
若いころには戻らなくていい。
カレー沢薫さんに聞く「老いと表現」の後編です。前編では「悩んでも仕方ないことは悩まない」「みんな迷惑かけちゃいけないと思いすぎ」という意味の金言がビシビシきてました。後編ではカレー沢さんが感じている老いやその対処法について尋ねていきます。
ガビン
仕事については、今後どうしていきたいとかプランはあったりしますか?
カレー沢
どうですかねー。仕事があるうちは続けていきたいなっていうのはすごく思っています。仕事するのは嫌なんですけどね。
ガビン
嫌なんですかーい。マンガの中では仕事したくないって書かれてますけど、実際は?
カレー沢
嫌ですね。常に追われてる感じとか……。でも、もしかしてこの状態がすごくいいのかな?とも思うんです。仕事がなくなったら、何もすることがなくなっちゃうのかなと思ったり。
ガビン
追われている時は嫌だけど。
カレー沢
マンガや文章を書くのは、いい仕事だなとは思っているんですよね。自分が表現したいことをして、それを見た人が喜んでくれる。年をとると「いきがい」みたいなものが必要だとか言うじゃないですか。創作活動は、年をとっても続けていけることなので、それはいいのかなと思っています。嫌なんだけど。
ガビン
カレー沢さんはまだ40歳ということで、この連載に登場してもらった人のなかで圧倒的に若いのですが、なにか衰えを感じたりしますか? 加齢による困りごととか。
カレー沢
40過ぎてからすごい衰えを感じます。発想する力についてはまだちょっとわからないんですけど、描くのが遅くなりましたね。作業量がこなせなくなりました。これは結構つらいです。仕事があるのにこなせないのは、落ち込むことのひとつです。これが中年の危機なのか。やりたいのにやれなくなってきているんですよね。
ガビン
集中力の低下みたいなことですか。
カレー沢
はい。あと疲れるのが早くなりました。「もう疲れた。もう〜寝なきゃダメだ」と思う瞬間が来るのが早い。だから活動時間がどんどん短くなってきてます。生産量は20代、30代とは違いますね。
ガビン
そうしたことへの対策みたいなことって考えられてるんですか?
カレー沢
この状態を受け入れなきゃいけないなと思ってます。今までは、来た仕事は何でもやってきたんですね。それが40代になって、作業量も落ちてきた時に、同じように仕事を受けていたら体も壊すし、できなくて落ち込むしで、いいことないじゃないですか。だから、体力が落ちてきたそのペースに、自分の気持ちの方を合わせていかないといけないと思っています。
ガビン
無理してまで頑張らない。
カレー沢
頑張ればできるとか思わない方がいいと思うんです。もう体力が落ちるのは仕方がないことなんだから。それに、わたしは20代30代と頑張ってきた自分を認めてるんですよね。ずっと仕事ばかりしてきた自分を。だから、今はもうちょっと休んでもいいんじゃないかっていう気持ちもあるんです。
ガビン
その自負があるというのは、すごいですね。
カレー沢
まあ、量的な部分についてはですね、あまり成果は成果はでなかったですが。
ガビン
成果はバチバチに出ているじゃないですか。綾瀬はるかさん主演でドラマ化もされているし。それはそれとして、体力が落ちてスタイルを変えるみたいなことはあんまり考えていないですか? 僕の同世代のマンガ家なんかだと、ペン入れをやめて最後まで鉛筆でいくとか、自分のストレスのない描き方に変えていったりする人もチラホラいますけど。省エネというか。
カレー沢
いやあ…..今まで結構省エネしてきちゃってるのでこれ以上は…..。
ガビン
確かに……そうですね。デビュー当時からかなりの省エネスタイルではありますね。
カレー沢
他のマンガ家さんは、年取って描きたい絵が描けなくなったみたいなことあるみたいなんですけど、わたしは、もともと絵があんまりうまくないので技術的な衰えっていうのは感じないんですよね。いいことなのかどうかわからないですけど。それと関連するかわからないですが、わたし、若い時に戻りたいっていうのがあんまりないんですね。
ガビン
ほほう。
カレー沢
それって若い頃が明るくなかったから戻ってもしょうがないっていう気持ちがあるからですね。マンガに関しても同じで、昔描けていたら戻りたいと思うのかもしれないけど、元から描けてないので戻りたいとか全然ないです。
ガビン
むしろ経験を積んでむかしより描けるようになってきていたりとか。
カレー沢
そうですね、デビュー当時と比べたら今のほうが描けてると思うんですけど、一方で若い時の思い切りのよさみたいなものは、もうないなと。でもそういうのをまた描きたいかというと、描いてちゃダメだなと思います。やってもうまくいかないと思うし。
ガビン
スタート時はあんまり描けないほうがよかったりするのかな。
カレー沢
でも、だいたいのマンガ家の人は描けば描くほどうまくなっていくもんだとは思いますね。あと40代ではまだそんなに衰える人はいないと思いますね。
ガビン
文章を書くお仕事もされているじゃないですか。文章とマンガのバランスなど考えますか?
