カラダがポカポカするのはなぜ?科学的に学ぶ温泉の効果。
温泉の健康効果のカギを握るのは、湯に含まれる融解物質やガスの存在。泉質について掘り下げて、温泉のチカラの核心へと迫っていこう。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/宮島信太郎 取材協力・監修/早坂信哉(東京都市大学人間科学部教授、医師)、別府市観光課
初出『Tarzan』No.914・2025年11月6日発売

教えてくれた人
早坂信哉(はやさか・しんや)/東京都市大学人間科学部教授、医師。温泉療法専門医、博士。日本健康開発財団温泉医科学研究所所長。メディア出演や書籍などを通じて温泉や入浴に関する健康効果を広く発信している。
馬奈木俊介(まなぎ・しゅんすけ)/九州大学都市研究センター長および主幹教授として、別府市、別府市旅館ホテル組合連合会と提携し、温泉の健康効果の実証実験に取り組む。
火山だけではない。温泉が湧くメカニズム。
日本中どこでも掘りさえすれば温泉が湧いて出る。そんなイメージがあるのは、日本が複数のプレートのジャンクションを持つ火山大国だから。温泉といえば火山由来と相場が決まっている。と、多くの人は思いがち。
火山性温泉は火山地帯の地中にあるマグマ溜まりで地下水が温められ、地表に湧き出たもの。湯けむりモクモクの温泉は火山性で、確かに日本の温泉の大部分がこれに当たる。
でもこれ以外に非火山性温泉というものも存在する。ひとつは地下に浸透した雨水が地熱によって温められた「深層地下水型」、もうひとつは地中にある太古の海水がやはり地熱で温められた「化石海水型」だ。
東京23区の温泉はこちらの非火山性温泉。火山性に比べて湯温は低く湯量は少ないものの、効果効能は火山性温泉にひけをとらない。
温泉が湧き出す3つのメカニズム
出典/一般社団法人日本温泉協会ホームページを参考に作図
入浴できる湯には3つの種類がある。
地中からボコボコ湧き出しているお湯はすべて温泉。そんなイメージがあるが、実は間違い。温泉は資源の保護やその利用の適正化などを目的に1948年に施行された「温泉法」によって明確に定義づけされている。
「さらに、温泉のなかでもとくに療養に役立つ泉質を持つ温泉のことを“療養泉”と言います。温泉という観点から言うと、普通の水、温泉、療養泉という3つの段階に分類されるわけです」(東京都市大学教授・早坂信哉さん)

普通水の中で条件をクリアしたものが温泉水、さらに厳しい条件をクリアしたものが療養泉と定義される。日本の温泉はほとんどが療養泉。
本当にカラダに効くのは“療養泉”だった!
では温泉と療養泉は何がどう違うのか? 下の表をご覧いただこう。
温泉の定義には2つの条件がある。ひとつは地中から湧き出たときの温度が25度以上であること、もうひとつは溶け込んでいる物質の種類や量が一定数値を超えていることだ。どちらかの条件を満たせば「温泉」に分類される。
「さらにその中の一部が療養泉の条件を満たせば温泉の一段階上に分類されます。ただ、どちらも温度は同じ25度以上なので、湧出水が温かければ自動的に療養泉となります」
逆に温度が低くても溶存物質の条件をクリアすれば療養泉。でも日本のほとんどの温泉は温かいので療養泉。以降、Tarzanでの温泉という表現=療養泉と捉えてほしい。

温泉と療養泉の定義で共通しているのは採取時の湯温が25度以上ということ。化学物質が含まれていなくても25度以上あれば療養泉。25度未満でも規定の物質が含まれればそれも療養泉。
環境省ホームページより
温熱効果が倍増する理由は成分にあり。
温泉には7つの健康効果がある。でも、厳密に言うとこれらは温泉のみが持つ効果ではなく、より幅広い入浴全般の効果。なんなら自宅で浴槽に浸かるだけでも、同様の効果は期待できる。
が、ここからが温泉の本領発揮。同じ入浴効果でも温泉と普通の水とではそのレベルが異なる。たとえば温熱効果を見てみよう。
7つの入浴効果の中で健康に及ぼす影響が最も大きいのが温熱効果。でも、自宅で入浴するのに比べて温泉入浴後はいつまでもカラダがポカポカ温かく感じる経験は誰しもあるはず。水道水と温泉の入浴中と出浴後の体温上昇や保温の割合を比べるといずれも後者の方が高い。そう、実感通りなのだ。
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ただ「気持ちいい」だけじゃない。温泉がもたらす7つのメリット。
温泉水は水道水より温熱効果が高い。

