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「勝つという意欲でミスをする」アーチェリー・古川高晴は今日も平静に400本の矢を射続ける

古川高晴(ふくはら たかはる)/1984年生まれ。175㎝、91㎏、体脂肪率26%。青森東高校でアーチェリーを始める。高校3年に第57回の国体で優勝。2003年、近畿大学1年から、全日本アーチェリー王座決定戦のメンバーとして出場。04年のアテネ・オリンピックから、北京、ロンドン、リオデジャネイロと4大会連続出場。今年、アジア大会の混合リカーブで優勝。

4大会連続でオリンピックに出場したアーチェリーの日本のトップ・古川高晴選手は、400~450本の矢を、毎日淡々と射続けることで、より再現性の高いフォームを手に入れようとしている。

選手から的までの距離は、70m(オリンピックの場合)。的は同心円状に黒、青、赤、黄などに塗り分けられている。中心部にある一番小さな円の直径は12.2cm。CDの大きさと、ほぼ同じである。実際にフィールドで、選手と同じ位置に立ってみる。目を凝らしているのだが、一番小さな円はまったく見えない。古川高晴はニヤッと笑った。

「視力のいい人でも、あまり見えないようです。選手は練習を重ねているから捉えられますが。オリンピックなど、テレビの放映では、選手が射る場面と、的が同時に映し出される。だから、どこに当たったのかすぐわかりますけど、実際にフィールドで見ると、どうなっているのかなかなかわからないと思いますよ」

アーチェリーは的に向かって矢を放ち、その得点を競う。たとえば、先ほどの一番小さい円を射抜けば10点だ。そして、外へ行くほど得点は低くなる。

古川は2004年のアテネ・オリンピックから、4大会連続でオリンピックに出場している日本の第一人者で、12年のロンドン・オリンピックでは銀メダルを獲得した。そして、今年8月に行われたアジア大会の、混合リカーブという種目で杉本智美とペアを組み、優勝を果たしたのである。

ただ、世界で銀に輝いた男だ。アジアで一番になったからといって、それほどの感動はないのではないか? そう尋ねると、意外な言葉が返ってきた。

「いや、大きかったですね。これまでにオリンピックと世界選手権ではメダルを獲ったことはありますが、アジア大会では初めてで、しかも金メダルですから。それに今、世界でのナンバーワンは韓国なので、彼らが出場する大会で勝てたということもうれしい。たとえば、僕が韓国国内の順位に組み込まれたとしたら、調子がよいときで20位、悪いときは30位ぐらいでしょう。実際に個人でも団体でも、韓国と日本が戦ったら、10回のうち1回しか勝てないぐらいの差がある。今回のアジア大会では韓国が先に負けていたので、彼らと当たらないで済んだ。当たったら、負けた可能性も大きい。僕もこれまでに何度となく対戦しましたが、勝ったのは数回ですから」

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アーチェリーはトーナメント制なのだが、古川は常に韓国選手とできるだけ当たらないような組み合わせを願っている。1回戦、2回戦で当たってしまうと、なかなか上位へと食い込めない現実があるのだ。

「昨年のリオデジャネイロ・オリンピックのときの決勝では、韓国選手とは準決勝まで当たらない組み合わせだったんです。予選が終わったときにそれがわかって、ラッキーって感じだったんですね。そのとき、アーチェリーの組織委員会からインタビューを受けたんですけど、僕が“韓国の選手と当たらなくてよかった”ってしゃべったら、エーッと言われて(笑)。その人は、強い選手と戦って倒したいというのが普通だと思っていたんでしょうね。でも、これは確率の問題で、倒して上に行けるなら当然いいんですけど、なかなかそうはいかないですからね」

もちろん、古川もただ手をこまねいているばかりではない。自分と韓国選手との差がわかっているからこそ、しっかりとした目標を立てられるし、そのための練習も淡々とこなしていけるのだ。

そして、アーチェリーにはひとつ、彼にとって有利になる部分がある。それが、競技人生が長いということ。

古川は現在34歳だが、日本ではトップの座を守っている。力も必要だが、それ以上に技術や経験が重要になるこの競技では、古川の年齢の積み重ねは、プラスに働くのだ。ということで、古川の今の目標も2年後に迫った東京オリンピックなのである。

運が悪くて負けたとは、絶対に言いたくない

中学校のころ、公園でたまたま弓道の試合を見た。ピンと張りつめた空気、弓を引く動作、的に当たったときに応援がかける“よし!”という声。すべてが格好いい。高校は弓道部だと思ったが、それがなかった。で、選んだのがアーチェリーだった。

「見学に行ったとき、矢で風船を割ったりして、すごいなぁなんて思って。それからはアーチェリー一本ですね。ただ、入部してすぐはランニング、腕立て(伏せ)、フッキン、背筋ばっかり。それがこなせるようになると、ようやくシャドーシューティングという練習が始まります」

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この練習はフォームの習得が目的。何も持たず、スタンスを決めて、弓を構えて射つという一連の動作を覚えていく。覚えたら、ゴムチューブを使って、これまたフォームの練習。そして、初心者用の弓から競技用へと移り、ここでようやく矢を射ることができるのだ。このとき、的までの距離は、たった2mほどだった。