カレー沢
はい。どっちが好きとか嫌いとかはないんですけど、文章というかエッセイのほうがやりやすいというのはありますね。
ガビン
それはエッセイの方が、少し楽だっていうことですか ?
カレー沢
楽ですね。エッセイって実際にあったことを元に書けばいいじゃないですか。でもフィクションって、ゼロからですよね。無から始まるので、思いつくまでが苦しいというのがあります。アイデア出しはエッセイのほうが全然楽なので、その点で文章の方が楽ですね。
ガビン
文章でフィクションをやる気はないんですか?
カレー沢
小説とかってすごく難しいと思っていて、文章でフィクションを書くことは考えたことなかったですね。
ガビン
マンガを描く場合はフィクションを構築されているじゃないですか。結構きっちりとネームを練ってから描かれているということなんですか?
カレー沢
はい、そうです。それを思いつくまでに時間がかかりますね。

※1 『〆切は破り方が9割』 ©カレー沢薫/小学館
締め切りを破っても自己嫌悪に陥らずに生きるための、カレー沢さん流の「極意」を紹介した抱腹絶倒のエッセイ集。2025年8月6日発売。
ガビン
発想に関しても弱まってきているかもしれないとおっしゃってましたが、逆に、 年とって新たな視点が加わったみたいなことはありますか?
カレー沢
ああ〜〜、年とってから得たものか….えーと……確かに20代の時に描いてたものと、今のを比べると、いいことかどうかわからないですけどちょっと「丸くなった」かな。攻撃的じゃなくなった? いや、今も十分攻撃的かもしれないですけど。
ガビン
丸くはないと思いますけど……。
カレー沢
自分の理解できないものに対して、そんなに悪く言うことがなくなったと思います。理解できなくてもそれが好きな人がいるということが理解できるようになった。だから何も言わなくなってきたなあ、と思いますね。夫の趣味とかに関しては、なんでこんなものにお金をかけるんだ!って書いていたと思うんですけど、読み返すと、ひどいこと言ってるなあと。
ガビン
でも、初期のマンガから「他者」が「他者」として描かれていて、排除する感じではなかった気がします。カレー沢さんの作品の登場人物って「理解できない人」が、その人の考え方のまま登場している感じが好きですね。

※2 『クレムリン』 ©カレー沢薫/講談社
カレー沢さんのデビュー作。プロレタリアート猫ちゃん漫画。めまいがするほどキュートな猫三匹、総称関羽がニートの却津山春雄を養ってあげる物語。
今だから描きたいこと、描けること。
ガビン
ところで、現在すでに高齢者の生き方についてたくさん描かれていますよね。でもそれってカレー沢さんの実年齢からはかなり上の世代のことだと思うんです。かなり早い時期から、老いや死をテーマにされていると思うのですが、そうなってくるとこの先どうなっていってしまうんだろう?と気になって仕方ないのですが。
カレー沢
それは逆に、若者のことが描けないっていうのがあるんです。若者のことが何も分からない。上の世代の話は、自分がこれから入っていく世界なので想像ができるんですけど、若者に関しては、わたしが若かった頃と今の若者とは全然違うと思うので、考えられないんです。いまもし10代の話を描けって言われたら全く共感が得られないものを描くかもしれません。
ガビン
我がこととして考えられることをベースに作品を作られているということですか。それで言うとこの先どんなことをテーマにされるのか気になります。
カレー沢
同じことばっかりやっててしょうがないなっていう気持ちはあります。
ガビン
描きたいけれども、ちょっと先にとっておいてるものなんかはありますか?
カレー沢
恋愛漫画を描きたいんですよね。
ガビン
おおおおおお、いいですね。でも、さっき描かないといった「若者の話」ですけど大丈夫ですか?
カレー沢
わたしは読者としてそういうマンガが好きなんですよ。自分には描く才能がない分野だと思うんですけど、でもわたしは恋愛漫画が好き。
ガビン
ああー。
カレー沢
自分のいまの立場とか考えると描かない方がきっといいと思うんですけど、そういうことからすべて解き放たれてもう自分の描きたいものを描くんだ!! となった時に挑戦したい気持ちがありますね。
ガビン
むちゃくちゃ読みたい……。かつてない恋愛マンガになりそうな予感がします。その場合には、ストーリーだけでなく絵もご自身で描くんですか?
