれる。

試合形式の練習で一人がバッターボックスに入った。“ブンッ”と素振りをして構える。見るからに打つ気満々で、初球から見事な空振り。コーチからは「ナイストライ!」の声が飛んだ。2球目、3球目と続けて豪快なスイングを見せてくれたが三球三振に倒れた。

「エクセレント!」

…え? 一瞬、戸惑う。コーチはさらにスイングの速さについてことさら褒めていて、生徒も嬉しそうだ。コーチ、アウトなんですけど…?

アメリカ人のポジティブ思考、という単純なものではない。日米の文化の違い、と終わらせてしまうと、このあり方の真価に気づくことができない。

「結果よりもトライすることが大事で、生徒にはチャレンジ精神を身につけてほしい」

そう語るのは、野球プログラムのディレクター、ダン・サイモンズだ。大学野球、そしてプロの選手として活躍した後、14年以上にわたって大学のディビジョン・ワン(トップカテゴリーの学校)で指導を続けてきた名コーチで、教え子から30人以上のドラフト指名選手を輩出している。

「たとえ空振りでもスイングすることでタイミングや軌道をどれだけ修正すればいいか理解すれば、次に活かすことができるし上達が早い」

なるほど、である。だから空振り三振には「エクセレント!」と言えても、見逃し三振をした選手には「どうして、いかなかった!」と檄を飛ばすことになる。同じアウトでも、質や意義がまったく異なるというわけだ。ダンは続ける。

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野球場は全部で9面。他の競技も含めてキャンパスの面積は東京ドーム約50個分にも及ぶ。

「ゴールはヒットを打つことじゃないし、試合に勝つことでもない。高校を卒業した先にある大学野球かプロの世界、もしくはもっと先の“人生”で成功すること。そのために必要なのは実際に挑戦するマインドを身につけることだよ」

日本の高校野球の話題にしばしばなるのだが、刹那的な輝きや汗と涙の物語をいくら説明しても、トーナメントのあり方を「クレイジー」の一言で片付けられてしまうのは、このような考え方があるからだ。

野球以外のスポーツでも同様の違いが見られるのは面白い。テニスならネットにかけてしまう失敗は注意されるが、アウトしたボールならナイストライ。スピン量を増やすなど実践的に修正する方法を学ぶことができる。

ゴルフならパッティングでショートするかオーバーするか、この差が大きい。かつてタイガー・ウッズが「届かないパットは絶対にカップインしない」という名言を残しているが、まさにこのことだ。チャレンジする気持ちの大切さ、そしてオーバーした先にある具体的な改善策を理解できることが重要だ。

さまざまなタイプがいて一概に言えるものでもないが、日本人生徒の傾向としては見逃し三振やネットのミス、パッティングのショートが多い。彼らに米国に渡る以前、日本での状況を聞くと、どんな形であれ「失敗」として注意され、ミスしないようにと消極的なマインドになっていることが少なくない。

IMGアカデミーに来てからは、当初はミスしたことすら褒められることに戸惑うものの、チャレンジすることに積極的になり、そしてスポーツに取り組むことが「楽しい」と口にする生徒が多くなる。とてもシンプルな言葉だが、楽しいという気持ちは本質的で、あらゆることの原動力になる。

広い視野を持てば、これはスポーツの世界だけではなく、あるいはジュニア世代に限られたことでもないだろう。一般的な教育でも、ビジネスでも、日本の社会の中では失敗を許容できない空気が漂っていないだろうか。

失敗をすべて手放しで褒める必要はない。それは、空振り三振なのか、見逃し三振なのか。前者なら、未来がある。とにかく手を出してみよう。

たとえ三振でも次につながる具体的な改善策が見つかるはずだ。周囲に空振りをした人がいたならば“ドンマイ”ではなく“エクセレント!”と言ってみよう。チャレンジすること自体をポジティブにとらえつつ客観的にアドバイスができれば、前に進むことができる。そして社会は、間違いなく楽しい方がいい。

田丸尚稔(たまる・なおとし)
1975年、福島県生まれ。出版社でスポーツ誌等の編集職を経て渡米。フロリダ州立大学教育学部にてスポーツマネジメント修士を取得。2015年からスポーツ教育機関、IMGアカデミーのフロリダ現地にてアジア・日本地区代表を務める。

文/田丸尚稔

(初出『Tarzan』No.751・2018年10月11日発売)

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