脾臓はなぜ「沈黙の臓器」なのか?
膵臓と聞いても、いまいちピンと来ない人は多いだろう。だが、寡黙で小さなこの臓器は知らぬ間に人の生死を左右する。膵臓を理解して守っていくことはすごく重要だ。
取材・文/鈴木一朗 イラストレーション/野村憲司(トキア企画)、浅妻健司 編集/堀越和幸
初出『Tarzan』No.893・2024年12月12日発売

教えてくれた人
上坂克彦(うえさか・かつひこ)/静岡県立静岡がんセンター総長。日本外科学会代議員・指導医、膵癌診療ガイドライン改訂委員会委員などを歴任する。著書に『いちばんわかりやすい 図解 すい臓の病気』(成美堂出版)他がある。
脾臓が「沈黙の臓器」と呼ばれる理由。
膵臓は「暗黒大陸」や「沈黙の臓器」と呼ばれる。なぜか?いろんな意味で“見えにくい”からだ。幅約3cm、全長15cmの大きさ。腹の中では背中側にあり、正面から見るとほぼ胃に隠れてしまっている。
「ベージュ色なので周辺の脂肪の色と似ていて、輪郭を追うのも難しい」と話すのは、静岡県立静岡がんセンター総長の上坂克彦さん。
五臓六腑という言葉は伝統中国医学によって日本にもたらされたが、五臓とは肝・心・脾・肺・腎で、膵臓はない。目立たない臓器なので、実際に江戸時代、腑分け(解剖)をしてもわからなかった。
膵臓の“膵”の字は、江戸後期、宇田川玄真という蘭方医が、『和蘭内景医範提綱』という本で初めて使ったようだ。しかも、中国から伝わった文字ではなく、宇田川がにくづき「月」に集まるという意味を持つ「萃」を合わせて造字した。それほど存在が薄かったのだが昔のことと一笑には付せない。
「今でも膵臓は変化を見つけにくいんです。変化がわかったときには、すでに手遅れというケースが多く、手術ができるのは3割程度でしかない。しかも、膵臓がんになる人はこの20年ほどの間に倍増しています」
だから、膵臓を理解して予防し、より早く検査で変化を発見することが大切だ。
膵臓が持つ2つの機能を知ろう。
外分泌機能|タンパク質・脂質・炭水化物の消化。
外分泌機能は消化・吸収に関わる機能。口で咀嚼された食べ物は、胃液と胃の運動により消化される。
「これが十二指腸に入ると、セクレチンやコレシストキニンといった消化管ホルモンが分泌されます。そして、それがサインとなって膵臓の膵管からも、膵液が分泌されるようになるのです」
このとき、同時に胆囊の胆管からは胆汁が分泌される。どちらも消化のために働き、膵管と胆管の合流部である十二指腸乳頭部で混じり合って、十二指腸へと流れ込み、強力に消化を進めるのだ。
「膵液は主膵管から枝分かれした小膵管の先にある、腺房細胞で作られます。弱アルカリ性の液体で、タンパク質を分解するトリプシン、糖質を分解するアミラーゼ、脂肪を分解するリパーゼなどの消化酵素が含まれています」
これにより、食物はタンパク質の最小単位であるアミノ酸や、糖質の最小単位のブドウ糖などに分解され、小腸で吸収されるのだ。
1日に分泌される膵液は500〜100mL。こんなに多量の液体を、小さな臓器が作り出している。が、この機能が低下してしまうと、栄養を体内に取り込みにくくなり、カラダを作る材料や動かすエネルギーが不足し、さまざまな不都合が起こってしまうのだ。
内分泌機能|血糖をコントロール。
一方の内分泌機能はホルモンに関わる機能。膵臓では主に血液中のブドウ糖の量を調節するホルモンが作られている。ブドウ糖は人間にとっては重要なエネルギーで、血中の量(血糖値)が増えても減っても、カラダに悪影響を及ぼす。
「膵臓にあるランゲルハンス島と呼ばれる内分泌細胞の集合体でホルモンが作られます。有名なのはインスリンですね。これは集合体のβ細胞から分泌されます。血糖値が上がると分泌が盛んになり、血糖を肝臓や骨格筋、あるいは脂肪などに取り込むように促し、血糖値が下がります。ランゲルハンス島の細胞の7割がβ細胞ですが、この機能が低下するとインスリンの分泌量が減り、高血糖から糖尿病へと移行します」
α細胞から分泌されるのがグルカゴン。こちらは、インスリンとは逆の働きをする。血糖値が下がると分泌量が増えて肝臓にあるグリコーゲンを分解したり、アミノ酸からグルコースを作るよう促す。結果、血糖値が上昇するのだ。
「さらにδ細胞からは、ソマトスタチンというホルモンが分泌されます。これはα、β細胞の活性を抑えることで、血糖値のバランスを取っています」
膵臓は血糖をコントロールするという大仕事も担っている。
「見えにくい」膵臓の場所と、胆嚢との関係。
正面から見えにくい膵臓と、胆囊の関係。
膵臓は小さな臓器で、正面から見るとほとんど胃に隠れてしまっている。肝臓、脾臓、胆囊などに囲まれているが、肝臓から延びる胆管は、膵臓へと向かっている。胆管と膵臓の中の膵管は十二指腸乳頭で合流する。
膵液と胆汁が混じって消化のために働く。
主膵管から枝分かれした小膵管の先、腺房細胞で膵液が作られる。膵液は主膵管を伝い、十二指腸乳頭部で胆管から流れてきた胆汁と混ざり、十二指腸へと分泌され、消化のために働く。
膵臓に点在する島のような組織。
膵臓に島のように点在することでランゲルハンス島(ランゲルハンスは発見者の名前)と名付けられた。内分泌細胞の集合体。α、β、δ細胞からなり、ホルモンを分泌して血糖値を調節する。