カレー沢
いや、それが問題になってくるんだと思うんですけど、もしそういうことをする余裕みたいなものがあるとしたら、絵も今の絵柄とは違うタイプのものに挑戦してみたいなあって。女性向けの恋愛マンガの絵柄で描きたいんですよね。
ガビン
設定というか妄想しているシチュエーションとかあるんですか?
カレー沢
いや…….あのネットを見てるとマンガが流れてくるじゃないですか。SNSとかで恋愛マンガとかを見ると、こういうの描きたいなって思うんですよ。なんかすごくカッコいい男が急に現れて、みたいなやつ見ると、いいなって思うんですよね。
ガビン
あの、そういう意味でおすすめの作品ってあるんですか?
カレー沢
うーん……西炯子さんという作家さんがいらっしゃるんですけど、ひとまわりくらい年下の男性が登場してくるんですよ。30代も半ばを過ぎると、20代のかっこいい男との恋愛とか夢があるなあって。『ひとりでしにたい』でもそういう話を入れたかったんですけど、怒られてやめたっていう。
ガビン
ええー、チャレンジ済み!
カレー沢
それだと『ひとりでしにたい』というタイトルと違うじゃないか、という怒られが発生しまして、路線変更しました。
ガビン
全然ひとりで死のうとしてない。でも描き始めた時点では、まだその夢の部分があったんですね。
カレー沢
そうです。わたしは結構恋愛要素強く行きたかったんですけど、まわりの反応が芳しくなくてですね、その判断は正しかったんですけど。
ガビン
でもまだ諦めたわけじゃないんですよね?
カレー沢
もちろんやろうと思ってます。

※3『ひとりでしにたい(1)』154P ©カレー沢薫/講談社 (モーニングコミックス)
笑って読める終活ギャグマンガ『ひとりでしにたい』より、主人公・山口鳴海の同僚・那須田優弥は淡い恋心を鳴海に抱いている。
ガビン
恋愛マンガ以外の部分ではいかがですか? いま描かれていることの延長にあるものなど。
カレー沢
『治りはしないがマシになる』も『ひとりでしにたい』もそうなんですけど、読んで役に立ったとか参考になったとか言われるのは結構嬉しいんですよ。だから少し役に立つマンガはこれからも描きたいと思っていて、いまみんな何を知りたいのかな、何を求めているんだろうってことが気になります。何なんですかね?
ガビン
でも創作のスタイルとしては、ご自身の経験に紐づけられるものということですよね。
カレー沢
そうですね、だから自分が気になっている老後の心配とかコミュニケーションのあり方とか、そのあたりからテーマを見つけて何か描いていきたいと思いますね。
ガビン
突然話変わりますけど、カレー沢さんは地方在住ですよね。ご近所付き合いとかあるんですか? 地域のコミュニティとのやりとりとか。
カレー沢
ないです。今、それをしなくても生活できていて、むしろそこに入ろうとした時に生じるトラブルみたいなものがあるんじゃないかと思っています。
ガビン
なんでそんなことが気になるかというと、年取ってきた時に、地域のコミュニティとのやりとりって、どの程度必要なのかってことが最近気にかかってきまして。
カレー沢
そうですね。たぶん大切なのはわかるんですけど、学校、会社と、そのコミュニティに入ろうとして失敗するというパターンが多かったんですよね。なので「コミュニティに入りましょう」ってみんなに言う事で、それがトラブルの元になることってあると思うんですよ。
ガビン
確かにそのパターンありそうですね。
カレー沢
だからそうなってしまいがちな人は、別の方法を考えたほうがお互いにいいんじゃないかなって思います。コミュニティが命綱って、よくないなって思うんです。逆にそれが命取りになる場合もあるので。
ガビン
ふむふむ。ネットでの繋がりは結構ある感じなんですか?
カレー沢
そうですね。わたしの場合は、まだネットの方がいい。ネットを通して、生きてるかどうかを確認してもらうぐらいがいいんじゃないかなって思います。
ガビン
ネットを通した生存戦略! そっちが重要かもしれないですね。今後はさらに。
カレー沢薫さんは、破天荒な作風とは裏腹に非常に自分の立ち位置を俯瞰で捉えている方だった。そりゃそうか。ギャグというのは、社会との距離感が掴めていないと成立しないジャンルなのだった。破天荒なお笑い要素と、人生のしみじみ要素は、表裏の関係だと常々思ってきたことだけど、カレー沢さんの作品を読むと、それをつくづく感じます。
「老いること」もそうですよね。笑いとしみじみが同時にやってくるのが「老い」なのかと思います。
Profile
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)/1982年、山口県生まれ。漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。2021年『ひとりでしにたい』で第24回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門優秀賞を受賞した。エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』など多数。





















