『ボーン・トゥ・ラン』みんな裸足で駆け出した|中編 トレラン正史 vol.10

今やすっかり市民権を得たトレイルランニング。でも冷静に考えてみると、山を走るという”競技”はどこから来たのか、そして、どこへ行くのだろうか。国内外でシーンを黎明期から取材してきたレジェンドエディター・内坂庸夫さんによる、山を駆ける者たちを取り巻く壮大なクロニクル。第10回は、革命の書にして反骨の痛快ブック『BORN TO RUN 走るために生まれた』の話、中編。

text: Tsuneo Uchisaka

本書に夢中になると、エピソードを何度も繰り返して読むことになる、なのでそれぞれ重要ページにフセンを貼ることになる。愛読者同士のフセン比べも『BTR』ならでは。撮影/内坂庸夫

この連載の筆者・内坂庸夫さんはこんな人

ベストセラーリストに4年。

前回は『ボーン・トゥ・ラン』(以後『BTR』)の概要とともに、その魅力を、つまりはミステリーと人間解剖学、冒険活劇と進化人類学、さらに米国トレラン黒歴史までをいったりきたりする破天荒なプロットを、手を変え品を変え紹介している。ここでつけ加えたいのは、2009年5月の米国発売当時は『ニューヨークタイムズ』のベストセラーリストに17週間(4ヶ月以上)も腰を据えていたということ。

そしてそれだけでは終わらない。「『BTR』を読んだ?」「読んでない」「え、ばっかじゃないの」などのやりとりが全米のランナーの間に広がり、噂が噂を呼び、売れに売れ、その後178週(4年近く)も同ベストセラーのリストに居座り続けたのである。そしていま、全世界で累計300万部以上を超えている、もう現代ランニング書籍の最高傑作にして巨人であろう。

日本ではどうかといえば、ランニングどころか運動そのものに興味をもっていなかった人を走らせた本としても知られ、現在は電子版を含め7万部以上を売り上げている。なによりもこの『BTR』が異質で愉快なのは、あまたあるランニング本の中にあって「健康のため」や「マラソンを完走したい」「めざせ、サブスリー!」などを素通りし、問答無用とばかりに、読者をいきなりトレイルラニングに引き入れてしまったことだ。

われわれが日本語に翻訳された『BTR』を読むことができるのは、桁外れに優秀な、きわめて感性豊かで、時代の先をきちんと読み解ける希代の編集者がいたからだ。彼の名を松島倫明(まつしまみちあき)という。さあ、この先を中編に続けよう。松島さんからたくさんの話を聞いた。

ひとつめの輝き。

翻訳書籍の世界では、誰よりも早くおもしろい本を見つけ、翻訳の権利を取得することから、そもそもが始まる。とはいえ、有名作者の本は、たとえばスティーブン・キングが春に新作を出す、と伝えられただけで、タイトルや内容がわからなくても、いやそれどころか、本人が1行も書いていなくても、その権利は奪い合いになってしまう。それって、オークションに勝つか、負けるか、の世界。

勝手な推測だけど、翻訳編集者冥利に尽きるって「無名作家」の「おもしろい本(の翻訳権)」を、先んじて手に入れることじゃないかな。自分にとって「おもしろい」はずの本が、売れてくれるかどうか、期待と不安も含めて、ワクワクドキドキ、つくづく楽しい仕事だと思うな。

2009年3月、松島さんはすでにひとつ目のダイヤモンドの原石を探し出し、その輝きを世に放っている。これで彼の「おもしろい」の世界がわかる。

その本が『脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方』 共著/ジョン・J・レイティ、エリック・ヘイガーマン 翻訳/野中香方子 発行/NHK出版。初版1刷 2009年3月20日 定価/2,100円(+税)

「脳を鍛える」「脳細胞を増やす」には「運動」が必要だというのだ、え? ゾクゾクしてきませんか。すでに実用専門科学書としては異例の売り上げで国内で10万部以上、全世界累計で100万部以上となっている。あなたはすでに読んでいるかもしれない。