「うれしかったですね。やっと弓が射てたって。今では中学から始める子もいますが、僕たちの時代はほとんどが高校スタートだから、基礎を覚えることが重要だったんです」

的を射る楽しさを覚えてからは、もう夢中になった。性格は負けず嫌い、努力家でもあったので自然と実力は上がっていった。高校2年のときにインターハイ出場を果たし、3年には国体で優勝までしてしまう。

「それでも、2年のときのインターハイでは上に20人ぐらいいて、まったく先が見えない状態だったんです。1番なんていうのは霧で霞んでいる感じ。ただ、2年生の3月に行われた選抜大会で7位に入ることができた。これで、あと何人倒したらいいという目標ができて、このおかげで世界ジュニアの代表に選ばれた。これが、自分の中では最初の転機でしたね。2番目の転機は、その世界ジュニア。ボロボロでした。60位以下で1回戦負け。団体は3人1組で戦うのですが、僕は4番手の補欠。悔しくてしょうがなかったです。それまでも、集中して練習はしていたんですが、もっとやらなくてはと思うようになった。それで、練習量も増えて、国体の少年の部で優勝できたのだと思っています」

大学はアーチェリーの強豪、近畿大学。もっとも強くて、練習環境がよい場所を選んだ。そして、ここで洋弓部の山田秀明監督と出会う。

「高校のときは、フォームについてまわりに聞いても、今のままでいいと言われることがほとんどでした。みんな、高校で一応1位になった選手のフォームをいじって、おかしくしてしまうのが怖かったんだろうと思います。それが、大学に入って山田監督に指導してもらうなかで、いろんな欠点を指摘された。それで点数がどんどん上がっていったんです。大学の4年間が、自分が一番伸びた時期だったと思っています」

そして、これが4大会連続のオリンピック出場へと繫がっていったのである。彼はどのような気持ちで、オリンピックに臨んだのだろう。

「アテネ・オリンピックは、自分では真剣だったのですが、今振り返ると出るだけで満足していたと思いますね(笑)。選手村だったり、オリンピックの雰囲気に浸ってしまっていました。2度目の北京は逆に結果を残そうと思いすぎて、自分にプレッシャーをかけすぎた。すごく緊張して1回戦負けです。ロンドンでは北京の反省を生かしてリラックスすることができたし、結果も残すことができました。で、リオなんですが、最低目標を個人ベスト8にして、それは達成できた。それ以上は運や体調によるところも大きいんです。ただ、元プロ野球監督の野村克也さんの言葉で〝勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし〟っていうのがあるじゃないですか。僕はあの言葉が好きで、だから負けたときには運が悪かったとは絶対に言いたくない。必ず自分のどこかに悪いところがあると思っているんですけど」

心理テストの結果は“勝利意欲がない”

現在、古川は近畿大学に所属しながら、大学の洋弓部の部員とともに練習を行っている。どのような日々を送っているのであろう。

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「とにかくいいフォームをカラダに叩き込むことが、アーチェリーでは大切なんです。それは、再現性の高いフォーム。いつも同じ動作ができれば、理屈で言えば同じ場所に射てるはずなんです。だから、基本的にはやることは射ち込みですね。月曜日を除いて、午前9時から夕方の6時まで、近大の生駒アーチェリー場で練習をします。1日に400~450本ぐらい射ちますね。射って、何か違和感があったら、それを修正する。これの繰り返しです。まぁ、アーチェリーは運動強度が低いから、長時間練習できるんですけどね」

簡単に運動強度が低いと言うが、実は大変な筋力が必要な競技でもある。

まず、弓本体の重さは約2kg。そして、弦の張力は20kgほどだ。つまり、片方の腕で2kgを支え、もう一方で20kgを引くことになる。練習では、それが400回以上繰り返されるのだ。

しかも、ある本数の矢を射ったあとは、的から引き抜くために、往復140m(70m×2)を歩く。1日7~8kmだ。このため、古川は筋力トレーニングもするし、ランニングもする。フォームを作り、弦を引き絞った状態を、2分間キープできるのが、理想の筋力だという。古川は20代にはそれができたが、30歳を越えたころから厳しくなったため、筋トレも大切なメニューになった。

しかし、「それらすべてが、とても重要ですが…」と、彼は続ける。

「アーチェリーでは95%がメンタルなんです。選手のメンタル面を調べる心理テストを受けたのですが、僕と川中香緒理、早川漣(ともにオリンピック女子団体銅メダル)に同じ結果が出た。それが“勝利意欲がない”でした(笑)。競技中に10点に当てるとか、勝つという意欲が出るとミスをすることが多い。最初に言ったように、韓国選手を避けたいのは、負けたくない気持ちが出やすいこともあります。だから、常に平静を保つことが重要なんです。年齢のこともあるし“東京オリンピックが最後でしょ?”と、よく言われます。そう思ってしまうと失敗する気がする。車を走らせていて、壁があったら速度を落としますよね。それと同じで、最後に力が抜けてしまわないようにしたい。東京はアクセルを全開にして、走り抜けたいですね」

取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴

(初出『Tarzan』No.753・2018年11月8日発売)

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