水道水を沸かした湯と塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、二酸化炭素を含む温泉に入浴した場合の体温変化の比較。温泉水は体温上昇が早く湯冷めしにくい。
国際医療福祉大学大学院・前田眞治教授の講演資料より
お風呂との違いを深掘り。体内に入って血行を促すガスの存在。
では、なぜ温泉の方が温熱効果が高いのか? 理由のひとつは温泉水とともに湧き出る二酸化炭素や硫化水素といったガス成分。
ガスの一部は肌の表面の角質層から深部の真皮へ、細胞の隙間を通って浸透し、毛細血管へと至る。
「理屈は完全に分かっているわけではないのですが、二酸化炭素に関してはこれを排除しようとするシステムが働くようです。二酸化炭素が血液中に増えると、血管を拡張させる一酸化窒素やプロスタグランジンなどの物質が働き、血流を促してカラダから排出しようとする、と考えられています」
全身の血流がアップすると体表に熱が伝わりやすく、手足の末端までポカポカ温かい状態が続く。つまり湯冷めしにくい。硫化水素に関しても同様のシステムが働いている可能性があるのだ。
温泉のガス成分が血管を拡張させる仕組み。

炭酸ガスが皮膚の真皮の毛細血管に侵入すると、血液が酸欠状態となりカラダはこれを排除しようとする。血管を拡張させる物質が分泌されて血液循環が促されるという仕組み。
湯冷めを防ぐ融解物。膜を作ってカラダを潤す。
日本の温泉に多く含まれている成分のひとつが塩化ナトリウム、平たく言うと塩。温泉水の中では電離してイオンの状態で存在しているが、これらはガスと異なり、皮膚からは吸収されない。
「ざっくり言うとガス系は皮膚から吸収され、それ以外は吸収されないと考えていいと思います。吸収はされませんが肌に留まるイメージです。塩化ナトリウムで言えば、肌に付着して湯冷めを防ぐ作用があります」
水道水に浸かると皮脂が失われるため皮膚組織の水分や熱が放出されるが、塩化ナトリウムでフタをすれば熱も水分も逃げにくい。また、温泉に含まれる炭酸水素ナトリウム(重曹)は肌の汚れを取る“清浄作用”が水道水より高いことが分かっている。
温泉の優れたリフレッシュ効果はガス成分とイオン成分の相乗効果なのだ。
水道水と温泉水の入浴時では皮膚表皮の状態が異なる。

水道水に浸かると皮脂膜が損なわれて皮膚の中に蓄えられている水分や脂分が失われる。一方、温泉に含まれている塩化物などは皮脂膜の代わりとなり水分や脂分、熱を皮膚に閉じ込める。
温泉は免疫力の向上にもひと役買う。
温熱効果で血流が促されるとさらに嬉しい健康効果が得られる。ずばり、免疫力アップだ。
白血球などの免疫細胞は常に血流に乗って全身を巡り、外敵の存在に目を光らせている。血流が促されることでパトロールの効率も上がることは言うまでもない。それだけでなく、カラダを温めることで免疫細胞自体の活性が上がることも分かっている。
白血球の一種、リンパ球の中にNK細胞という免疫細胞がある。ウイルスやがん細胞を自らの判断で攻撃する頼もしい細胞だ。水道水と温泉による入浴後のNK細胞の活性度を比べたところ、後者の方が有意に活性度が高かったという報告がある。年に何度も風邪をひく人、こまめに温泉に行くべし。
温泉への入浴でNK細胞が活性化する。

NK(ナチュラルキラー)細胞の働きは水道水での入浴では若干低下する。一方、塩化物を含む代表的な温泉に浸かった2日後にはその働きが亢進。免疫力のアップの傾向が見られた。
国際医療福祉大学大学院・前田眞治教授の講演資料より
湯温で自律神経系をスイッチ。リラックス作用をもたらす。
温泉の入浴は水道水の入浴に比べてより大きな血管拡張作用が見込める。これによって自律神経への好影響も期待できる。
血管が拡張するときは副交感神経が働き、収縮するときは交感神経が働いている。心身ともにリラックス状態をもたらすのは前者の副交感神経。
「実は湯の温度と交感神経は密接に関係しています。40度未満の湯は副交感神経、42度以上や20度以下の湯は交感神経を優位にさせることが分かっています」
ストレス過多の現代人は日頃から交感神経をドライブさせっ放し。温泉の血管拡張作用で副交感神経を優位にさせることはとても有効。
「また登山などのアクティビティで一度交感神経を少し刺激し、その後温泉で副交感神経にスイッチさせる方法も有効だと思います」
湯の温度と自律神経の関係。