2000年あたりから、脳医学の世界ではfMRI(機能的磁気共鳴画像撮影)のおかげで脳の働きを分析する技術が格段に向上してきた。脳に関する新しい理解の学術論文はもちろん、誰でもわかる一般書もたくさん出て、テレビには脳科学者なんて人もあらわれ、未曾有の脳ブームが起きていた。認知症予防もあってか、手先を動かしたり、パズルを解いたりの脳トレが流行りまくっていた。

走れば頭が良くなる。

そこに、脳を鍛えるには「運動」だ、と。運動することで、血液循環は改善され、脳にエネルギー(酸素や栄養)を届ける毛細血管が整備され、脳活動が活発になる。ここらは素人でもわかる。

ところがfMRIのおかげで、運動の効果はそれだけではないと証明された。運動することで、脳由来神経栄養因子(脳を育てる肥料/BDNF)が、そして神経伝達物質の分泌が促進される。運動すれば、つまり、走れば、脳そのものを成長発達させることができて、学びを吸収しやすくなる。運動は学習能力を最大化する、平たくいえば「走れば頭が良くなる」。

米国イリノイ州の公立高校生たちが試された。1時間目の「数学」の前に、0時間目として「体育」を入れて、そこで彼らを走らせたのだ。なんと、読解力や数学の学力が劇的に向上し、国際的な学力テスト「TIMSS」の特別調査を受けるや「物理」で世界1位、「数学/微積分」では世界6位という驚異的な成績をおさめてしまう。

『脳を鍛えるには・・・』は、そんな本。精神科医とサイエンスライター、無名同士の共著で、しかも脳細胞とランニングというあまりに距離があるふたつがテーマ。そして、最先端の科学をもって万人の思い込みをひっくり返してしまう。松島さんはこれを「おもしろい」と思い、版権を取得する。これがダイヤの原石だった。

「そういや、走ると頭がすっきりするなあ」、松島さん自身がフに落ちている。「文系は頭が良い、体育会系は頭が悪い、という固定観念が、世界レベルの学力テストで見事に逆転されているんです、愉快でしょう」と。「脳トレは椅子に座ってパズルを解くことじゃない、走ることです」と。単純明解。

「走れば頭が良くなる」は「走らないと頭が悪いままだ」、え⁉︎ この逆説も強烈じゃないか。

高校時代はラグビー部員、走ってばかりいた松島さん。社会人になって忙しさにかまけ、気がつけばお腹も出てきた、体重も増えてきた。まずいな、しぶしぶ走り出していた。そこで出会った『脳を鍛えるには・・・』の版権、異色の脳ブックは松島さんのカラダ的にも絶好のタイミングだった。2009年3月、日本語版が発売される。ダイヤが輝き出す。

走ることは身体に悪いことです。

『脳を鍛えるには・・・』日本語版が発売されたちょうどそのころ、松島さんは『BTR』の生原稿を手にしていた。フランクフルトのブックフェアで版権代理店に勧められた本、担当者の説明がむずかしくて(*1)、ちゃんと理解できなかった本。おもしろそうだけど、全体像がつかめない本、なんなんだこの本? と思っていたら、東京の代理店担当者が生原稿を渡してくれた、ま、「お味見」ってこと。

「Tarzan」補足*1  冒頭で紹介した、ジャンルの異なる話がいくつも重なり、しかも同時進行していく『BTR』ならではのストーリー展開。内容を説明するのはそう簡単ではない。

その生原稿に、作者C・マクドゥーガル自身が走って、足を痛めていくつもの医者をはしご受診するシーンがある。

作者『どうして私の足は痛むのか?』
医師『人間の身体はそのような酷使に耐えられるようにはできていない、自転車に乗りなさい』
医師『走ることは身体に悪いことです』
作者『なぜ走ることは身体に悪いのか』 
医師『足を痛めるからです』

え⁉︎ 原稿を手に松島さんは唖然とする。自分と同じじゃないか。自分も同じように体重を減らそうとしぶしぶ走り出した。自分の手がけた脳ブックにも背中を押された。走り始めたとたん、膝が痛くなってしまった。 これは大変、医者に行った。

松島「膝が痛いんですけど」
医師「なにか始めましたか?」
松島「最近走っています」
医師「ふーん」

走れば膝が痛くなる、そんなの当然だという医師の顔。ありふれすぎてて、診察する価値もない、そんな目で見られた。え⁉︎ 走ると膝が痛くなるって、当たり前のことなの?

この原稿の主も走って足を痛めたのか! 医者の対応も同じだ。足が痛いのに、走ったからというだけで相手にされない。C・マクドゥーガルとまったく同じ体験をした松島さんは、イッキに『BTR』に引き込まれてしまう。原稿を読み進めるうちに、なんとおもしろい、その先を読みたい、全部読みたい、になってゆく。彼はふたつ目の、そしてもっと大きなダイヤモンドの原石を見つけていた。版権を取得する。松島さん自身が夢中になった本『BTR』、2010年2月発売。

『BTR』に登場する迷惑キャラのベア・フットテッド、2012年5月「UTMF」に出場のため来日。『BTR』関連のイベントにゲスト出演し、イベント関係者、参加者に「カバーヨ・ブランコ」に来い、と半ば強引に誘う。撮影/小川朋央

会員証は足元。

ここで前編をお読みいただき、あらためてどんな本なのか、その内容を振り返っていただきたい。

「激走モンブラン!」もそうだし、この『BTR』もそう。影響を受けた人たちを、とりわけライフスタイルまでも変えさせられてしまった人たちを、自身がおもしろがって「被害者の会」と呼ぶことがあるけれど、『BTR』被害者の会、本書から影響を受けた最初の人、会員1号は松島さんに間違いない。加えて、その後の大きなライフスタイルの変化をみれば、被害者の会・会長かもしれないと思うのだ。そこらを紹介しよう。

「被害者の会」には入会手続きや会費なんてものはなく、『BTR』を読み終えさえすれば、誰でも、いまそこで会員になれる。会員証は自分の足元だ。本書に登場する名脇役、ベアフット・テッドに倣い、〈ビブラム・ファイブフィンガーズ〉を履くか、彼が手がける〈ルナ・サンダル(*2)〉を購入するか、ワラーチを自作するか、あるいはいきなり裸足で走り出すか、だ。

「Tarzan」補足*2   ベアフット・テッドとタラウマラ族のマヌエル・ルナとの交流からこのサンダルは生まれた。詳しい経緯は本書に描かれてある、泣く。

いずれも最初はふくらはぎパンパン、アキレス腱びりびりの痛み(*3)に悶絶することになり、その悶絶ぶりを語り合うのが会員同士の挨拶だった。思えば、その強烈な痛みが会員になるための通過儀礼だったのかもしれない。まさしく最初の被害。

「Tarzan」補足*3  これらの足元では骨格的にも力学的にも、かかと着地ができないため、いやでもフォアフット着地走法になる。実はこれこそが人間本来のバネを使った走りで、ランニングシューズに慣れた現代人は、長年使っていなかったバネを強制的に使わされることになり、そこで痛みが出る。フォアフット走を続けるうちにバネは強くなり、痛みは治まる。安心されたい。

最初の『BTR』コミュニティ。

さてさて、松島さんは〈ビブラム・ファイブフィンガーズ〉を履いた、そそのかされて奧さんも履いた。高層マンションの居住者共有ジムのトレッドミルでふたりは走り出した、ふくらはぎとアキレス腱の痛みに泣いたのはいうまでもない。

本が出たのが2010年2月。3月に『日経MJ(日経流通新聞)』から連絡があった。「『BTR』を出版されましたよね、〈ビブラム・ファイブフィンガーズ〉を履いている人を探しているんですが」。どうやら相手の狙いは『BTR』ではなく、見た目も新奇な5本指シューズらしい、五本指で走っている人を取材したいらしい。

日本版が発売されて1ヶ月経ったころ、日経MJは本書に出てくる「ベアフットラン」「〈ヴィブラム・ファイブフィンガーズ〉という五本指シューズ」が気になったよう。松島さんに「仲間はいませんか?」と。写真提供/松島倫明

松島さんは5本指シューズを履いているけど、皇居や代々木公園、駒沢公園などメジャーなランニングコースでは走っていない、トレッドミルか家の近所。それに『BTR』が世に出てからまだ1ヶ月ほどだし。5本指の知り合いはいない。