42度以上の熱い湯や20度以下の冷たい湯では交感神経が亢進し、カラダの各組織は緊張の方向へ。37〜40度未満の湯では副交感神経が亢進しカラダはリラックス状態に。
出典/「温泉ソムリエテキスト」(平成29年8月発行)
温泉宿で熟睡。温泉が心地よく深い睡眠が促す理由は?
1泊2日の温泉旅行では寝付きはいいし目覚めも爽快。いつもよりぐっすり眠れたような気がする。多くの人が感じているであろうその感覚、気のせいではない。
2023年に秋田大学が行った研究によると、水道水の入浴や風呂キャンセルの人に比べて良質な睡眠が得られたことが証明されたという。これは就寝中に脳波と体温を計測した実験。深い睡眠で現れる脳波、デルタ波のパワーは温泉に入った人の方が大きく、就寝前の深部体温も低かったという結果が得られた。
ヒトはカラダの深部の体温が下がるタイミングでスムーズな眠りに誘われ、就寝直後に深い睡眠が得られるとされている。深部体温はそれ以前の体温上昇率が高いほど下がり方もダイナミック。つまり、温熱効果が高い温泉の方が深く良質な睡眠を得られやすいということ。
温泉浴で深い睡眠時の脳波パワーが増。

健康な男性8人を被験者に塩化物泉と人工炭酸泉、普通浴と入浴なしの条件で就寝中の脳派を計測。人工炭酸泉と塩化物泉では睡眠中のデルタパワーが増加。
Sachiko Ito Uemura, et. al, Journal of Physical Therapy Science
痛みの感覚を鈍麻させるのも温泉のメリット。
傷ついた動物を追いかけていったら、山深い場所にある温泉で傷を癒やしていましたとさ。そんな温泉事始まりは少なくない。つまり、温泉には痛みを軽減する効果も期待できるというわけだ。
たとえば肩こりや腰痛は筋肉内に炎症物質が溜まることで引き起こされる。温泉への入浴で血流が促されることでこれらの物質が押し流され、一時的に痛みが軽減するというのがひとつ。
「また、慢性痛では神経が過敏になってわずかな刺激でも痛みを引き起こす炎症物質が発生し、さらに痛みが増す、という悪循環に陥っているケースもあります。温泉浴には痛みに対して過敏になった神経を落ち着かせるという作用があると考えられています」
温泉に1週間入り続けると、腸内細菌に変化が生じる!?
「免疫力日本一宣言」。これは別府市と別府市旅館ホテル組合連合会、九州大学がタッグを組んだ実証実験のキャッチフレーズ。なんと、温泉の入浴によって腸内細菌叢と病気のリスクに変化が生じることが実験で明らかにされたのだ。
参加者140人に泉質が異なる温泉に1週間入浴してもらい、入浴前後の腸内細菌叢を遺伝子解析。解析結果から病気のリスクの平均値の差を分析した。7つの泉質を誇る別府温泉は最適の実験場。
「結果は健康効果をもたらす短鎖脂肪酸を作るビフィズス菌などの腸内細菌が増え、過敏性腸症候群などの病気のリスクが有意に減少しました」
と、実証実験を率いた馬奈木俊介さんは言う。
「温泉の温度や水圧などが心身に影響することで腸内細菌叢に変化が生じると考えています。研究がさらに進めば、自分に合った泉質が分かり、温泉がもっとパーソナライズしていくと思います。その結果、健康寿命が延びればもう言うことはありません」
統計的に有意に占有率が増加した細菌

統計的に有意に疾病リスクが減少した疾病

炭酸水素塩泉では高血圧改善に有効なビフィズス菌、単純温泉では多くの病気の改善に働くコプロコッカスやフィーカリバクテリウムなどが増加。また男性が単純温泉に入ると過敏性腸症候群、50歳未満は痛風のリスクが減少。