他に誰かいるのかな? 松島さんはツイッターで『BTR』のアカウントを作り、『日経MJが〈ビブラム・ファイブフィンガーズ〉で走っている人を探しています、どなたか、いらっしゃったらご返事ください』と呼びかける。山田洋さん、石井基善さんというふたり(*4)の方が返信してくれた。ここに日本でいちばん最初の『BTR』コミュニティができ上がった。

「Tarzan」補足*4  山田洋さんはトレイルラニングをメインとしたスポーツライター。石井基善さんはパーソナルトレーニングジム・石井道場代表。

その春に、日経MJの取材を受け、松島さん夫妻と山田洋さん、石井基善さんの4人は皇居を〈ビブラム・ファイブフィンガーズ〉で走ることになる。

寝巻きのまま走り出せる。

2010年日本版発売の春、「日経MJ」の取材が縁で山田さん、石井さんと知りあった。「ベアフットラン」や「『BTR』」のイベントなどに3人でトークショーを繰り広げつつ、その年の秋に「つくばマラソン」を完走しちゃう、生まれてはじめてのフルマラソンを〈ビブラム・ファイブフィンガーズ〉で。

2013年、日本にやってきたベアフット・テッドになかば恐喝されるように「カバーヨ・ブランコ」のレースに参加することになった。自分の手がけた本のページをそのまま自らがなぞるという、すばらしい体験をしている。

ダイエットのために「しぶしぶ、いやいや」走り出したロードランニングは〈ビブラム・ファイブフィンガーズ〉を経て、「楽しいから走る」トレイルラニングに変わってゆく。鎌倉で鏑木毅さんの講習を受けて、ますますトレランに夢中になってしまう。「走る」は「トレラン」のことになってゆく。

ある日、鎌倉にトレランに行こうよと、奧さんを誘うと、わざわざ装備を揃えて、電車やクルマに乗って出かけるなんてイヤだと。走るなら、いつものように家の近所かトレッドミルでいいじゃない。

たしかに、それはそうだ。トレイルを走りたいときに、そこにトレイルがあったらどんなにいいだろう。トレイルラニングが毎日の生活の中にあるといい。そうだ、鎌倉に住めばいい。電車に乗らなくていい、装備なんかいらない、朝起きて、寝巻きのまま、そのまま走り出せるじゃないか。

松島倫明さん、WIRED日本版編集長。元NHK出版翻訳編集者、鎌倉でトレランと菜園と養鶏の日々。撮影/内坂庸夫

菜園とにわとり。

松島さんの最初のトレランレースは13年の「カバーヨ・ブランコ」。カッパーキャニオンの伝説のレースが生まれてはじめてのレース、もちろん80kmなんて走ったことがない、最長のレースが「つくばマラソン」の42.195km。ちゃんとトレーニングしないと走り切れるわけがない、なんたってあの「カバーヨ・ブランコ」だ。

松島さんは『BTR』にあるスコット・ジュレクのビーガン食をためしてみる。80kmを走るには、まず距離を伸ばさなきゃいけない、長い距離を走るにはしっかりした回復が必要だ。ビーガンを続けるとリカバリーが早くなった、しっかり距離を踏めた。3ヶ月後、松島さんは「カバーヨ・ブランコ」を見事に完走する。

松島さん、生まれてはじめてのトレイルレースが本書で激しく描かれる「カバーヨ・ブランコ(80km)」2013年大会、みごとに完走(しかもサンダルで!)。このレース出場で知り合い、生涯の友となったアンディと。撮影/松田正臣

走ることはもちろん、食べることも、いや人生まるごと『BTR』の影響を受けてしまった松島さん、40歳を過ぎて東京の高層マンションを引き払い、鎌倉に引っ越してしまう。庭に菜園を作り、養鶏をはじめる。「数日不摂生な食事をしていても、ウチの無農薬無添加のサラダを山盛り食べたら、それはそれはおいしい、カラダがリフレッシュされます、何日かの罪が許されるような気がしてうれしいですよ」、菜園に水をやり、にわとり小屋から産みたてタマゴを取り出してニコニコ笑う。

朝いちばん、ボトルを手にしただけで、松島さんは鎌倉の山を走り出す。時計はしない、心拍数や時間に縛られたくない。走りたいときに走りたいだけ走る。「今日は浜から見る夕日がきれいそうだ」その時間にあわせて走り出すこともある、もちろん真冬以外はサンダルで。

後編に続く。